ベーチェット病

ベーチェット病(Behcet’s Disease :BD)はChapel-Hill会議(2012)では種々の血管を侵す血管炎(Variable vessel vasculitis: VVV)という項目にCogan 症候群とともに分類されています。
しかしながらBDの病態が全て血管炎というわけではありません。真皮の細静脈や皮下組織の筋性静脈の血管を中心とした炎症性病変と毛包炎を中心とした抗中球性炎症性の疾患といえます。血管炎だけではなく血管炎を伴わない血管周囲性炎症病変がさらに血管外、毛嚢外にも波及し、多彩な皮疹がみられます。
 BDは口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍、皮膚症状(毛嚢炎、ざ瘡様皮疹、結節性紅斑、血栓性静脈炎、紫斑、浸潤性紅斑など)
眼症状、外陰部潰瘍を主症状とする全身性疾患です。トルコを始め、地中海地方から、中近東、中国北部、朝鮮半島、日本を中心とした地域、北緯30~45度のいわゆるシルクロードに一致する地域に好発するために”シルクロード病”とも呼称されます。
本邦の患者数は約2万人(医療受給者証保持者数)です。
【病因】
その発症原因はいまだに不明です。MHCクラスⅠ分子のHLA-B51抗原を有する人に好発することから、HLA遺伝子が発症に何らかの関連を有すると想定されています。またBD患者の口腔内ではStreptococcus sanguisの陽性率が高く、この抗原に対して過剰な免疫反応が惹起されて発症すると考えられていますが、詳細は不明です。その他にヘルペスウイルス、パルボウイルスその他の環境因子の関与も想定されています。
【皮膚症状】
1)結節性紅斑様紅斑・・・下腿が主ですが、前腕にも生じます。1週間程度で消退します。皮疹の中で最も頻度が高いとされます。
2)血栓性静脈炎・・・有痛性皮下索状結節・紅斑として触れます。1~3週間程持続します。下肢が多いですが、時に上肢、体幹にも生じます。(移動性、遊走性静脈炎)
3)毛包炎~ざ瘡様発疹・・・顔面・体幹に生じます。一般のニキビと異なり非毛包性でも生じ、顔、胸、背以外のニキビ好発部位以外にも生じます。このような場合は診断価値が高いとされます。また注射部位に一致して小膿疱を生じます(針反応)。
これら以外にも浸潤性紅斑や紫斑、水疱、Sweet病に似た浮腫性紅斑、壊疽性膿疱など多彩な発疹を生じます。
【皮膚外症状】
主症状
1)再発性口腔アフタ性潰瘍・・・境界明瞭で10mm以下の潰瘍で紅暈をもち、疼痛があります。口唇、歯肉、舌などに生じます。約10日で自然治癒し、瘢痕は残しませんが繰り返し再発します。約6割で初発症状として始まります。
ただ、口腔アフタはエリテマトーデスなど他疾患でも、また健常者でも生じうるためにBDに特有ではありません。国際診断基準では年3回以上できることが必須条件となっていますが、前記の理由のために日本の診断基準では主症状ながら必須とはなっていません。
2)陰部潰瘍・・・口腔アフタより特異性が高いとされます。男性では陰嚢に、女性では小陰唇に好発します。また膣、子宮頚部に大型の潰瘍を作り、激痛があり、瘢痕を形成することもあります。肛囲、陰股部に生じることもあります。通常1~2週で治癒します。
3)眼症状・・・ブドウ膜炎を発作的に繰り返すのが特徴です。炎症は前眼部にとどまる虹彩毛様体炎と後眼部まで及ぶ網膜ブドウ膜炎型があります。発作時には結膜充血、眼痛、視力低下、視野障害などをおこし、かつては失明に至るケースもありましたが、近年は治療の進歩や軽症化のために減少しています。HLA-B51陽性者では重症化し易いとされます。
副症状
1)関節症状・・・四肢、手足の関節炎(痛)を起こし発赤、腫脹を伴いしばしば歩行困難となります。
2)副睾丸炎・・・頻度は少ないもののBDに特有であり、再発性の睾丸腫脹と疼痛が特徴です。
3)神経症状(神経型BD)・・・約14%の患者に見られます。男性や喫煙者に多いとされます。急性型と慢性型があり、前者では髄膜炎、多発性脳神経炎を起こし、後者では精神症状や認知症、小脳失調、片麻痺などを生じます。
4)腸管病変(腸管型BD)・・・約25%にみられます。回腸末端から盲腸に好発します。日本人に多くトルコでは少ないです。眼病変やHLA-B51の頻度が少ないのが特徴とされます。腹痛、下痢、下血などの症状を呈し、腸管穿孔例では手術を要します。
5)血管病変(血管型BD)・・・約8%にみられます。大~小型の血管に病変を生じえますが、上下大静脈、腹部大動脈、肝静脈、大腿動静脈など比較的大きな血管が障害されます。静脈がより障害されやすく、下肢の深部静脈血栓症、浅在性血栓性静脈炎を生じやすいとされます。動脈では時に動脈瘤を形成し、その破裂は致命傷となります。
【検査所見】
特別なものはありません。参考所見として、
(1)針反応陽性 20~22Gの比較的太い針を用いる事。活動期に認められる事が多い。中近東では約半数に陽性であるが、本邦では陽性率は少ない。
(2)炎症反応 赤沈値の亢進、CRP陽性、WBC増加、補体値の上昇
(3)HLA-B51の陽性(約60%)、A26(約30%)
(4)病理所見
(5)神経型・・・髄液の細胞増多、IL-6増加、MRI画像所見
【病理所見】
BDの皮膚血管炎は静脈炎で、好中球を主体とした好中球性血管炎とリンパ球を主体としたリンパ球性血管炎が混在しています。また血管炎所見のない、好中球やリンパ球性の炎症反応も混在してみられるのがBDの組織所見の特徴といえます。急性期の結節性紅斑様皮疹では、中隔性脂肪組織炎で、浸潤細胞は多核白血球と単核球です。
【診断】
厚労省の診断基準が用いられています。
1.主要項目
(1)主症状
⓵口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍
⓶皮膚症状
➂眼症状
⓸外陰部症状
(2)副症状
⓵変形や硬直を伴わない関節炎
⓶副睾丸炎
⓷回盲部潰瘍で代表される消化器病変
⓸血管病変
⓹中等度以上の中枢神経病変
(3)病型診断のカテゴリー
⓵完全型:経過中に(1)主症状のうち4項目が出現したもの
⓶不全型:
(a)経過中に(1)主症状のうち3項目、あるいは(1)主症状のうち2項目と(2)副症状のうち2項目が出現したもの
(b)経過中に定型的眼症状とその他の(1)主症状のうち1項目、あるいは(2)副症状のうち2項目が出現したもの
⓷疑い:主症状の一部が出現するが、不全型の条件を満たさないもの、及び定型的な副症状が反復あるいは増悪するもの
⓸特殊型:完全型または不全型の基準を満たし、腸管型、血管型、神経型の症状を呈するもの

