薬剤性過敏症症候群

薬剤性過敏症症候群(drug-induced hypersensitivity syndrome: DIHS)は比較的新しく、日本人皮膚科医によって命名された重症薬疹の概念です。
以前から同様な薬疹は臨床的に知られており、個別にDDS症候群やallopurinol hypersensitivity syndrome, anti-convulsant hypersensitivity syndrome などの名称で報告されてきました。これらの個別的な異なる名称の共通点に気づき1994年にフランスのRoujeauらはDRESS(drug rash with eosinophilia and systemic symptoms)という名称を唱えました。1998年橋本、塩原らは別個にこのような薬疹でHHV-6の再活性化を伴った症例を報告し、薬剤アレルギーとウイルスの再活性化を伴った新たな疾患概念を提唱しました。(しかしながら現在でも欧米諸国ではむしろDRESSの名称が多用され、DIHSは日本で主に用いられています。またDRESSの診断基準にはウイルス再活性化の項目はなく、これらは同一ではなくDRESSはDIHSをも含む包括的な名称と捉えられます。)

🔷DIHSの原因薬剤
抗痙攣剤などの、ある特定の薬剤が原因となり、比較的長期間(数週から1,2か月)内服した後に生じるのが特徴です。カルバマゼピン、フェニトイン、フェノバルビタール、ゾニサミド、最近ではラモトリギンなどの抗痙攣剤やアロプリノール、メキシレチン、サラゾスルファピリジン、ジアフェニルスルフォン、などがあげられています。その他では少数ながらミノサイクリン、バルブロ酸ナトリウム、ST合剤、シアナミドなどが報告されています。
また化学物質(金属加工部品などの脱脂洗浄に使用される有機溶剤)のトリクロロエチレンによるDIHSもあります。
🔷DIHSの臨床症状
原因薬剤投与2-6週後に遅発性に発疹が生じ急速に全身に拡大し、しばしば紅皮症に移行します。発疹の型はさまざまであり、播種状紅斑丘疹型、多形紅斑型、紫斑型をとります。特徴的なのは病初期に顔面の著明な浮腫を伴ったびまん性の紅斑をきたし、眼瞼周囲は正常で、口囲、鼻囲に丘疹、膿疱、痂皮を生じてきます。前腕には緊張性の水疱を伴うこともあります。またリンパ節腫脹、肝脾腫を伴い、肝機能異常、腎機能異常、血液学的異常(白血球増多、好酸球増多、異型リンパ球)を認めます。原因薬剤を中止してもさらに症状は進展することが多いです。
本症の特徴は発症2~3週後にHHV-6をはじめとするヘルペス属のウイルス血症をきたし、2峰性に症状の再増悪を見る点です。
🔷ヘルペスウイルス再活性化
ヒトヘルペスウイルスはヒトに長期間に亘って潜伏感染を起こし、一生体内に留まります。そして宿主の免疫状態や種々の刺激によって増殖を再開します。これをウイルスの再活性化といいます。DIHSの際にこのヘルペスウイルスの再活性化が起こることを日本人の皮膚科医が見出したことはすでに述べました。
ヒトヘルペスウイルスには8種類あります。有名なのは、HHV-1,HHV-2(単純ヘルペスウイルス1型、2型)、HHV-3(水痘・帯状疱疹ウイルス)でしょう。DIHSで再活性化するのは、HHV-4(Epstein-Barr virus:EBウイルス)、HHV-5(ヒトサイトメガロウイルス:CMV)、HHV-6(HHV-6A, HHV-6B)、なかんずくHHV-6Bです。その他のヘルペスウイルス群の再活性化もみられています。HHV-6は突発性発疹の原因ウイルスで本邦では2歳までにはほとんどの人が感染しています。HHV-6はまた移植片対宿主病(GVHD)や慢性疲労症候群とも関連することが分かっています。
1998年橋本、塩原らが報告した当初は、ウイルスの再活性化は病態機序に密接に関連しているのか、偶然なのかが議論になりました。しかし、その後の検討の結果、発症後2~3週後に再活性化が起こること、それは治療にステロイドを使う、使わないにかかわらずに見られること、再活性化を起こした群の方がより重篤な症状(肝腎障害など)を起こし、予後も悪かったことなどが明らかになってきました。さらに引き続き、サイトメガロウイルスの再活性化を起こした群では心筋炎、肺炎、消化管出血などを起こし予後を悪化させる要因となっていることも明らかになってきました。これに対してはガンシクロビルなどの抗ウイルス剤の投与が有効です。
🔷DIHSの発症機序(ウイルス再活性化の機序)
