掌蹠膿疱症update

先日、千葉県皮膚科医会・日臨皮学術講演会がありました。その中で「掌蹠膿疱症診療 Update」という講演がありました。講師は東京歯科大学市川総合病院皮膚科の高橋愼一先生でした。
以前、2014年2月に掌蹠膿疱症についてかなり詳細に当ブログに記載しました。照井 正 先生の責任編集によるVisual Dermatologyからのまとめが中心でした。今見直してみると書いた内容の相当部分は忘れてしまっていますが、現在の状況と大きくは変わっていないようです。それでも高橋先生の講演からいくつか新しいトピックスが教示されました。それらを文献を参照しながらまとめてみます。
【病因】
免疫学の進歩も相俟って、かなり詳細に解明されてきている感触があります。
治療効果なども勘案して、病因に関係する因子はいくつかに絞られてきています。その2大要因はタバコと病巣感染かと思われます。さらにそこに(歯科)金属アレルギーの関与もいつも取り上げられますが、金属アレルギーの関与、治療効果についてはそれ程のものではなく、むしろ過大評価しすぎないことが必要かもしれません。
🔷タバコ(ニコチン)
喫煙が掌蹠膿疱症(palmoplantar pustulosisまたはpustulosis palmaris et plantaris: PPP)に悪影響を及ぼしていることは、以前より実地医家にも広く周知された情報です。
掌蹠膿疱症の罹患年齢は40~60歳台が多く、男女比は1:2~4と女性に多く発症します。喫煙率は40~60%と高く、特に女性の患者さんでは多くの患者さんが喫煙しています。
【喫煙がPPPによくないのは、臨床的に以前から知られていました。しかし、その理由はよくわかっていません。2002年にスウェーデンのEva HagforsenはPPP患者の病変部組織において表皮内汗管および周囲の表皮細胞にもニコチン性アセチルコリン受容体(nAchR)タンパクの発現の増強を認めました。
(ちなみに日本とともにPPPの発症率の高いスウェーデンでは90%が女性でその95%が喫煙者だそうです。そして、スモーカーの発症リスクはそうでない人の74倍だそうです。)
また同時にPPP患者血清ではnAchR抗体の上昇が約半数に認められ、何らかの自己免疫反応が汗管およびその周辺に起こり、病気の発生につながっていると推測しています。
エックリン汗管は汗の排出を行いますが、一方神経内分泌器官でもあります。ニコチンは汗から排出され、コリン作動性の炎症惹起性の物質でもあります。従ってこれが、自然および獲得免疫に関与していることが強く疑われるとのことです。
汗管は外界からの刺激をガードする免疫器官としての役割も考えられます。そう考えるとPPPに幾多の自己免疫疾患が合併しているのも自己免疫の破綻を示唆している可能性もあるそうです。(Eva Hagforsen)】
(この項、2014.2.17の当ブログより)
汗の刺激は症状を悪化させます。それで6月頃に症状の悪化する例が多いそうです。喫煙では受動喫煙も影響していて、高橋先生は患者パートナーの禁煙とサリチル酸ワセリンの塗布のみで1年後略治状態になった症例を経験したそうです。
🔷病巣感染
PPPの発症には扁桃や歯性病巣などの病巣感染が密接に関与しています。特に日本人では欧米の症例に比べてその割合が高く、その大半が扁桃摘出術(扁摘)や歯性病巣治療によって軽快します。有効率は報告者によって差はありますが、概ね60〜80%と共に高率です。その理由は歯科病巣も扁桃もワルダイエルリンパ組織(Waldeyer咽頭輪)が関わる領域に存在するからとされています。
扁摘は極めて有効ですが、注意すべきなのはPPPの病巣扁桃は無症状である、という点です。それはA群β連鎖球菌(溶連菌)などの病原菌ではなく、口腔常在菌であるα-streptococcus に対する免疫応答が破綻しているからだといわれています。それで保存的な治療で軽快しない場合は耳鼻科的には積極的に扁摘をすべきであるとされます。扁摘は耳鼻科医が最初に習得する手術のひとつであり、手術時間は全麻で1時間程度、入院は術後1週間程度ということです。咽頭痛、術後出血が主な合併症ですが、出血の頻度は1,2%程度と低く極めて安全な手術とされます。但し100%軽快するわけではなく、効果の予見はできないので無理強いはできません。治療効果は半年から1年をみます。それ以上は頭打ちとなるようです。
扁桃とPPP皮膚病変との結びつきの機序としては次のように考えられています。「PPP患者では扁桃常在菌に対する免疫寛容機構が破綻しているために、扁桃常在菌に対して過剰に免疫応答します。その結果扁桃のB細胞が活性化され、皮膚と共通抗原性のある熱ショック蛋白質などに対する抗体産生が誘導され、また一方扁桃T細胞も活性化されて皮膚ホーミング受容体などへの発現が亢進し、活性化した扁桃T細胞(Th1,Th17細胞など)が掌蹠皮膚に遊走する可能性があります。(熊井琢美、高原 幹、原渕保明)」
🔷歯性病巣と金属アレルギー
東京歯科大学では約70%の症例で歯性病巣の治療が有効で、金属アレルギーのある歯科金属を除去するのみでは有効例は少ないことを報告しています。歯性病巣治療の効果は扁摘よりも遅く1年程度かけてゆっくり現れることが多いそうです。PPPでは金属シリーズパッチテストの陽性率は高く、金属アレルギーの関与は示唆されているものの、異汗性湿疹などと異なり除去での効果はあまり見込めません。
