ホクロとメラノーマの間

最近の日本皮膚科学会雑誌にホクロとメラノーマの判断の難しい例の報告、ディベートがありました。
専門的で難しい内容で、また難しい論争ではありますが、重要な事柄なので思うところを述べてみます。

「表皮内メラノーマへの移行が考えられたdysplastic nevusの1例」 日皮会誌 127巻 第11号 2477-2481,2017
福田 光希子、田中 了、藤本 旦、高田 実
Letter to the editor 福田らの論文「表皮内メラノーマへの移行が考えられたdysplastic nevusの1例」を読んで 
斎田 俊明 日皮会誌 128巻 第2号 205-209,2018

症例は50歳の女性で幼少期から背部に色素斑があり10年前から徐々に増大して15x14mmの色調が不均一な黒褐色斑となったものでした。病理組織学的に一部で典型的なdysplastic nevus(DN , Clark母斑)の所見があり、それに連続して表皮内メラノーマの病理所見がみられ、BRAF遺伝子解析でV600K変異がみられたというものでした。

この症例に対し、斎田先生は福田らがDNとした部分の組織像もメラノーマの所見であるとの見解を述べました。 

ご両人とも日本におけるメラノーマの専門家(斎田、高田先生)で小生にはいずれの診断が妥当なのか判断できません。ただ、典型的なほくろ(母斑)とメラノーマでは病理の診断は皆一致しますが、中間的病変(probably beneign~ malignant melanoma in situ)の病理診断は非常に難しく専門病理医でも判断が大きく分かれることも多いといいます。
時にダーモスコピーの講習会や病理学会に出席していてもメラノーマの専門医の間で病理組織に対する意見が良性、悪性に別れるのをみることがあります。(学会にはそういう疑問点がある例が集中的に供覧、討論されるということもあるかもしれません。)ただ素人的には一体どっちなのとモヤモヤした気持ちになることもままあります。
病理組織をみるときには、極一部の所見にこだわると間違いを犯す、全体の構築像をみて判断するべきであるとよく言われます。それはダーモスコピー像でも臨床像でも同じことかもしれません。特にメラノーマはそれが難しいらしく、スピッツ母斑などは個々の細胞、細部だけをみると「悪性像が満載」と泉先生の教本にもあります。
「Spitz母斑は、悪性所見が満載!-Ascent,偽封入体、核分裂像などが悪性の根拠とならない―
もっとも大切な鑑別点は、弱拡大による大きさ(≦6mm)、境界の明瞭さ、左右対称性、表皮の肥厚そしてSpitz母斑だけに特徴的な所見(均一monotonousな増殖、縦長の細胞増殖、裂隙、Kamino小体など)の存在である。」(泉 美貴)

一つの思いは、本当にメラノーマの診断は難しいものだなー、との感慨です。だからといって専門医は診断力が弱いと思わないで下さい。ごく一部の例では鑑別が難しくて、そこがいつも学会の話題になっていると了解したほうが妥当です。

診断の難しさは納得しつつも一方でその道の専門家をして、診断のgold standardといわれる病理組織診断をもってしても、一方で良性、一方で悪性という診断が下されるのは釈然としません。現代の医学がまだ完全とはいえない証左かもしれません。しかし、当事者の患者さんにとっては死活問題なのは当然です。その隘路を解決するべく最近は次世代シークエンサーを用いた詳細な遺伝子解析が行われ、メラノーマとその前駆病変とで遺伝子変異の異常の差がみられたとの報告が相次いでなされています。
ただ、メラノーマの専門家の指摘にあるように、中間的病変ともいえる色素病変でのそもそもの病理診断の一致率は極めて低く、50%以下との報告もあります。すなわち良性、悪性の診断根拠のゴールポストがあやふやで移動している状態では、いくら遺伝子解析を行っても正しい結論に至らないのは明らかです。完全に正確な良性、悪性か否かの診断はまだ研究途上で、将来への課題のようです。

もう一つは、上記の論文の論点になっていた、果たしてほくろからメラノーマになるのか、との命題です。
斎田先生はメラノーマはde novoからの発症で表皮基底層のメラノサイトが癌化するものであって、ほくろからメラノーマにはならないという説です。
一方の高田先生の考えは、頻度は少ないにしてもある種のメラノーマはほくろから癌化するという説です。
こんなにメラノーマの研究が進歩しているのにこの命題に決着がついていないことのようです。学者にもいろいろの考えがあるようです。
清水の新しい皮膚科学 第3版には以下の記述があります。
BFAF,RAS,NF1などさまざまな細胞増殖にかかわる遺伝子に変異をきたし、メラノサイトが悪性化して発症する。母斑細胞性母斑(Clark母斑や巨大先天性色素性母斑)、青色母斑、色素性乾皮症などから生じる場合がある。外傷、紫外線、靴擦れや掻破などの物理的刺激、鶏眼切除、凍瘡、熱傷瘢痕なども誘因となる。・・・」
一般的なほくろからの悪性化はまずないのでしょうが、絶対ないのではないのでしょう。白人などのClark母斑ではほくろの数が多くなるにつれてメラノーマ発症のオッズ比が高くなるといわれています。
ほくろが悪性化するか否か、と黒白で議論すると混乱が生じ、極端な情報になりそうです。
どんなタイプの”ほくろ”がどの程度のオッズ比で悪性化のリスクが上昇するかが示されればもっとすっきりするように思われました。

先日の日本皮膚病理組織学会でもメラノーマ関連の組織供覧がありました。病理組織診断 投票結果がでていましたが結構割れていました。
スピッツ母斑関連でも中間病変ともいえるatypical Spitz nevus, atypical Spitz nevus with ALK fusionからmalignant melanomaまで票が割れて、先天性母斑(proliferative nodule in congenital nevus)とmalingnant melanomaに票がわれた症例もありました。
病理の専門家でも難しい例があるのだと悩ましく思いました。

やはりメラノーマの診断は難しい・・・。というしょうもないつぶやきに終わってしまいました。