DIHSにおけるヘルペスウイルスの再活性化が明らかにされてからすでに20年経っています。その臨床経過、検査データの異常、推移は詳らかにされていますが、薬疹の発生からウイルス活性化に至る機序、病態への関与の全貌はなお明らかではありません。
当然、薬剤の侵入を契機として、生体内で免疫反応が起き、潜伏感染しているヘルペスウイルスが再び増殖して病像を複雑化させ、遷延化させている訳ですが、詳細な生体内反応、免疫反応の理論解明は未だしです。
ただ、塩原らは実験データや、DIHSの特徴的な臨床経過から次のように考えています。
 SJS/TENではTreg(regulatory T細胞)の機能不全が起こっており、エフェクターT細胞の過剰な活性化が表皮壊死に繋がっていますが、DIHSでは急性期はTregが逆に著明に増加しています。その中でも免疫反応の抑制力の高いinduced Treg(iTreg)が著明に増加しているといいます。Tregの増加はウイルス特異的なT細胞の活性化やB細胞やNK細胞の機能発現を抑制する結果、潜伏するウイルスのさらなる再活性化をもたらします。この間はDLSTも陰性となります。一方慢性期、回復期になるとTregの頻度,機能は健常人を下回るまでに低下し、これと反比例するようにTh17細胞が増加したそうです。この回復期のTreg/Th17のバランスのくずれは、この時期にみられる自己免疫疾患の発症を説明可能です。HHV-6は単球に潜伏感染し、活性化T細胞に感染することがその増殖に必要です。単球の中の分画のpMOs(proinflammatory or patorolling monocyte)はSJS/TENで表皮を傷害することで注目されてきましたが、DIHSにおいて急性期にはpMOsが特異的に消失することが明らかになりました。逆に回復期にはpMosも急速に回復していました。塩原らはpMos,cMosの変化がTregのダイナミックな変化をもたらし、DIHSの免疫異常をうまく説明できるとしています。
🔷DIHSの治療
薬疹の治療の大原則として、被疑薬の中止が重要です。ただ、DIHSの場合、長期(2~6週あるいはそれ以上)に亘る投与の後に発症するという特徴があります。従って発症2カ月前まで遡って薬剤を検討する必要があります。ただ前に述べたようにDIHSを発症する薬剤は比較的に限られています。それらの投与があれば速やかに中止すべきです。またDIHSでは発症後に使用した抗生剤、消炎鎮痛剤に感作され易いので、これらに惑わされない注意も必要です。
薬物治療の主体はやはりステロイド剤の全身投与になりますが、なかなかトリッキーな部分もあります。症状にあわせて十分量のステロイド剤を使用しますが、急激な減量を行うと、免疫再構築症候群の際にみられるように、ヘルペスウイルスの再活性化を助長するからです。また一般にステロイドはTregの数や機能を増大させる一方、pMos分画に対しては抑制的に働きます。それを鑑みるとSJS/TEN程にはステロイド剤が有効とも言い切れません。ただ、ステロイド剤を使わないで治療した群ではDIHS治癒後に高率に自己免疫疾患を発症するとされます。
 経過中に発症するサイトメガロウイルス感染症は予後を左右する大きな合併症とされます。従ってその動向を常に注視し、感染が明確ならばガンシクロビルの投与も考慮すべきです。
🔷DIHS後遺症としての自己免疫疾患
DIHSの回復期には抗サイログロブリン抗体や抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体が陽性になったり、Ⅰ型糖尿病を発症してくるケースもみられます。またその後、全身性エリテマトーデスや全身性強皮症を発症するケースもみられます。
このようにDIHSの後遺症として時に自己免疫疾患を生じることが次第に分かってきました。これは病初期に十分な機能をもったTreg(regulatory T細胞)が病気の回復期になると著明な機能低下を起こすことと符合しているとされます。そしてこの現象はGVHD後に生じてくる自己免疫疾患との類似性があります。

参考文献

橋本公二 薬剤性過敏症症候群とヒトヘルペスウイルス6  モダンメディア 56巻12号2010[話題の感染症] 305-310 

薬疹の診断と治療 アップデート 重症薬疹を中心に 塩原哲夫 編 医薬ジャーナル社 2016
渡辺秀晃 14.薬剤性過敏症症候群の臨床 pp125-134
塩原哲夫 15. 薬剤性過敏症症候群の発症機序 pp135-143