メラノーマ2019

メラノーマ(悪性黒色腫)の治療は長足の進歩を遂げつつありますが、特に昨今は本庶 佑先生のノーベル賞でメラノーマ治療薬「オプジーボ」は一躍有名になり、誰でも少なくとも名前だけは知っている薬になりました。
現代はインターネットの発達で、誰でもその気になれば最先端の知識を瞬時に知ることができます。ただ膨大な情報の中で、ある対象の正しい情報だけを正確に、かつ的確に全体像を知ることはなかなかに難しいことです。俗に「生兵法は大怪我のもと」といいます。生半可な知識で事に当たると大怪我をする、の例えです。素人知識は却って間違いの素にもなりかねません。(それはお前の事だろう、という声が聞こえてきそうですが。)
やはり、普段から実地にメラノーマ診療に当たって苦労している専門家の意見、講義を聞くのが一番的確で間違いないということになります。それで、日本皮膚科学会の今冬の講習会からの情報でのトピックを一部書いてみたいと思います。講師の話を正確に伝えたかどうかは自信はありませんが。
講師は以下の先生方でした。
臨床およびダーモスコピー診断 古賀 弘志 (信州大学)
病理診断 伊東 慶悟 (日本医科大学)
手術療法 中村 泰大 (埼玉医科大学国際医療センター)
薬物療法 大塚 篤司 (京都大学)

メラノーマの記事は2016年末に網羅的に数回に亘って書きましたので、今回は箇条書きに気になったところだけを書いてみます。

*メラノーマの発症には人種差が大きい。世界最多のオーストラリアでは新規患者は人口10万人当たり33.6人だが、日本では0.6人で、実数は日本で年間2000人程度、徐々に増加傾向にある。ただ粘膜部での発症は米国の0.22と比べ、日本では0.32と逆に高率で注意を要する。
*従来から病型分類は結節型(NM)、表在拡大型(SSM)、悪性黒子型(LMM)、肢端黒子型(ALM)の4型にわけるClark分類が行われてきたが、近年はBastianらによる紫外線傷害や発生部位による分類も行われている。
CSD(慢性的紫外線曝露部)型、non-CSD型(間歇的紫外線曝露部)、Acral型(肢端部)、Mucosal型(粘膜部)
CSD: chronic sun-induced damage
*欧米ではメラノーマを疑うABCDEクライテリアという語呂合わせがあるが、最近はさらにFGが加わったものもあり、Gの増大傾向というのは特に重要である。いずれにしてもある一時点ではなく、経過を追うということが重要である。
Asymmetry:非対称 Border irregularities:境界が不整 Color variegation:色調が多彩 Diameter>6mm:直径6mm以上 Evolving: 色調、サイズ、形が変化する Firm: 硬い(引き締まった)、Growing:増大傾向
*ダーモスコピーは臨床診断の精度をさらに上げることは明らかだが、最終診断ではない。疑わしい病変では病理診断を行う習慣をつけるべき。エキスパートは10秒以内で診断する。長くみていると却って解らなくなることもある。というか長時間悩む例は病理診断すべきということ。いろいろな専門述語があるがエキスパートはいちいちチェックしない。それはむしろ専門家以外に伝えるためや後付けするため方便で、むしろ暗黙知といって一瞬の間に判定する。例えば知人の顔を一瞬の間に峻別できるのと同じ。知っている知識、面識がなければ、どれだけ長く眺めていても分からないのと同じ。(字義通りだと語弊はあるかもしれませんが、コンセプトはそういうこと。)
*メラノーマの染色マーカーはS-100, Melan-A, HMB45などがあり、細胞質に陽性となるが、SOX10は核に陽性となるのでわかり易く、今後使用されるだろう。
*治療の基本は、現在においても手術で病巣を切除することである。以前は手術範囲は病変部から5cm離して切除するのが定式であったが、現在は腫瘍の厚さが問題とされ、側方切除範囲は2cmとされる。in situ(表皮内)病変の初期病変では、本邦では0.3~0.5cm、NCCN(National Comprehensive Cancer Network)ガイドラインでは0.5~1cmと若干の差がある。ALM型、爪部のメラノーマは本邦では多く、欧米では少ないためにガイドラインには反映されず、本邦独自の検討が必要かもしれない。
*所属リンパ節群のうち最初に腫瘍細胞が到達するセンチネルリンパ節(sentinel lymph node:SLN)への生検(biopsy): SLNBは1992年に始まり、当初は同定率は82%だったが、近年は色素法、RI法、γプローブ法、ICG蛍光法に加えてCT画像を術前に施行して、同定率は100%近くにまで向上した。
*SLNBの適応、結果が陽性の場合のリンパ節廓清の施行の有無、施行範囲については統計的にまだ明確な指針はないようである。
*昨今の新規薬物療法の発展により、メラノーマの手術療法は縮小・低侵襲手術の方向へ向かっている。
*免疫チェックポイント分子とは、T細胞活性化を抑制するシグナルに関連する分子で、それを阻害する薬剤を免疫チェックポイント阻害剤という。これにより抑制されているT細胞の機能を回復し、腫瘍免疫を賦活化することによって抗腫瘍効果を発揮する。この薬剤にはプライミングフェーズに働く抗CTLA-4抗体およびエフェクターフェーズに働く抗PD-1抗体がある。前者にイピリムマブ、後者にニボルマブ(オプジーボ)、ペムブロリツマブがある。最近、抗PD-1抗体はプライミングフェースにも働いている可能性が示唆されている。但しその効果は限定的で抗CTLA-4抗体が10%、抗PD-1抗体が20~40%の奏効率を有する。
効果をあらかじめ予測するバイオマーカーとして3つある。1)癌細胞が発現するPDL-1はPD-1と結合してT細胞の活動を抑制する。従ってPDL-1の有無は抗PD-1抗体の効果、反応性と相関している。2)腫瘍内に浸潤しているT細胞(Tumor infiltrating lymphocyte: TIL)の数は相関する。CD8陽性の細胞傷害性T細胞が腫瘍周辺に多く浸潤する例では効果が高い。3)腫瘍組織遺伝子変異総量が多ければ免疫療法の効果が高い。新規の抗原いわゆるネオ抗原が標的ペプチドを持つためと考えられる。また日本人ではHLA-A26保有者は抗PD-1抗体の反応性が良く、バイオマーカーになる可能性がある。
*免疫関連有害事象(immune related adverse event: irAE)
免疫チェックポイント阻害薬はメラノーマの治療にブレイクスルーともいわれる画期的な新展開を齎しましたが、一方で新たな免疫関連の有害事象ももたらした。(2016.11.11の当ブログにもまとめましたので、その抜粋から・・・
「この薬剤は体内の腫瘍免疫抑制反応を解除することによって腫瘍免疫反応を回復させ効果を発揮します。それは一方では生体に備わった免疫反応を制御しているシステムをストップさせるために免疫反応の暴走をおこし、予期せぬ様々な免疫関連有害事象(immune-related adverse events: irAE)を引き起こします。
その原因、発症機序は完全には解明されていませんが、その多くはTregの機能不全で説明可能だそうです。
その根拠の一つとして、IPEX症候群というTregのマスター転写因子であるFOXP3遺伝子に変異のある遺伝性疾患の患者ではTregが著しく減少、または欠損しており、自己免疫性腸炎、I型糖尿病、甲状腺炎、紅皮症、肝障害、自己免疫性溶血性貧血、血小板減少症(ITP)、関節炎などが認められ、これはまさにirAEにみられる症状と一致しているいうことがあげられます。
しかしながら、実臨床への使用が始まったばかりの薬剤であり、まだ不明な点が多く今後の研究、解明が必要とのことです。・・・」。大塚らはITPを発症した患者のB細胞でPD-1の発現が高いこと、乾癬を発症した患者でADAMTSL5特異的T細胞が病態に関与している可能性を指摘している。
*薬物療法には免疫チェックポイント薬のほかに分子標的薬がある。BRAF阻害薬とMEK阻害薬がある。
NCCNのメラノーマ治療ガイドラインがあり、first lineはPD-1単独、PD-1/CTLA-4併用、BRAF/MEKの分子標的薬が挙げられる。second lineにはさらにDTIC、イマチニブ(c-kit)、放射線療法などがある。
*遺伝子発現、変異の違いにより、治療薬の適応、効果も異なってくる(特に分子標的薬)。将来は次世代シークエンサーなども活用した個別化した治療が進んでいくと予想される。

