重症薬疹の講演

先日、浦安皮膚臨床懇話会で重症薬物アレルギーの講演がありました。講師は横浜市大の相原道子病院長でした。
挨拶で、高森先生が述べられたように、招聘をお願いしてから2年越しの講演とのことで、全国的な要職もこなされいかに忙しい人かが納得でした。
講演の後の質疑応答がまた多く色々な質問が延々と続き、「この会は凄い会ですね。」と講師がびっくりするほどで、高森先生がこの続きは情報交換会で、と打ち切りました。小生も色々と聞きたいこともありましたが、現役の薬疹治療に携わっている先生方のホットな討論の中では口を挟むのも躊躇してしまいました。
色々なことを教わり、理解しようと思いましたが、実際にその臨床現場に立ち会わず耳学問なのでよく解らずもやもや感が残りました。
盛りだくさんな中で、討論にもでてきた薬疹とウイルスの関連は特に今一自分のなかで解らない部分でした。
後で当日のメモと記憶を辿りつつ、教本を見直して疑問点を整理してみました。
【重症薬疹の発症機序】
一般に重症薬疹といえば、スティーブンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnson syndrome:SJS )、中毒性表皮壊死症(toxic epidermal necrolysis:TEN)、薬剤性過敏症症候群(drug-induced hypersensitivity syndrome:DIHS)が挙げられます。即時型ではアナフィラキシーも含まれますが、今回はSJS,TEN,DIHSに話を絞ってみます。
SJS/TENとDIHSは臨床症状的にもかなり離れたものなので、分けてみる方がよいかと思います。
SJSは多形紅斑が広範囲にでき、眼や口腔粘膜などのびらん・潰瘍、および発熱などの全身症状を伴うもので、TENは加えて全身にびらん・水疱・表皮剥離を形成するより重症の薬疹です。
この両者の発症機序には薬剤を外来抗原とした免疫反応が関与していることが想定されます。薬剤は非常に小さい分子なので生体内の蛋白質と結合しハプテン抗原として働いていると考えられます。
最近の研究では特定のHLA(主要組織適合抗原)を持つ人に特定の薬剤アレルギーが高頻度に発症することが分かってきました。その最たるものがHLA-B*15:02を持つ漢民族の人のカルバマゼピンのSJSの薬疹で、その発症頻度がそれを持たない人の2500倍高頻度に起こることが明らかになりました。台湾では事前にそれをチェックすることによりこの薬疹を激減させることができたといいます。ただ人種差は大きく、日本人でこのHLAは0.1%以下です。
SJS/TENでは細胞傷害性T細胞(CD8+)が主に表皮細胞をターゲットとして働き、CD4+細胞が補助として働くと考えられます。それ以外にもNK細胞や制御性T細胞(Treg)の関与も考えられています。重症化しない多形紅斑ではTregの機能は保たれていますが、SJS/TENではTregの機能異常がありCD8+細胞の細胞傷害性を抑制できずに重症化すると考えられています。
浸潤細胞がどのような細胞死誘導因子を誘導し、広範な表皮壊死をおこしているかについては明確な結論は得られていないようです。種々の可溶性因子が細胞のアポトーシスやネクロプトーシス(プログラム化されたネクローシス)をおこすとされますが、今後の研究段階のようです。
DIHSについてはその臨床経過の特徴とヘルペスウイルスの再活性化が特徴です。
🔷DIHSの発症機序(ウイルス再活性化の機序)
DIHSにおけるヘルペスウイルスの再活性化が明らかにされてからすでに20年経っています。その臨床経過、検査データの異常、推移は詳らかにされていますが、薬疹の発生からウイルス活性化に至る機序、病態への関与の全貌はなお明らかではありません。
当然、薬剤の侵入を契機として、生体内で免疫反応が起き、潜伏感染しているヘルペスウイルスが再び増殖して病像を複雑化させ、遷延化させている訳ですが、詳細な生体内反応、免疫反応の理論解明は未だしです。
ただ、塩原らは実験データや、DIHSの特徴的な臨床経過から次のように考えています。
