海洋生物による皮膚炎

「海洋生物による皮膚炎とその治療」という講演会がありました。
講師は赤穂市民病院の和田康夫先生でした。和田先生といえば疥癬ではつとに有名で、昨年は千葉県皮膚の日講演会で市民向けに疥癬の講演を行っていただきました。虫続きというわけでもないでしょうが、今年は夏にちなんで海洋生物のお話をしていただきました。
 和田先生が海洋生物に興味をもったのは2000年頃小浜病院に勤務していた頃とのことです。
先生は一人医長であっても、興味をもったテーマについては徹底的に追及されます。全国北から南までの水族館や沖縄の海にまで足をのばして実地調査されたレポートはさすがに説得力があります。しかし、不思議とガツガツしたこれでどうだ、と言わんばかりの感じは全く抱かせません。むしろ、しなやかに地味な感じを抱かせます。昨年もそうでしたが、現地での専門家や出会った人々との細やかな一期一会の触れ合いを大切にされているようで、講演でも赤穂市民病院の病院報でもそれを垣間見ることができます。
 しかし、その実地に基づいたレポートは余人の追従を許さないほどの徹底さがあります。兵庫大の夏秋先生もそうでしたが、虫の専門家というのは自分自身を実験台にして被検者にならないと気が済まない人種らしいです。しかし、カギノテクラゲに刺されてみたという実験には驚いてしまいました。
確か、山形県鶴岡の水族館での経験談だったと思いますが、そのクラゲは庄内地方では6-7月には毎年みられ、ホンダワラ属の海藻に付着してあまり泳ぎ回らないそうです。これに刺されると、時には呼吸困難になり、水族館の飼育員が刺され、高熱をだして、インフルエンザ様の症状を呈して10日余りも入院したとの話でした。それを知っていて、お願いして実験台として刺されてみました、と事も無げにおっしゃるのです。高熱を出して入院でもしたらどうするのだ、と思いますが、運よく大したことはありませんでした、とのことでした。
前振りが長くなってしまいました。改めて本題の当日の講演内容を。