専門的な個別の事項を未消化のままに細切れに羅列したので、非常に解りにくい内容になった感があるかと思います。
ただ、メラノーマの診断、治療が日進月歩で進んでいる状況はお分かりいただけるかと思います。

なお上には挙げませんでしたが、いずれの先生方もメラノーマの治療にはチーム医療の必要性をうたっています。診療方針は1) 初期診療計画 2)フォローアップ計画 3)進行期診療計画に分けられます。 ごく初期のメラノーマを除いて10年間フォローアップを検討します。
進行期になると、いずれの癌もそうでしょうが、患者、家族と実現可能な治療の選択肢を提示して、情報を共有していくことが重要だとのことです。患者さんは癌が進行していくと「効果がなくなってきているのはわかるが今の治療を続けたい」、「緩和ケア病棟には入らず自費の免疫療法を試したい」といった、様々なバイアスに基づいた意思決定に陥る傾向があるそうです。当然、治療は皮膚科医だけがおこなうのではなく、放射線科医、内科系外科系などの他科の医師との連携のみならず、看護部門、薬剤部門、さらに緩和ケアチーム(アドバンス・ケア・プランニング)、通院治療センター、医療福祉担当者、治験/臨床研究部門といった多彩な部署との連携が必要となってくるとのことです。
いかに医療が進歩していっても最後はやはり人と人との繋がりが最も大切なのだと知らされました。

追記
古賀先生は爪のメラノーマのところで、「巨人の星」の星飛雄馬の初恋の人、日高美奈の手の指の爪の黒い点(死の星)のことに触れられました。そのことに関連してうはら皮膚科(仮想クリニック)のブログに興味ある記事が書いてあります。
星飛雄馬の恋人、日高美奈さんはメラノーマではないかも?(2007.3)
’うはら‘先生はメラノーマの専門家です。
コメントに次のようにありました。「作品に注文をつけるつもりは全くありません。半世紀近く前に、皮膚にも癌ができるのだ、ということを世間一般に知らしめてくれた功績はとても大きかったと思います。メラノーマは若い女性にも起きる病気です(25ー35歳の女性のガン死亡原因としては上位にある腫瘍です)。くだらないことをまじめにくどくど書いてしまいました。」その後に・・・この記事が英文雑誌に掲載されました、とありました。(有料記事なので残念ながら小生は抄録しかみていません。
Malignant melanoma in Star of the Giants(Kyojin no Hoshi)
The Lancet Oncology, Volume 12, Issue 6, Page 525, June 2011
「巨人の星」と聞いて、深く反応する人はそれでもう古い昭和世代という証左かもしれませんが、この記事だけではなく、このブログには随所にメラノーマ、そのほかの啓発記事が分かりやすく書いてありますので、興味ある方は覗いてみられては。(2008.5、2010.5、2018.11)