なお、副症状を呈する疾患は極めて多数(参考事項として列記してある)あるので診断には慎重でなければならない、とあります。
重症度分類はⅠ~Ⅴまであり、Ⅱ度以上が医療費助成の対象となります。
【治療】
厚労省指針では効果的な治療法は未確立とあります。ただ、予後に関する項目で、以下のように書いてあります。
「眼症状や特殊病型がない場合は、一般に予後は悪くない。眼病変は、かつては中途失明に至る主要な疾患の一つであったが、インフリキシマブが使用されるようにより、大きく改善している。腸管型、血管型、神経型に対してもTNF阻害薬が保険適用となり、今後、これらの難治性病態の治療成績の向上が期待される。」

特殊型、全身性の治療は専門書に譲るとして、一般的には生活上は、口腔内の衛生、齲歯、歯肉炎の治療を推奨し、安静、ストレスや過労を避けることが大切です。
口腔内アフタや陰部潰瘍にはステロイド軟膏の外用、眼症状にはステロイド点眼、局注を行います。
また発熱、関節痛などに対しては、NSAIDs、コルヒチン、免疫抑制剤(シクロスポリンなど)やステロイド剤内服などが使われます。血管型や血栓性静脈炎には抗血栓・抗凝固薬(ワルファリンなど)が使用されます。
さらに重症なケースでは上記のようにTNF阻害薬(インフリキシマブ、アダリムマブ)も保険適用となっています。

皮膚血管炎 川名誠司 陳 科榮 東京 医学書院 2012 からの抜粋 まとめ

参考文献

血管炎・血管障害診療ガイドライン2016改訂版 日皮会誌:127(3),299-415,2017(平成29)

ベーチェット病の皮膚粘膜病変診療ガイドライン 日皮会誌:128(10),2087-2101,2018(平成30)

血管炎症候群の診療ガイドライン 2017改訂版 日本循環器学会

皮膚科学 第9版 著・編 大塚藤男 原著 上野賢一

厚生労働省 指定難病 56 ベーチェット病
厚生労働省ベーチェット病診断基準(2010年小改訂)