🔷クラゲ
有櫛動物門と刺胞動物門に分けられます。腔腸動物(刺胞動物)はロート状の体を持つグループで触手に刺胞を持ちます。刺胞は動物が獲物を捕獲するための毒器官です。内部に逆さ棘をもった刺糸をコイルバネ状に収めていて、機械的刺激や化学的刺激でコイルバネが弾けるように飛び出し、刺糸を相手に突き刺きたて毒を注入します。
*Chironex fleckeri(キロネックス)
 殺人の魔の手という学名を持ち、sea wasp(海のスズメバチ)とも呼ばれ恐れられている最強の毒クラゲです。オーストラリアやフィリピンにかけてのインド洋、西太平洋全域の熱帯に生息しています。刺されると死に至るケースもあり、広範囲に絡まると致死的とのことです。サナダムシ様にはしご状、紐状に張り付いた発赤、びらん、潰瘍を形成します。傘高は30~50㎝、最大60本の触手は4m以上にも達します。解毒剤は開発されてはいますが、使用する前に数分で致死的となるために実際の使用例はほぼないそうです。ヒト、小魚、甲殻類に対しては強力な毒性を有しますが、ウミガメには無力です。
*ハブクラゲ
 キロネックスと近縁のハコクラゲの一種です。約10-15㎝の立方形の傘を持ち、傘縁に4本の腕とそれぞれの腕に7本の触手を持ちます。日本では沖縄県のみに分布し、波あたりの少ない砂浜や入り江、人工ビーチなどに発生します。小児ではアナフィラキシー症状を呈し、死亡する例もみられます。それを防止するために、クラゲネットが使用されています。沖縄のきれいな海の浅瀬のわずかなネットの中だけに人がいる写真をみて切なくなりました。
*イルカンジ
オーストラリア北東部クイーンズランド周辺にみられる猛毒をもつハコクラゲの一種でアボリジニのイルカンジ部族にちなんで命名されました。大きさが数cmと非常に小さいために彼らは「見えざる海の怪物」と恐れていました。頭痛、全身の激痛、筋肉痛、動悸、血圧上昇などの全身症状を呈します。これをイルカンジ症候群とよびます。キロネックス程ではないにせよ、溺死、変死の中にこのクラゲによると思われるケースもあるそうです。
*(キタ)カギノテクラゲ
最初に書いたので省略。傘の直径は約2㎝で、海藻をとる海女が最も多く刺されるそうです。また海藻類を生で摂食した場合も同様の全身症状を起こすこともあります。
*エチゼンクラゲ
備前クラゲと近種で、食用になります。ビゼンクラゲが中華料理に使われるのに比べ、エチゼンクラゲは美味ではないようで、大型で大量に発生して漁網などにかかるために迷惑がられています。これも有毒で強くはないものの中国では死亡例もあるそうですが、日本では海水浴の時期ではないので被害はないようです。
*カツオノエボシ(電気クラゲ)
世界中の暖海に広く分布します。太平洋側に広くみられますが、稀に日本海側にも漂着します。ブルーボトルと呼ばれるように10㎝程の青白い浮袋(気胞体)を持ち、水面に浮いています。気胞体の下には数mにも及ぶ長い触手が垂れ下がっています。風に吹き寄せ垂れて岸辺に近づき刺されることが多いです。刺されると電撃痛が走るので別名電気クラゲともよばれます。数回刺されるとアナフィラキシーショックを起こす例もあるそうです。
厳密にはクラゲではなく、ヒドロ虫の仲間です(ヒドロ虫網、管クラゲ目、カツオノエボシ科)。
*ウミウシ
クラゲの威をかるウミウシ
美しい青色をしていますが、カツオノエボシを食します。そしてその毒を体の外にだしています(盗刺胞)。それで触ると毒にやられます。
*アカクラゲ
傘は直径9-12㎝でやや扁平です。外傘に16本の赤褐色の条紋があります。それでレンタイキクラゲともよばれます。乾燥して粉末状になったものが風に乗り、くしゃみを起こさせることもあるのでハクションクラゲともよばれます。刺胞毒が強く、特に春に激しいそうです。30秒程してピリピリしてきます。
*ヒクラゲ(火クラゲ)
主に瀬戸内海の秋から冬にみられる立方くらげです。10-20㎝の傘を有し刺されると激痛が数日続き、火傷様の火ぶくれを生じるのでヒクラゲという名がついたとされます。漁夫に恐れられているそうです。
*アンドンクラゲ
行燈を思わせるような3-4㎝程の立方系の傘をもち、その下に20㎝程の触手をもちます。
黒潮に乗って北海道付近まで北上し、お盆の時期に多発します。ほとんど大事には至らないものの刺されると激痛を感じミミズ腫れをおこすので、カツオノエボシと並んで電気クラゲと俗称され、嫌われています。お盆過ぎには海水浴をしない方がよいとされる所以とされます。
*ハナガサクラゲ
花笠様の円盤状の外観をもち、美しいクラゲです。5㎝から大きいものは20㎝にもなります。昼間は岩や海藻に付着していることが多いので、一般の害は少ないものの、触手毒は強いのでダイバーや海藻を素手で触らないような注意が必要です。
*ボウズニラ
カツオノエボシなどと同様の群体性の浮遊性ヒドロ虫、管クラゲの仲間で、暖海性で春にみられます。坊主の頭に似た気胞体は5-15㎜程度で、伸縮性に富む細長い幹は数㎝~数mまで伸び縮みします。「ニラ」は棘を意味する「イラ」の訛りに由来するとされます。近縁腫にコボウズニラがあります。
*キタユウレイクラゲ
「ライオンのたてがみ(Lion’s mane jellyfish)」とも呼ばれる世界最大級のクラゲでシャーロックホームズの事件簿に登場するクラゲです。学名「サイアネア・カピラータ」。イギリスの西岸から南西部、南部の海岸でみられるそうです。最大のものは幅約1.8m、足まで含めた体長は約60mにも及ぶとされ、刺されると激痛が走ります。日本ではキタユウレイクラゲと呼ばれ、北海道から三陸沿岸で生息が確認されています。

クラゲの治療については、ハブクラゲの治療を中心に書きます。
まず、刺されないためにはクラゲ防御ネット内で泳ぐということが鉄則です。また不安があれば泳ぐ際にもウエットスーツやラッシュガード、Tシャツなどを着用して肌を晒さない注意も重要です。仮に刺された場合はパニックになって擦り落そうとしないこと。また真水も掛けないことです。刺激、浸透圧で刺胞が発胞し、皮膚に刺さり毒素が刺入されます。食用酢(5%酢酸)をかけて発胞を抑制し、厚手の手袋などをつけて触手を丁寧に皮膚から取り除きます。(酢をかけるのはハブクラゲの場合でカツオノエボシ、ウンバチイソビンチャクなどに刺された場合は酢をかけると逆に刺胞を発射させるので危険です。海水で静かに洗い流すのが良いです。その後氷や冷水で冷やします。全身状態が悪ければ救命処置をして病院へ、となります。
砂をかけて擦ったり、アルコール、アンモニアなども発胞を刺激するので避けるべきです。
ハブクラゲなどの立方クラゲ以外で、クラゲの種類が分からない場合は食酢ではなく、海水をかけて丁寧に洗い落とすのがよいとされています。

