シャモニの休日(3)

今日は、エギーユ・ディ・ミディ針峰に登る日です。前日より早く、7時半にガイドとホテルのロビーで待ち合わせてロープウェイ駅に向かいました。朝早くなので、流石にまだ誰もいません。天気の状況を見て、ガイドの顔が曇りました。頂上駅では気温-15度、雪で、画面に映し出された現地映像は霧か雪で真っ白です。これでは冬と同じだなーとガイドもぼやく。
3つのオプションの提案をされました。1つ目はガイアンで岩登りをすること、2つ目はよく分かりませんでしたが、他所に行って、ケーブルに掴まりながら、観光のような事をすること、3つ目は兎に角頂上駅まで上がって、天気の回復を待ちながら様子を見ること、です。明日は晴れの予想だというのに、今日はまた大外れもいいところです。折角シャモニまで来ながら、針峰に触りもせずに帰るのもがっかりなので、兎に角頂上駅まで上がる提案を選択しました。
ロープウェイは定時には出発出来ず、次第に中国人観光客の長蛇の列が出来始めました。ジジは2番手のロープウェイに乗ると言って、列の後方に並び直しました。
9時過ぎになってようやくロープウェイは運転を開始しました。登って行くと途中駅、プラン・ド・レギーユ駅の下からもう地面は雪景色で真っ白です。霧の中に入って行くと周りは真っ白で何も見えません。景色どころではない内に頂上駅に着きました。観光客と別れてトンネルの中で装備を付けました。僕らの他に数グループのガイドと客とおぼしきグループがいました。ヘルメットにダブルアックスなどのグループもいたので、岩でも登るのかねー、と聞いたらジジは即座に no, impossibleとの返事でした。
雪の中兎も角ガイドについて行きました。トンネルを出て、いきなり雪稜の降りです。コンティニュアスで確保してくれるものの、覚束ない足取りで降って行きました。眼鏡に雪が付き、息でレンズが曇るので、雪面がよく見えません。眼鏡を外して歩き出したら、ジジがサングラスは無いのか、といいます。曇った眼鏡にサングラスを取り付けても益々見えにくくなります。無いというと、オー ノーといいますが、まさかゴーグルに目出帽など想定外です。裸眼のまま進みました。後で帰って来たとき、思いの他のナイフエッジでよく見えていたら、却ってビビったかもしれないと思いました。
暫く降って、ミディ南壁の下部に降り立ちました。なだらかになった氷河を進みますが、周りは白一色、何も見えません。
晴れたら見晴らしの良いポイント・ラシュナルに案内するといっていましたが、この天気では無理です。取り敢えず、コスミック小屋まで行こうということになりました。コスミック山稜などもっての外の状況になってしまいました。
小屋には先発したフランス人(?)のグループもいました。コーヒー、オムレツをいただいたら人心地がついてきました。
食べながらジジの話を聞きました。この地でのハイライトのクライムは? グラン・カピュサンのフリーと、あのワルテル・ボナッティが苦労して人工登攀した壁をフリーとは。今までで一番のクライムは? グリーンランドで3ビバークの末初登攀したこと、他に3本の初登攀など興味深い話でした。フランス人かと思っていたらクールマイユール近くに住むイタリア人でした。でも車でほんの20分程だとか。その他いろいろな話も聞かせてくれました。
ただ今日の登山はこの天気では歩くだけがせいぜいです。落ち着いたら戻ることにしました。
戻るうちに次第に天気が回復してきました。
ジジがあれが、グラン・カピュサンだ、ツールロンドだなどと教えてくれました。ポアン・エルブロンネルへのテレキャビンも見えてきました。霧の間に間にミディの南壁も、頂上も見えてきました。岩は触れなかったけれど、かなり満足した一日でした。
シャモニの町に降り、ジジにお礼のチップを渡し別れを告げました。これからどうするのかと聞いたら、今週はまたガイドをして、10月になったらシシリーかマルタに行くといっていました。(後で神田さんの話ではフランスに別荘があり、マルタは英語の勉強だとか)。冬にはスキーガイドをするというのでオートルートもやるのか、と聞いたら、ウン日本人の客も多いよ、とのことでした。今年のような天気は滅多にないとのことでした。またお出でよ、と言っていましたが、金と暇があればねというと、それは誰でもそうだと。本当に機会があれば、また来たいと思いました。 そしてジジにガイドしてもらいたいと思いました。
翌日はもう帰国の日です。神田さんがホテルまで来てくれて駅まで送ってくれました。
待ち時間の間、色々と話を聞かせてくれました。1970年頃からシャモニに住み、いろんな日本人の面倒を見てきたとか。
加藤保男、植村直己、森田勝、長谷川恒男、山田昇などなど・・・
僕が面倒を見た人は皆んな死んじゃったなーと一瞬遠くを見るような眼差しでした。
日本人はとかく無理をするからなー、突っ込んじゃうんだよ、と。自分も71年頃冬のグランド・ジョラスの新ルートを開拓した人の言葉は重いものがありました。今もガイドをしているのですか、と聞いたらもう数年前に辞めましたよ、とのことでした。山はいろんな楽しみ方があるんですよ、年齢に合わせて楽しめばいい。それにしても今年の天気は例年になく変だったなー、普通9月はもっと天気も良くて、岩は乾いているんだけどなー、残念だったねー、またいらっしゃい、と。神田さんはもう日本には帰らないんですか、と聞いたら、もうこっちにシャレーもあるし、生活の基盤があるしねー、それに日本に帰ってももう僕の居場所はないよ、と和かに答えてました。まさに人間至る処青山あり、です。
帰る日になって、漸くお山は晴天です。あれだけガスったミディの頂上も今日はくっきりみえます。モンブランも青空に白く輝いています。1日違いで悔しいなー、と思いましたが、新雪が岩にがっちりで今日も大変だよ、との神田さんの言でした。モンブランをバックに写真を撮ってくれました。
本当に機会があればまた再訪したいと思いつつシャモニを後にし、電車でスイスの景色を見ながらジュネーブへと向かいました。

頂上はー15度 雪

悪天候の中進む

コスミック小屋までで、山稜はあきらめる

次第に視界がきくようになる

ツールロンドとグランキャピュサン

ミディ南壁、昔登った時も上部は雪だった

晴れてきた

翌日は晴天

駅からのモンブラン遠望

スイスの山岳電車でジュネーブへ

モンブラン山群 地図

ヨーロッパの岩場 より 小森康行