漆かぶれの新たな免疫機序の解明

総会の最終日は、特別企画として「皮膚科研究の目指すべき道とは」と銘打って内外の研究者の講演がありました。そのなかで、特に印象深かったのがハーバード大学のWinau Florian先生の講演でした。
といっても、英語の講演で、小生にはなじみのない基礎的な免疫のお話だったので漆かぶれの病態解明でへーすごいとは思ったものの、あまりピンとはきませんでした。むしろ驚いたのは、講演のあとの質疑で、皮膚免疫の専門の先生方が興奮したような口ぶりであれこれと英語で質問しながら、賞賛していたことでした。これはそんなにすごい内容なのかと、あとで一寸調べてみました。それでもまだ内容の核心は理解しきっていません。教本などをみつつ、自分なりに理解した範囲で書いてみます(あまり自信はありませんが)。

Rivisiting the importance of CD1a on Langerhans cell, Winau Florian

当日の内容はnature immunologyの下記の記事でみることができます。
Ji Hyung Kim, et al. CD1a on Langerhans cells controls inflammatory skin disease. Nature Immunology 17,1159-1166 (2016)

MHC分子上のペプチド抗原を認識する通常のT細胞の細胞免疫反応と異なりCD1分子はT細胞への脂質抗原を認識します。CD1aは抗原提示機能をもつ樹状細胞であるランゲルハンス細胞に多く発現されています。CD1aは外来性の脂質抗原(例えば結核菌などの細菌など)や自己の脂質抗原と結合してこれらの抗原呈示を行っています。
入りくんだ免疫機構において上記の機構は深く免疫の病態に関わっています。しかしながらin vivo(生体内)でのランゲルハンス細胞でのCD1aの働きはよく分かっていませんでした。
それはCD1aはヒトでは発現するものの、マウスはこれを欠いていたからです。それでCD1aを遺伝子導入したトランスジェニックマウスを用いて、これを検証しました。
脂質抗原であるウルシオールをこのマウスの腹部に塗布して感作し、耳に再度漆を塗ることによってかぶれを起こさせ、その部位の免疫炎症細胞の動きを観察しました(病理組織、フローサイトメトリーなどを用いて)。その結果、炎症反応はCD1aに大きく依存しており、これを欠いたり、抗体でブロックすると反応は抑えられました。そしてCD4T細胞を誘導しました。さらに炎症性サイトカインであるIL-17,IL-22も発現させました。これらの動態は最近漆かぶれを起こした人の血液を用いても同様なサイトカインの動きがみられました。
多くのウルシオールの分子のなかでdiunsaturated pentadecylcatechol (C15:2)という分子が主要抗原であることを見出し、その結晶構造も3次元的に解析しました。(上記ジャーナルに図示あり)。
ネットで調べていたら、このトランスジェニックマウスを作ったのは京都大学ウイルス研究所・杉田研究室とありました。この研究の元材料が日本人によるものに驚き、また日本独特ともいえる漆のかぶれの原因究明が日本人の手でなかったことは一寸残念な気もしました。
皮膚科の教本の接触皮膚炎(かぶれ)の説明を読みますと以下のように書いてあります。

Langerhans細胞は機能的に抗原呈示細胞であり、表皮に侵入した抗原を捕食し、プロセスした後、細胞膜上のMHCクラスⅠおよびⅡ分子に抗原ペプチドを乗せ、共刺激分子とともにT細胞に提示し、T細胞を活性化させる。また、抗原を捕食した後活性化され、表皮を離れ、真皮、輸入リンパ管を通って所属リンパ節に遊走し、そこでT細胞に抗原呈示を行う。所属リンパ節で抗原呈示を受けたT細胞は輸出リンパ管、真皮を経由して表皮に達し、そこで再び抗原呈示を受けると活性化され様々なサイトカイン、ケモカインを産生し、炎症を惹起する。この過程がアレルギー接触皮膚炎の基本構造である。(下図 参照)
皮膚科学 第9版 著・編 大塚藤男 原著 上野賢一  3章 皮膚免疫学 川内 康弘

蛋白(ペプチド)抗原がMHCⅠ,Ⅱ分子に表出されて、T細胞受容体(T cell receptor: TCR)に認識されて免疫反応が進むという説です。実際に漆成分も変化して蛋白抗原となり、MHC分子と結合し、免疫反応を生じるという報告もあります。脂質抗原の経路も別にあるということでしょうか。
いずれにしても従来の教科書には記載のなかったMHC非拘束性の新しい免疫経路ということになります。
当日の講演での、小生にとってより驚いたことは乾癬においても、皮膚の自己脂質抗原と反応したTh17細胞が関与して、乾癬ではCD1aも多く発現しているということでした。そしてCD1aを抗体でブロックすることによって皮膚の炎症を抑えることができたそうです。乾癬の患者ではCD1aと反応する炎症性T細胞の強い活性化がみられます。
それで、彼らはCD1aは乾癬をはじめとする炎症性皮膚疾患治療の新しいターゲットになることを期待しているそうです。
今後の研究、発展が待たれるところです。

 大塚 皮膚科学より

 大塚 皮膚科学より

 京都大学ウイルス研究所細胞制御研究分野 杉田研究室 HPより