扁摘は有効ではあるものの、全身麻酔となるため一般に躊躇するケースが多いようで、まずは口腔内の慢性炎症(根尖性歯周炎、歯周炎)の治療を優先して行うのが現実的のようです。
平成28年度の歯科診療報酬改正で金属アレルギー患者の大臼歯にCAD/CAM冠(ノンメタル(ハイブリッドセラミックス))が保険適用になりました。但し「医科の保険医療機関又は医科歯科併設の医療機関の医師と連携のうえで、診療情報提供に基づく場合に限る」という但し書きがあります。歯科金属除去目的で皮膚科へのパッチテストの依頼もみられるようになりましたが、PPPでは上記のことも勘案して施行する必要があります。
🔷その他の要因
糖尿病の関連や甲状腺機能異常などホルモン異常が関与する例もあります。また北欧ではグルテン食の関与する例もあります。
【臨床症状】
典型例は掌蹠(手掌足底)に紅斑、小膿疱、鱗屑、痂皮が混在してみられます。手足のエックリン汗管(表皮内汗管)がprimary targetとなる機序が想定されています。PPPの膿疱の特徴はダーモスコピーで観察すると透明な枠に囲まれるように水疱中央部に小膿疱(pustulo-vesicle)がみられることです。これはやがて内容が混濁、痂皮化して落屑となり、紅斑落屑局面を形成していきます。
掌蹠を超えて四肢、臀部などにも紅斑落屑や小膿疱をみる例があり、掌蹠外病変と呼ばれます。皮疹は乾癬に似ますが、浸潤は軽度で厚い鱗屑も伴わず、境界も不鮮明です。また乾癬と同様にKobner現象をみることもあり、下着のゴムで締め付けられる部位や擦れやすい部位に出やすい傾向があります。たまに炎症が爪に及ぶと爪甲の変形を伴い、爪下に膿疱がみられることもあります。
このように掌蹠膿疱症は乾癬に似た臨床症状を呈するために欧米の一部ではこれを膿疱性乾癬のacral typeとして乾癬の一亜型として考えています。すなわちpalmoplantar pustular psoriasis, palmoplantar psoriasisなどと表記されたりします。しかしながらHLA解析においても掌蹠膿疱症と乾癬は異なる遺伝的背景を持っていることが報告されており、本邦では両者は異なる疾患と考えられています。但し乾癬とPPPの家族例や、家族性のPPP例もあり両者は非常に近縁の疾患と考えられています。
PPPの経過中に注意すべき合併症としてIgA血管炎(Henoch-Sconlein紫斑病)、IgA腎症があります。いずれも胸鎖骨間骨化症と同様に病巣感染が共通の病因となって発症します。頻度は高くはないですが、定期的な尿検査などのチェックは必要です。
【骨病変】
PPPの約10%に骨関節症状が合併し、前胸部が最も多いとされます。本邦ではPAO(pustulotic arthroosteitis)、掌蹠膿疱症性骨関節炎と呼ばれますが、欧米では1987年にSAPHO(synovitis滑膜炎、acneざ瘡、pustulosis膿疱症、hyperostosis骨増殖症、osteitis骨炎)症候群という名称が提唱され定着しています。ただ本邦では重症ざ瘡に伴う例は少なくPAOのケースが多いようです。
前胸部の他仙腸関節、脊椎、下顎骨、その他の末梢関節の付着部炎、骨びらん、増殖性変化がみられます。テクネシウム骨シンチグラフィーでは単純X線で変化がみられなくても病変部に高率に集積像がみられ、早期診断に有用です。またMRIも診断に有効です。前胸部のものは胸肋鎖骨間骨化症(inter-sterno-costo-calvicular occification:ISCCO)と呼ばれ、前胸部の疼痛を伴う膨隆はその形状からBull’s head signとよばれます。
【治療】
以前のブログ(2014年3月2日 掌蹠膿疱症(4)治療)に書いたものと大きな変化はないようです。
PPP治療法の問題点は、広く認められた皮疹の評価方法がないこと、同症は軽快・増悪を繰り返す疾患であるために、薬剤の治療効果の判定が難しいことなどがあげられます。すなわちEBM(根拠に基づく医療)に基づく標準治療が挙げづらいことがあります。患者さん個々によって治療効果が大きく異なるのもこの疾患の治療の難しいところです。ただ、病巣感染やたばこ、背景の増悪因子を取り除くことに努めることは第一義でしょう。その上で、外用療法、光線療法、さらには各種内服療法などを取り混ぜていくことになります。PPPは残念ながら類症の乾癬のように明確な治療指針、ガイドラインが通用しません。骨関節症状に対してもNSAIDs、ステロイド、メトトレキサート、クラリスロマイシン、エトレチナート、シクロスポリン、ビスホスホネート製剤、サラゾスルファピリジン、生物学的製剤などを取捨選択していくことになります。
(ビスホスホネートは抜歯後に顎骨壊死をきたすリスクあり)
また適応外ながらオテズラがPPPにも一定の効果があるとのことです。

参考文献

掌蹠膿疱症の治療 あの手この手 責任編集 照井 正 Visual Dermatology Vol.11 No.10 2012

歯科と連携して治す皮膚疾患 ➂ 責任編集 押村 進、松永佳代子 Visual Dermatology Vol.16 No.12 2017