 SJS/TENではTreg(regulatory T細胞)の機能不全が起こっており、エフェクターT細胞の過剰な活性化が表皮壊死に繋がっていますが、DIHSでは急性期はTregが逆に著明に増加しています。その中でも免疫反応の抑制力の高いinduced Treg(iTreg)が著明に増加しているといいます。Tregの増加はウイルス特異的なT細胞の活性化やB細胞やNK細胞の機能発現を抑制する結果、潜伏するウイルスのさらなる再活性化をもたらします。この間はDLSTも陰性となります。一方慢性期、回復期になるとTregの頻度,機能は健常人を下回るまでに低下し、これと反比例するようにTh17細胞が増加したそうです。この回復期のTreg/Th17のバランスのくずれは、この時期にみられる自己免疫疾患の発症を説明可能です。HHV-6は単球に潜伏感染し、活性化T細胞に感染することがその増殖に必要です。単球の中の分画のpMOs(proinflammatory or patorolling monocyte)はSJS/TENで表皮を傷害することで注目されてきましたが、DIHSにおいて急性期にはpMOsが特異的に消失することが明らかになりました。逆に回復期にはpMosも急速に回復していました。塩原らはpMos,cMosの変化がTregのダイナミックな変化をもたらし、DIHSの免疫異常をうまく説明できるとしています。(この項、当ブログの薬剤性過敏症症候群より再掲)また最近はTh2サイトカインであるTARCやIL-5、好酸球などの産生亢進がみられることよりTh2細胞の活性化が病態に大きく関与していると考えられています。
このように重症薬疹の免疫学的な病態機序の解明は飛躍的に進んできたようですが、ではなぜ同じ薬剤が違った免疫動態をとり、異なる薬疹となるのかは分からないとのことです。またHLAにしても全てがそれで同じ病態をとるわけでもなく、重症薬疹の一つの大きな要因との位置づけのようです。
【薬疹とウイルス】
これらのいずれの薬疹にもウイルス感染症は関与します。ではそのウイルスと薬疹の関係はどうなのか、病因や免疫学的な繋がりはどうなっているのかは解明されていないようです。ヘルペスウイルス(HHV-6)の再活性化がクローズアップされたDIHSにしてもそれが、病因にどのように関与しているかも明確ではありません。HHV-6だけではなく、サイトメガロウイルスやEBウイルスなどその他のヘルペスウイルス群の再活性化もみられています。海外(特にフランス)ではDRESS(drug reaction with eosinophilia and systemic symptoms)のほうがよく用いられていて、ウイルスの再活性化についても病因かT細胞性組織傷害の結果か未だ明らかではないといったスタンスのようです。
長年この命題に取り組んできた塩原哲夫先生の説は十分に説得力があります。
「我々はステロイドのパルスが奏功すると薬疹だったと思い込みがちだが、ウイルス性発疹、薬疹、GVHDを本当に鑑別できているわけではないことも理解しておくべきなのである。極端なことをいえば、麻疹の発疹でさえも、投与している薬剤の関与が全くないと言いきれないし、典型的な薬疹といえども基盤にウイルス感染(あるいはマイコプラズマ感染)がある可能性は否定できないのである。薬疹/ウイルス性発疹症候群のスペクトラムの中で、両極端のもののみが典型的な薬疹あるいはウイルス性発疹と考えるべきではないかと思うのである。」
「ウイルス(ヘルペスウイルス)に特異的に反応するT細胞が薬剤と交差反応すれば薬疹となり、アロ抗原と反応すればGVHDになるのではないかとの仮説を提唱しているが、これはまだ仮説の段階にとどまっている。しかしウイルス抗原と薬剤の関連を示唆する状況証拠は増え続けており、直接的証明がなされる日も近いと考えている。」
また当日も話題になったヘルペス、マイコプラズマによるSJSの眼、口腔内の症状ですが、発症の機序の複雑さを物語っていました。特に小児におけるSJS発症にはマイコプラズマ感染症が誘因となるとの報告が多いですが、遺伝子素因のある人に微生物感染が生じると(MRSA,MRSEなどの二次感染が多い)、異常な自然免疫応答が生じて、その上に感冒薬などが加わって異常な免疫応答がさらに助長されることが想定されています。マイコプラズマ感染では1年以上もの長期間に亘っTregの機能は低下し続けるのでSJS/TENが生じ易い状況があるのではと考えられています。

当日は、重症薬疹の治療法の進歩により、近年死亡率が格段に低下してきたことも話されました。ただ、ベースとなるステロイド剤の使用方法、量、漸減方法などは個別の症例によって異なること、また専門家の間にも若干の意見の違いもあることなども述べられました。治療はIVIG療法、血漿交換療法など格段に進歩しているので、実地医家としては早期に症状の見極めをして専門病院へコンサルトし、手遅れにしないことかと思われました。
この他に、新しく登場してきた薬剤による薬疹、周術期アナフィラキシーの話題もありましたが、さらに長くなるので割愛します。

参考文献

薬疹の診断と治療 アップデート 重症薬疹を中心に 塩原哲夫 編 医薬ジャーナル社 2016