乾癬の講演

先日、旭川医大皮膚科教授の飯塚一先生の講演がありました。「乾癬治療のピラミッド計画――2013」というものです。 飯塚先生は長年乾癬の研究を続けて来られて、日本の乾癬研究のトップリーダーの一人、というか第一人者です。 乾癬の研究は紆余曲折を経ながらも、近年大きく進展、発展を遂げてきました。先生の講演は乾癬の疫学的なこと、臨床病型、近年進展を遂げた病態論、先生オリジナルの乾癬治療指針に基づいたピラミッド計画などを総合的にレビューしていただきました。 まず、興味深かったのは、日本の乾癬患者の男女比です。これは、どの統計を見ても母集団が多くなればなるほど、2:1に近づきます。諸外国では1:1です。何がその原因かは解っていないそうです。(本邦登録患者総数、約45000例、男30000例強、女15000例強) 臨床病型は尋常性乾癬が90%、乾癬性紅皮症、関節症性乾癬、膿疱性乾癬が各1%、滴状乾癬が3%、その他が4%だそうです。これは後に書く生物学的製剤の使用対象に非常に重要になってきます。 乾癬の病態は1990年代から唱えられてきたTIP-DCとTh17リンパ球学説によって飛躍的に進展してきました。細かいことは小生にはよく分かりませんが、Th17細胞の発見とそれからの表皮細胞の増殖、炎症惹起が理論上すっきりと説明でき、しかもこの理論通りの細胞をターゲットとした新薬が次々に生み出されてきました。(下記の図) この病態図で、Th17からの刺激を受けて表皮細胞は様々なサイトカイン、ケモカインなどの炎症惹起物質を放出して乾癬の病像を作るという流れが確立されてきました。 (その一つに好中球遊走因子IL-8というケモカインがあります。そこに並んでいるGro-alfaという物質はIL-8の近似物質で小生が昔米国ミシガン大学に留学していた頃ボスから指示されて患者さんの皮膚の抽出物から多くみられる事をみつけ発表した懐かしい物質です。Th17の病態図は最近の学会で必ずと言っていい程良く見かけますが、Gro-alfaは飯塚先生の図だけにしか書いてなく、多分先生位しか知らない、興味ない(?)おたく的な仕事ですが、他に書く機会がないので一寸宣伝を) 乾癬の治療方針は一度発症すると根治は難しいために、対症療法になってしまいます。治療は長期に亘ること、乾癬は慢性だけれども命にかかわらず、治癒に近づくほどに軽快することもある病気であることを踏まえて、治療の副作用を出来るだけ抑え、最大限の効果を引き出すことを目指します。先生独自の図によるピラミッド計画はガイドラインでも、アルゴリズムでもなく患者さんの目の前で書いて提示して、患者さんと共に治療法の選択をしていこうとするスキームだといいます。医師・患者双方の納得のもとに治療方針を決める枠組みだといいます。これをshared decision making(SDM)と呼ぶそうです。(下記の図) この図は非常にシンプルで分かり易く、小生も手書きで患者さんに示しながら説明に繁用しています。 ただ、これは先生が2009年に総説を書かれたものですが、「現時点では生物学的製剤の適応は認められていない、」と書いてあります。それがアップツーデートながら数年前の総説だということを知らせてくれます。こと程さように乾癬の治療の進歩は凄まじいものです。全ての皮膚疾患の中でこれほどに治療法の変わった疾患を知りません。 その後、生物学的製剤が認可されて3年たち、今やどこの学会に行ってもこの製剤の目覚ましい効果の発表で満ち溢れています。 先生の話の中でもう一つ印象的だったのは、乾癬の治療の満足度です。欧米では満足度は60%ですが、日本では50%だということです。これは日本の皮膚科医の治療が劣っているということではないと思います。多分国民性に依存するのではと思います。日本人は面と向かっては不満は述べませんが、その分内心には他人に言えないわだかまった気持ちを持っている事を医師も察知しなければいけません。 最近QOL(quality of life )という言葉を良く聞きます。人生の、生きる上での質とでもいいましょうか。乾癬についてのQOLで驚くべき結果を聞きました。重症の全身性の紅皮症と一般の尋常性乾癬のQOLが大して変わらないというのです。皮疹の面積などから算定されるPASIスコアという評価がありますが、これもQOLと一致しないというのです。これは医者が軽症だと思っていても患者さんは案外そう思っていないことを示します。 例えていえば、ピアニストの手、モデルさんの顔、若い男女の顔、陰部の難治性の皮疹、これだけであれば医学的には軽症です。ただ、これらの患者さんにとっては人生を左右し兼ねない重要な皮疹なのです。鬱、自殺さえもありうるとのことです。彼らにとっては重症です。 生物学的製剤は効果は抜群ではありますが、その副作用、値段の高さなどもあり、使用が大学などの専門医療機関に制限され、対象疾患も臨床分類での1%ずつの重症例に限られています。しかし適応範囲は先に述べたQOLをも含めた重症さを加味して拡がってきています。 飯塚先生の講演のすぐ後にも、東京支部総会での乾癬に対する生物学的製剤の講演がありました。岩手医大の遠藤先生、東京医大の大久保先生の講演でした。 いずれもその素晴らしい効果を述べられていました。ただ、その副作用、二次無効の例は東京医大の方が多かったようです。千葉大の例でも副作用の結核を防ぐために使用したイスコチンによる肝障害、二次無効が多く見られていました。施設により先生方によりその効果の印象は若干異なるようでした。 乾癬の治療は生物学的製剤を中心に長足の進歩をみせていますが、開業医の立場から見ると若干距離感を感じます 。使える施設が専門病院に限られるように皮膚科学会が制限を設けていること、実際内科的な副作用に対応できないこともあり専門病院にお任せ的になってしまい勝ちです。 こんな状況で札幌の小林皮膚科クリニックの小林先生の対応には驚くというか、敬意を表します。先生は北大時代から乾癬に取り組み、乾癬の会など患者治療をリードしてきています。開業しながらも、50人程もの乾癬患者さんに生物学的製剤の使用を勧め、ケアされています。小林先生の院長ブログには、世界のトップモデルのキャリディーやマスターズ優勝者のミケルソンも乾癬患者で生物学的製剤の伝道師だとありました。患者さんの感謝のコメントもありました。 「小林先生のことを知り、ステラーラと出会い、52歳で人生が変わりました。温泉も行けるようになりました。本当にありがとうございました。」 小林皮膚科クリニック(http://kobayasi-skin-clinic.com/) 小生はまだ、この治療に詳しくないこともあり、勧めはしますが積極的ではありませんでした。5年10年先の副作用や医療費もやや気が
かりです。(ちなみにステラーラは1本で3カ月は持ちますが、お値段は軽自動車なみだということです。但し、高額医療費助成金制度がありますので、支払い上限はあります。)しかし、これらの先進的な先生方の話を聞き、少し積極的に対応してみたく思いました。TIP-DIC&Th17キャプチャ.PNGピラミッド計画.PNG

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