メラノーマの薬物療法 (6) 免疫療法4.

免疫チェックポイント阻害薬の有害事象

免疫チェックポイント阻害薬の優れた効果について書いてきましたが、残念ながら重篤な有害事象もあります。
それについて書いてみます。

この薬剤は体内の腫瘍免疫抑制反応を解除することによって腫瘍免疫反応を回復させ効果を発揮します。それは一方では生体に備わった免疫反応を制御しているシステムをストップさせるために免疫反応の暴走をおこし、予期せぬ様々な免疫関連有害事象(immune-related adverse events: irAE)を引き起こします。
その原因、発症機序は完全には解明されていませんが、その多くはTregの機能不全で説明可能だそうです。
その根拠の一つとして、IPEX症候群というTregのマスター転写因子であるFOXP3遺伝子に変異のある遺伝性疾患の患者ではTregが著しく減少、または欠損しており、自己免疫性腸炎、I型糖尿病、甲状腺炎、紅皮症、肝障害、自己免疫性溶血性貧血、血小板減少症、関節炎などが認められ、これはまさにirAEにみられる症状と一致しているいうことがあげられます。
しかしながら、実臨床への使用が始まったばかりの薬剤であり、まだ不明な点が多く今後の研究、解明が必要とのことです。
それぞれについて、ごく大略を調べてみました。
(A):抗CTLA-4抗体(イピリムマブ;ヤーボイ) (B):抗PD-1抗体(ニボルマブ;オプジーボなど)
【皮膚障害】
投与開始から比較的早期にみられます。躯幹四肢の紅斑や乾皮症例が多いようです。
(B)投与で効果がない場合にベムラフェニブに切りかえた場合に高度の皮膚炎を生じる可能性があります。また(A)(B)剤を併用すると高率に皮疹を生じます。
白斑を生じる例がたまにあり、白斑発生例では免疫療法が奏功する率が高いと言われていますが、全てそうではないようです。
血小板減少性紫斑病は数は少ないものの、重篤例があり注意を要します。
【下痢・大腸炎】
治療開始6週間前後からみられます。比較的重症例は(A)に多いとされます。さらに併用、(B)後(A)使用例ではより早期で重篤化する傾向にあります。症状は不定なものもあるために日頃から患者に周知、教育しておき、すぐに連絡できるようにしておくことが必要です。
下痢などの症状でirAEが疑われた場合は早急にCT検査を行い重症度を判定すべきとされます。その他のウイルス性、細菌性腸炎などの鑑別も重要となります。治療はステロイド剤、抗TNFα製剤などによります。
【甲状腺機能異常・1型糖尿病】
T細胞機能の活性化によって、自己免疫性疾患を発症・増悪させる可能性があります。代謝内分泌の分野では甲状腺機能低下症、逆に甲状腺中毒症、下垂体機能異常、副腎機能異常、1型糖尿病の発症が懸念されます。
1型糖尿病では緩徐進行型の他に劇症型があり、処置が遅れるとケトアシドーシスから致死的となります。また甲状腺機能低下症と副腎機能低下症を合併している場合に、先に甲状腺機能低下症の治療を始めると副腎クリーゼを引き起こし致死的となる可能性があるとされます。いずれにしても自覚症状、検査などを密にチェックしながら疑わしければ専門科にコンサルトすることが重要です。
【間質性肺炎】
(A)による呼吸困難は10数%、(B)では5%程度ですが、併用では30%程度に上昇しています。しかしirAEとしての肺病変は下痢・大腸炎と比較して頻度が低く、発熱、咳嗽などを伴って生じるために他の感染性肺疾患や炎症性疾患などとの鑑別が難しいそうです。呼吸器専門医による診断、治療が必要です。Grade4などの重篤は例では大量ステロイドや免疫抑制剤、抗TNFα製剤などが使用されます。ただしインフリキシマブは保険適用がありませんし、それ自体間質性肺炎を誘発することもあり十分な注意を払い周知のうえ使用することが求められます。
【肝機能障害】
(A)(B)ともにgrade3,4の肝機能障害は1%内外とそれ程高頻度ではありませんが、併用により10%近くまで上昇しています。また治験段階でBRAF阻害剤のベムラフェニブとイピリムマブの併用療法により肝障害が80%に出現し、臨床試験が中止されました。安易な併用療法には注意が必要とされます。
【重症筋無力症・横紋筋融解症】
重症筋無力症には自己免疫性甲状腺疾患が合併しやすいとされます。それ以外にも他の自己免疫疾患の合併がし易く呼吸苦、息切れなどの症状がでた場合は間質性肺炎のみではなく、本疾患も念頭に置く必要があります。
初発症状は眼瞼下垂や複視などの眼症状が多く、四肢近位筋の筋力低下、歩行時の息切れ、嚥下障害などもきたします。
抗アセチルコリン受容体(AChR)抗体が80~85%の患者で陽性となります。

その他に稀なものとして、膵炎、腎炎、ぶどう膜炎、脱髄疾患などの報告があります。
免疫チェックポイント阻害薬の副作用は自己免疫反応の不調、暴走によるものと考えられ、従来の抗がん剤の副作用とは全く異なった様相を呈するために新たな対応が必要とされています。

免疫チェックポイント阻害薬の有害事象について述べてきましたが、この薬剤は非常に高価で、また全員に効くわけでなく、有効かどうかを判定する明確な指標はまだありません。最近これらの薬剤による医療費の高騰、医療財政の悪化も懸念され、いわゆる「経済的有害事象(financial toxicity)」という言葉さえ使われるようになってきました。
特にオポジーボは欧米に比べて薬価が高く、患者1人への投与で年間3500万円かかるとされます。そしてメラノーマだけではなく、非小細胞肺癌やその他の癌にも適応が拡大承認され、このままでは日本の医療保険財政に悪影響を及ぼすまでになってきました。
そこで政府は最近本年度中にも薬価をおもいきって50%減らす方向で調整に入っているとの報道がありました。日本発の優れた薬剤ですので、適正な価格で長く使い続ける仕組みを作ってもらいたいと思います。

参考文献

特集 免疫チェックポイント阻害薬のirAE  責任編集 吉野 公二 Yisual Dermatology Vol.15 No.6 2016

山﨑 直也 免疫チェックポイント療法とその副作用対策 臨床皮膚科 70巻5号pp 131-136(2016年4月)

宇原 久 メラノーマに対する免疫チェックポイント阻害薬 
第46回日本皮膚科学会生涯教育シンポジウム 新規に登場した薬剤の使い方 より 2016.8.21