永田和宏先生のこと

以前、京都大学皮膚科の椛島先生のブログに永田先生の紹介記事がありました。
生命科学の学者でかつ、歌人で宮中歌会始詠進歌、朝日新聞歌壇などの選者という稀有な人だそうです。
まず、紹介されていた「歌に私は泣くだらう――妻 河野裕子 闘病の十年」という本を読んでみました。
また河野裕子という人がすごい人らしくて毎日新聞歌壇、NHK短歌選者、「宮中歌会始」選者などを歴任したといいます。
この本は2000年9月20日の歌
「左胸の大きなしこりは何ならむ二つ三つあり卵大なり」で始まり、
2011年8月11日 死の前日の歌
「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」で終わっています。
あとがきに「普通の夫婦に比べれば、どこか突出して激しい感情を互いにぶつけ合う夫婦であったのかもしれない。しかしよく話をする夫婦ではあった。普通、相聞歌などという恋の歌は、結婚前までに作るものであって、結婚後はほとんど作られないと言ってもいいかもしれない。しかし、わが家でははずかしげもなく、生涯にわたってお互いを歌の対象として詠みあってきた。その数、互いに五百首は下らない。」
時に激しくぶつかり合いながら、最期の時までの夫婦愛の濃密な10年をある意味赤裸々に綴られた本でした。
その後、「近代秀歌」を読みました。人口に膾炙された歌をはじめとした100首ながら、その歌、人の背景、歌の深層までの読み方には眼からうろこの感もありました。明治、大正期の歌、高校時代の国語で教わった遠くも懐かしい歌の数々の真髄をあらためて教わった感がありました。
その後に、本職の(?)生命科学の本、「タンパク質の一生」を読んでみました。医者の端くれとして、時にDNAだのRNAだの蛋白だの知識は一応はあったつもりになって、ブログにも書いたりしてきましたが、細胞の中のミクロコスモスを系統だって勉強したことなどなく、断片的な知識しかなかったことを知ったのが一番の収穫でした。若い医学生にはお勧めの本だと思います。ただ、もうそろそろ引退していく者にとっては時すでに遅きに失した感がありますが。分子シャペロン、細胞内物流システムの話など初めて聞く事で非常に興味をそそられました。

この2冊の本、岩波新書で1000円足らずで手に入ります。ウーン、これ程の内容の詰まったものがこんな安価で、と思うと一寸もったいなくも有難い感じがします。岩波新書で理系と文系に亘って書いた人は初めてとのことでした。
理系と文系とは水と油みたいな気もしますが、両方に通暁している人もいるのでしょう。特に明治時代では森鴎外、木下杢太郎、寺田寅彦などが思い起こされます。現代でも多くおられるのかもしれませんが、知識なく知りません。
でも、普通世間一般では物理、化学屋というと文学的な事には興味を示さず、一方文系の文学的な思考ですね、というと全然理路整然としていない、というようなステレオタイプな考え方が一般的なように思われます。(あるいは自分がそのように思い込んでいるので世間もそうだと思い込んでいるだけかもしれませんが。)

この両方に通暁して、なおかつ「知の体力」など真の知恵とは何かを問いかける本なども著し、凄い人だとこのところ一寸心惹かれる人であります。

何か勝手な宣伝みたいになってしまい著者も有難迷惑かもしれませんが、永田先生の本について思うところを書いてみました。