サイクリックAMP

オテズラのことを書いたついでに、その薬効の中心となるサイクリックAMP(cAMP)のことについて書いてみます。
オテズラ錠の使用ガイドには、その作用機序として次のように書いてあります。
「ターゲットとなるPDE4はcAMPを不活性型のAMPに分解する酵素で、免疫細胞内のシグナル伝達を調節しています。乾癬患者の免疫細胞や表皮細胞ではこのPDE4が過剰に発現しており、炎症性メディエーターの産生が亢進しています。オテズラ錠はPDE4を阻害することにより、細胞内cAMPの濃度を上昇させ、炎症性及び抗炎症性メディエーターのネットワークを調節し、炎症を抑えると考えられています。」
小生は以前(1990年頃)短期間ミシガン大学皮膚科に留学していたことがありますが、そこのチェアマンがVoorhees 教授でした。彼は乾癬において最初にcAMP低下説を唱えた人でもあり、今回のオテズラ登場でまた若干気になった人でもあります。(ただ、その頃はT細胞のTh1,Th2の時代で、特にTh1系の種々の炎症性サイトカインの関与が想定され、シクロスポリンが華やかに登場してきた時代でした。)
先日のオテズラ発売一周年記念講演会で吉川先生、飯塚先生がcAMPの歴史やご自身が関わられた研究について講演され、興味深く拝聴しました。その内容の一部を簡単に紹介したいと思います。
cAMPは米国のEarl W.Sutherlandが1957年に発見し、細胞外からの刺激に対して細胞内の情報伝達を担うセカンドメッセンジャーの概念を初めて提唱し1971年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。同年にミシガン大学のVoorheesが乾癬病巣でcAMPが低下していることを初めて報告し、一躍脚光を浴びました。
その頃大阪大学から米国に留学されていた吉川先生はマイアミ大学に移られ、Voorhees説の検証を行われました。cAMPはサンプリング・取り扱いが難しく、すぐに分解してしまい、凍結・乾燥して定量を行わねばならないなど当時の苦労話をされました。そしてcAMPの微量定量システムを確立し、定常状態では乾癬表皮ではcAMPは低下せず、エピネフリン刺激で低下することを見出されました。その後の研究を北海道大学の飯塚先生が引き継がれ、阪大の板見先生らとともにβ adrergic adenylate cyclase(アデニル酸シクラーゼ、ATPをcAMPに変換する酵素)の乾癬表皮での反応性の低下を見出されました。
ただ、この時代はまだPDE4は単離されておらず、11種ものアイソザイムも発見されていませんでした。非選択的PDE阻害薬のテオフィリン、カフェインは乾癬に効果はなく、飯塚先生は当時はcAMPが乾癬治療に有効であるとの思いは全くなく、今日のPDE4阻害薬の乾癬治療に対する成果には目を見張るものがあるとの感慨を述べておられました。
 細かい実験系やcAMPの定量のことなどはよく解りませんが、当時すでにVoorheesが乾癬の病態に対し、cAMPのシグナル伝達系に目を付けていたのは先見の明があったのかなと思います。その後も彼は乾癬の病態解明、治療などにおいて世界をリードし、多くの業績を残し、いまだに大学のチェアマンとして健在なようです。(ホームページで見る限り)
在籍していた医師では、Christopher Griffiths, Brian Nickoloff, Johnathan Barker, JT Elder など世界をリードしている乾癬のリーダーがいます。
当時から雲の上のような人であまりお目にかかったことはないですが、cAMPがらみで一寸思い出しました。

オテズラを中心として乾癬の病態をみると、以下のように説明されます。
乾癬の活性化した免疫細胞、表皮細胞ではPDE4が過剰に発現しており、細胞内cAMP濃度の低下によりTNF-α, IL-23,IL-17,IFN-γなどの炎症性サイトカインの産生が亢進し、IL-10などの抗炎症性サイトカインは低下していますが、オテズラの投与により上記の各種サイトカインやケモカインなどの炎症性メディエーターの産生を調節し、過剰な炎症反応が抑制され、乾癬の症状が緩和されると考えられています。
cAMPがどのように伝達物質として働いているのかについては未だ不明な点が多くありますが、Treg(regulatory T cell、制御性T細胞)を介して働いているそうです。Tregのマスター転写因子であるFoxp3はPKA依存性にCREB(cyclic AMP-responsive element binding protein)がCRE(cyclic AMP responsive element)に働くことによってTregの分化が始まります。従ってcAMPがTregの分化の根源に関わっていることになります。そしてエフェクタ―T細胞:Teffに働いてIL-2産生抑制に働き、T細胞の働きを抑え、免疫をおさえています。但しシクロスポリンやMTX などのようにT細胞全体を抑える免疫抑制剤とは異なり,大きく免疫抑制には働かないので免疫調整剤とよばれることもあります。
またcAMPはTregを介してFoxp3がRORγt(Th17細胞系のマスター転写因子)を直接抑制する作用も知られ、Th17細胞系の炎症を抑制することも考えられています。
またオテズラは表皮細胞の増殖へも抑制的に働きます。PKA,PKC、Epac-Rap1経路などのシグナル伝達経路を介する細胞増殖抑制が考えられています。
このように免疫細胞、表皮細胞への働きによって乾癬の症状を改善していると考えられています。

飯塚 一 アプレミラストと乾癬 J Visual Dermatol 16:844-849,2017 より

あと、オテズラでは消化器症状が必発ですが、これは副作用ではありますが、cAMPの薬理作用ともいえます。
そのメカニズムはかなり明確に解明されています。
腸管粘膜上皮にはイオンチャンネルがあって、腸管の内外の水分調節をしていますが、そこにATP, cAMPが関与しているのです。cAMPが活性化されるとCFTR(cystic fibrosis transmembrane condactance regulator)も活性化されて腸管腔側に大量に塩素イオンが流出します。その浸透圧によって、受動的に水分も流出し下痢がおこります。
木クレオソート(正露丸)はCFTRに直接働き、塩素イオン(Cl-)の流出を抑制することが分かっています。実臨床でもその効果はあるようで、突然の下痢の多い人には使ってみる価値のある薬剤です。また食事を少量ずつ、回数を分けて摂ること、水分を少なめに摂取することなどがよいそうです。
CFTRをコードする責任遺伝子の突然変異によって、CFTRの発現不全、機能不全に陥ると気道の濃厚な粘液性の分泌物で閉塞を起こしてしまう難病の肺嚢胞性線維症を発症します。
ちなみにコレラトキシンはadenylate cyclaseの活性を高め、cAMPの濃度を上昇させ、塩素チャンネルを活性化させることによって、下痢と脱水を起こします。