メラノーマの薬物療法(2)分子標的薬

メラノーマに使われてきた抗がん剤の代表は1970年代からずっとDTIC(ダカルバジン)でした。しかしその効果は極めて限定的でした。
ところが、2011年にBRAF阻害剤のvemurafenibと抗CTLA-4抗体であるipilimumabが米国FDAに認可され、2013年にはBRAF阻害剤のdabrafenibとMEK阻害剤のtrametinibが認可を受けました。これらの薬剤の登場で進行期悪性黒色腫の治療成績は大きな転換期を迎え、著しい向上をみました。
ここでは、分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬のうちの、前者について述べてみます。

分子標的薬による悪性黒色腫の治療

【細胞の増殖病態】
細胞の増殖、分化、刺激応答などの基礎的研究によって、種々の細胞内シグナル伝達経路が解明されてきました。その中で、2002年には悪性黒色腫の約半数にBRAF変異があることが見出されました。これは、MAPK経路の中の一つの遺伝子です。
【MAPK経路】
MAPK(mitogen-activated protein kinase)は一般にマップキナーゼとよばれます。細胞の増殖や分化、ストレス応答、アポトーシス誘導などにおいて重要な役割を担うシグナル伝達経路の一つです。その中で、RAS-RAF-MEK-ERKは古典的MAPキナーゼに属します。酸化ストレスや種々のサイトカインの刺激によって活性化されます。MAPKKK(MAP3K)→MAPKK(MAP2K)→MAPKと順に酵素によって変化していき最終的に生物学的な働きを示します。
RAFがMAP3Kに、MEKがMAP2Kに、ERKがMAPKに相当します。
BRAF変異】
白人の悪性黒色腫では50-70%に変異を認めるそうです。日本人ではこれより少なく約3割程度。変異の90%はコドン600のバリン(V)がグルタミン酸(E)に変わる点突然変異(V600E)でBRAFが100倍以上に活性化され、異常な細胞増殖をきたします。BRAF変異は比較的若年の患者で表在拡大型や結節型に多く、末端黒子型や粘膜悪性黒色腫では少ない傾向があります。すなわち慢性的、持続的な紫外線暴露(chronic sun-damage:CSD)を伴わない、non-CSDのタイプのメラノーマに変異が多いといえます。日本人では末端黒子型のメラノーマが多いことと合致しています。この傾向は中国人でも同様のようです。
【BRAF阻害薬】
ベムラフェ二ブ(ゼルボラフ)は世界で一番最初に認可されたBRAF阻害薬です。その奏功率、生存期間などいずれもダカルバジンより優れていました。
2番手として登場したdabrafenibは脳転移例にも効果があったとのことです。
BRAF阻害薬の問題点として、薬剤耐性の発現があります。ほぼ全ての例で数ヶ月から1年以内に耐性を生じ、病勢が再燃します。その機序はMAPK経路の再活性化によるとされていますが、詳細は不明です。
それを克服する試みは色々となされています。ベムラフェ二ブの間歇投与によって耐性の発現を抑えられる可能性もあります。
【MEK阻害薬】
BRAFの下流に存在するMEKを阻害する薬剤にはtrametinibは2013年に米国FDAの認可を受けています。それ単独では奏功率は20%程度と低いですが、BRAF阻害薬と併用することによって耐性発現の抑制とそれに伴う生存期間の延長が認められました。また副作用として生じる有棘細胞癌の発生も抑制しました。またこれはNRAS変異を有する症例にも有効であるとのことです。
【副作用】
BRAF阻害薬の副作用として最も重要なものは投与後6~24週後に発生する
上皮性腫瘍があります。ケラトアカントーマ、有棘細胞癌などの報告があります。またダリエ病や毛髪異常などの皮膚病変もみられます。
その他に関節痛、倦怠感、光線過敏症、脱毛などもみられますが、多くは認容可能な範囲の副作用です。また肝機能障害、心電図異常、ブドウ膜炎、結膜炎の報告もあります。
【その他の経路】
MAPKの上流のNRAS変異も20~30%に、そのさらに上流の受容体型チロシンキナーゼであるKITの変異も5%程度に認められます。
またKIT,NRASに続くP13K、Akt、mTOR経路に関わる遺伝子異常はMAPK経路ほどではないものの認められ、それを標的とする薬剤の効果も検討されていますが、それほどの効果はでていないそうです。

今後は耐性発現の機序の解明、その簡便な検査法の開発、他剤との併用効果の検討が求められています。

参考文献

竹之内辰也 ベムラフェ二ブーBRAF阻害薬の作用機序から治療戦略までー 皮膚科の臨床57(11);1655~1660,2015

宇原 久 MAPK経路とP13K/Akt/mTOR経路 皮膚科臨床アセット 17 皮膚の悪性腫瘍 実践に役立つ最新の診断・治療
総編集◎古江増隆 専門編集◎山﨑直也 東京 : 中山書店 ; 2014. pp65-71.