アトピー性皮膚炎の新時代

アトピー性皮膚炎が、慢性の疾患でいまだに明確な原因、従って根本的な治療法がない疾患であるというのはまぎれもない事実です。ただ、最近(と言っても21世紀に入ってから)はだいぶ以前とは様相が違って視界が開けてきた感があります。
数十年前は本邦ではアトピー性皮膚炎治療に対するステロイドバッシングが激しく起こった時期がありました。(現在でも続いているのかもしれませんが)
ただ、それも故なしというわけでもないように思います。ステロイド剤は広く炎症を抑える強力な武器ですが、ヒトの免疫機構全体に作用するので、ピンポイントの原因をアタックする原因療法ではありません。当然いろいろな副作用があり、それに通暁した医師が使わないと治療効果よりも副作用が前面にでてくることもあります。当時明確な病因が未解明であったことも相まってか、なおさら訳もわからずただステロイドを使う、といった批判もあったかと思います。
ただ、ここ数十年は免疫学をはじめとした医学は長足の進歩を遂げつつあります。教科書ですら10年前のものは使い物にならないくらいです。開業医で日々の診療に追われている身にとっては、ほとんど医学の進歩にはついていけません。ただ、インターネット時代とあってその気になれば最先端の成果をいち早く受け取ることもできる時代になってきました。ただ膨大な情報の海で溺れかねない状況です。時間も知識も限られた身としてはその道の専門家が分かり易く解説してくれる雑誌、講演会は手っ取り早くそのエッセンスを知る良い機会です。先日は米国のアトピー性皮膚炎の専門家によるアトピー性皮膚炎の新薬「デュピクセント」の発売記念講演会がありました。
「Dupilumab(Dupixent) A Bench-to-bedside success story for Atopic Dermatitis」という演題でした。
演者:Oregon Medical Research Center President Andrew Blauvelt,M.D.,M.B.A.

ヒト型IL-4/13受容体抗体製剤の新薬のお話でした。
その講演をベースに、その他の新規の情報は本年1月号のVisual Dermatologyの特集号 アトピー性皮膚炎の新時代 責任編集 椛島 健治 の 内容を参照してデュピルマブなど新規薬のことをまとめてみました。

 (図1)江川 形平 アトピー性皮膚炎における生物学的製剤 Visual Dermatology Vol.17:18-21,2018 より

(図2)サノフィ(株)資料より

(図3)サノフィ(株)資料より

近年、乾癬の病態、病因は生物学的製剤の臨床応用と相俟って、パラダイムシフトと呼称されるほどに解明が進んできました。アトピー性皮膚炎においても生物学的製剤の治験は続々と進められており、免疫学的病因解明が進んできています。アトピー性皮膚炎の病態は1)表皮バリア機能の異常 2)免疫応答の異常 3)痒みの異常 が相まって形成されると考えられています。
これらをダイナミックに統合、動かしているのが各種の免疫細胞やサイトカインです。免疫反応の応答ではTh2細胞がかかわる2型免疫反応がその病態に大きくかかわっていると考えられています。
Th2細胞はIL-4, IL-13, IL-5, IL-31などのサイトカインを産生して、皮膚の炎症や痒みを引き起こします。またIL-33やTSLP(thymic stromal lymphoprotein)などはTh2細胞に直接作用して、その活性化を促進するとされます。
上図(図1)のように様々な生物学的製剤がアトピー性皮膚炎治療の治験薬として進められているそうですが、現実に実用化されて、最も期待できるのがTh2型炎症を抑制するデュピクセントです。
デュピクセントはヒト型抗ヒトIL-4/13受容体抗体製剤で、この両者に共通のIL-4受容体αサブユニット(IL-4Rα)に特異的に結合してIL-4, IL-13のシグナル伝達を阻害して炎症を抑制します。(図2)
デュピクセントの作用点は上図のx印で示した部位です。(図3)
国内外で行われた治験では300mg投与16週の時点で37%の患者においてIGA(investigator’s global assesment)スコア0 もしくは1が達成され(プラセボ群では約10%)、またおよそ半数の患者さんがEASI(eczema area and severity index)75を達成(プラセボ群では1%以下)と著効といってよいほどの報告がなされています。また54週の長期投与でも効果は保たれ、安全性も軽度の結膜炎を除いては重篤な副作用はみられていないとのことです。
これらの結果より2017年3月からは米国食品医薬局(FDA)で認可され、本邦でも最近発売になりました。すでに数100例に用いられているとのことです。

図1にあるようにTh2細胞を中心にアトピー性皮膚炎の病態に関与する種々のサイトカインをブロックする生物学的製剤をもちいたアトピー性皮膚炎の治験は精力的に進められているそうです。そう遠くないうちにその治療効果が報告されてくるようです。
その中でネモリズマブ(抗IL-31受容体抗体)、トラロキヌマブ、レブリキズマブ(抗IL-13抗体)は数年のうちに臨床応用されるようです。さらに抗IL-17抗体(セクキヌマブ)、抗IL-22抗体(フェザキヌマブ)、抗TSLP抗体(テゼベルマブ)、抗IL-33受容体抗体(CNTO 7160)なども米国においては臨床試験が進められていて、効果の期待される薬剤もあるようです。

このように新規薬剤の目覚ましい開発、進歩でアトピー性皮膚炎の治療、病態解明は飛躍的な発展、パラダイムシフトを迎える予感があるものの、生物学的製剤の高価なことは医療経済に打撃を与えかねず、大きな社会問題にもなっています。
皮膚科分野ではメラノーマの新薬オプジーボが肺癌などにも適用拡大され、年間の薬価が約3500万円、患者数からみると年間数兆円にも及ぶとの推計があり、薬価が半額に引き下げられた経緯がありました。乾癬に対する薬剤も高額医療制度が機能していればこそ、多くの人が使用可能です。

難治性炎症性疾患、悪性腫瘍などに対する新規薬剤の開発は目を見張るものがあります。しかしながら現在の薬価のシステムは本邦だけではなく、全世界的にみてもいずれ行き詰るような気がします。
全人類に福音をもたらすような素晴らしい薬剤であればあるほど、人類共有の財産として広く開放できないものでしょうか。
そういう意味ではノーベル賞の大村博士、ウィリアム・キャンベル博士、製薬会社のイベルメクチンのオンコセルカ症に対する無償提供は素晴らしい前例と思いました。

やや横道に逸れましたが、これら新規の素晴らしい薬剤がうんと低額で供給できるような時代がくることを願わずにはおられません。