重症薬疹のトピックス

先日の横浜の日本皮膚科学会総会で、重症薬疹のトピックスという教育講演を一寸覗いてみました。他のセッションからの途中移動でしたので、一部のみでしたが、改めて重いテーマだな、と思いました。
この分野は生物学的製剤や、新規の肝炎治療剤( IFN-α, ribavirin, telaprevir )などの新しい概念の薬剤が開発されると共に、また新たな薬疹やその重症化が注目されてきているようです。
 重症薬疹で重要なものは、SJS(Stevens-Johnson 症候群)やその重症型とされる中毒性表皮壊死症(toxic epidermal necrolysis: TEN)、それに比較的最近その概念が知られるようになってきた薬剤性過敏症症候群(drug-induced hypersensitivity syndrome: DIHS) などがあります。
SJS/TENは粘膜上皮や表皮が障害されて、重篤な失明などの粘膜障害や広範なやけど様の表皮のびらん、剥離を生じる薬疹です。またDIHSは発熱と多臓器障害を伴う紅皮症様の薬疹であり、薬剤中止後も遷延化します。この薬疹の特徴はヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)を主とするヘルペスウイルス群の再活性化が薬剤アレルギーと複合して生じることです。
これらの個々の薬疹についてはいずれまとめてみるつもりですが、ここは重症の薬疹をひとくくりにして話を進めてみます。
かなり以前からTENはあり、小生も大学勤務時代は幾度か痛い目にあわされました。
死亡率も数十%と高く、進行した例ではICUなどに入ってもなすすべがないというケースもありました。病気の進行の急速なのにも驚かされます。かつて、外来でSJSの診断で入院予約された患者さんが、一旦荷物を取りに帰宅されて夕方来られた時にはすでに、全身にびらん、水疱が拡大していてTENの状態になっていて、その変化の急激さに愕然としたことを覚えています。
医療技術の進歩した現在でもなお死亡率は17-20%と高いものです。
講演では、事前にTEN に移行するか否かも判定可能な検査の開発も進んでいるようで、治療方法も格段に進歩している様子でした。そして、できるだけ早期に治療を開始すれば治癒率も改善し、後遺症も少なくなるようです。ステロイドパルス療法などの大量療法が救命には有効ですし、さらに重症な例では血漿交換療法、また免疫グロブリン製剤の大量投与の有効性が報告されてきています。それでも敗血症などの重症感染症を避ける意味でも早期の治療開始が要求されます。
また薬剤によっては、発症するか否かはその人の持つDNA の型、HLAタイピングですでに決まっているものもあるそうで、特定の遺伝子を持つ人のみがその薬剤で薬疹を起こす事がわかりそれを避けることで重症薬疹の頻度をぐんと下げることができることも解ってきているということでした。(台湾におけるカルバマゼピンとHLA-B1502やアロプリノールとHLA-B5801)
これは薬剤の抗原認識が細胞表面に提示される主要組織適合性遺伝子複合体(major histocompatibility antigen :MHC)を介して行われ、これと結合することによってCD8T細胞やCD4抑制T細胞が活性化して薬疹を起こすという理論に合致するものだそうです。
TENやDIHSの発症機序の解明は随分と進んでいて、制御性T細胞を始めとした免疫制御機構が破綻して生じるとのことでした。しかし、ウイルスの関与などまだ完全には解明されていない部分もあるようです。
開業していると、このような重症薬疹のケースに出会うことは、ごく稀ですが、その一歩手前ともいえる、固定薬疹や多形滲出性紅斑の患者さんはたまにみます。
それが、薬剤によるものかどうかの判断も難しく、(薬剤性以外のSJSやTENもあります)、重症化するかどうか明確には予測できません。皮膚科医にとってもその判断が難しく、ましてや他科の医師では更に難しいでしょう。後手にまわって重症化してから大学病院などに担ぎ込まれるケースもあるようです。
 重症薬疹による健康被害については、医薬品副作用被害救済制度が整備されていて、その程度に応じて公的に救済されます。しかしながら、副作用の説明や診断の遅れをめぐったりして、医師、患者間のトラブルも散見されるようです。
 薬の副作用についての説明はとても難しいと常日頃感じています。極めて稀な副作用を一々説明しないと薬を処方できないとすると、多剤を処方する内科、精神科などの診療は2倍も3倍も時間を要するでしょう。皮膚科でも時々抗生剤など処方しても全然効果がなく、おかしいなと思って聞いてみると薬局で色々副作用のある薬だと聞いて怖くて飲まなかった、という例もあります。
水虫の内服薬は肝機能障害など副作用の説明をするのですが、ほんの数%の頻度だといっても、そんな強い薬ですか、飲みませんといわれることも多く、その割に色々な内科の糖尿病や痛風の薬など“強い“薬を飲んでいたりします。
 薬は本来リスクのあるものと考えて対処する必要があろうかと思います。
TENなどの重症薬疹でも医師からの処方ではなく、置き薬、ドラッグストアで買った風邪薬なども結構原因薬として多いのです。毒にも薬にもならないのはメリケン粉かうどん粉位でしょう、・・・おっと違った、小麦粉にもアナフィラキシーという重大な副作用がありました。頻度の違いこそあれ、どんな薬剤でも副作用はありうると考えて置いた方がよいでしょう。
ただ、SJS/TENに関して注意するべき薬剤は抗生物質、解熱鎮痛消炎剤、抗てんかん薬などです。
発症初期には軽症の多形滲出性紅斑とウイルス性発疹症とSJSの鑑別はほぼ不可能です。
ただ、一般的に重症化の目安は、高熱、皮膚に紅斑(赤み)の上に水疱や糜爛、紫斑ができること、眼や口腔内、陰部などがただれる粘膜症状、全身が日焼け様に火ぶくれになるなどでしょうか。
こういった際は自宅で様子をみるのではなく一刻も早く皮膚科専門医に罹ることが重要かと思います。
普段は皮膚科医ですら、めったにお目にかからず、ましてやほとんどの人には無縁の病気のようですが、ある日突然ふりかかってくることもあり得ます。
情報としては知っておいた方が良いと思われました。