🔷魚
*ゴンズイ
本州中部以南に分布します。ナマズ目の海水魚で体長約10~20cm、体は細長く黒褐色の地に2本の黄色靭帯があります。背びれと胸びれに棘をもち、基部に毒腺があります。幼魚は群れをなし、ゴンズイ玉を作ります。夜行性で夜間に磯や防波堤付近に群れます。刺されると焼けつくような激しい痛みを生じ、創部は発赤腫脹します。魚は死んでも毒は残るのでうっかり触ったり、踏みつけない注意が必要です。魚の毒は蛋白毒で熱に不安定なので45度程度の熱いお湯に浸けると痛みは軽減しますが、外に出すとまた激痛を生じます。
一般的には命に係わることはなさそうですが、白浜でゴンズイを手で握って死亡した66歳の例もあるとのことで要注意です。
和田先生は、怖そうなお兄さんが毒魚に刺され受診した際、熱湯に浸けることを信じてもらえず、一時恐い思いをしたものの、恐る恐る熱湯に浸けるように勧めたところ、痛みが楽になったのか、急に態度が変わり柔和な顔になった経験談をして下さいました。
*ギギ、アカザ
ゴンズイに似たナマズ目の淡水魚です。ゴンズイ同様に毒棘を有するそうです。西日本に分布しています。
*ミノカサゴ
太平洋とインド洋に、日本では北海道南部以南の沿岸部に生息します。体長25㎝程になります。胸鰭、背鰭、尻鰭などが非常に大きく棘状に突出しています。肌色の地に黒褐色の横縞模様が入っています。煮つけなどの食用として使われることもあります。背ビレを中心に毒を持っています。夜行性で珊瑚や岩場の影に潜んでいますが、攻撃的な魚で刺激すると立ち向かってくるとのことです。
*アイゴ
全長30㎝ほどで、木の葉のように左右に平たく、緑褐色をしています。褐色の横縞が数本あり、白っぽい斑点があります。背鰭、腹鰭、尻鰭に毒腺を有しています。食用になりますが、夏はアンモニア臭が強く、冬好んで食されるとのことです。地方によっては美味な魚として珍重されるとのことです。
*ハオコゼ
体長は10㎝程度。ずんぐりとして寸がつまり、体高が大きいです。色が赤、黒、褐色と鮮やかな地図状で、小さくてかわいらしいので水族館ではよく飼われます。しかし水族館危険度ランキングでは堂々の1位です。毒のある背鰭を取り除けば唐揚げなどの食材としても活用できるとのことですが、サイズが小さくさばくのに面倒で一般的には捨てられることが多いそうです。
*オニダルマオコゼ
沖縄に生息しています。背鰭が13本ですが、3本位の刺傷で人が死ぬほどの猛毒とのことです。浅い海に生息し、体長約40㎝、石を思わせる魚で砂泥中に体を半分埋もれさせるなど見つけづらく、シュノーケリングやスキューバダイビングを行う際には十分な注意が必要です。ゴム草履や運動靴では刺傷を防げず、フェルトのついた厚底の靴が勧められます。高級魚として食用にされます。
*エイ
大野麥風(ばくふう)の絵にも言及されました。そういえばかつて東京ステーションギャラリーで大野麥風の大日本魚類画集の展覧会を見に行ってあまりの美しさ、精緻さに息をのんだことを思い出しました。ミクロネシアやアイヌではエイの棘で槍、銛を作っていたそうです。
エイは浅海に生息し、砂場に多いです。漁労や海水浴時に魚を踏みつけて刺されます。尾部の棘には返しがあり、棘が体内に残ることがあります。刺傷、切傷と毒のために激しい痛みがあります。中には死亡例もあります。手術が必要なケースもあるそうです。
*ダツ(オキザヨリ)
ダツ類は日本で6種が知られています。細長い体に両顎が著しく長いのが特徴です。魚は海面すれすれに飛ぶように泳ぐために顎が刺さって死亡した例もあるそうです。電灯に向かって突進してくるために、夜海面では電灯を水平に向けないことが重要です。また電灯を海中に向け顔に刺された例もあるそうです。毒は持っていません。
*ヒョウモンダコ
日本では琉球列島に生息します。サンゴ礁海域のリーフ内、潮干狩り時の石の下、岩場に多いそうです。体長約10㎝。黄色地に円形の青色の円形の斑紋があり、刺激を受けると拡大し、美しく輝きます。ヒョウ柄を思わせることから命名されたそうです。毒はフグ毒と同じ、テトロドトキシンで局所麻痺、呼吸困難をきたし、死亡例もあるそうです。温暖化に伴い、本州での捕獲の報告もあがるようになってきたそうで、注意が必要です。

参考文献
皮膚疾患をおこす虫と海生動物の図鑑 皮膚病診療2000年増刊号 Vol 22 Suppl 2000

各項目は和田先生の講演内容を元にWikipediaなどの記事も参考にしました。