尾瀬へ

先週、宇都宮で乾癬学会がありました。金、土曜日の開催でしたので、久しぶりに尾瀬に立ち寄ってみる気になりました。
土曜日の午後学会場をそそくさと後にして、日光宇都宮道路へと車を走らせました。
走っているうちに懐かしさが自然と沸き起こってきました。若い頃日光に、足尾方面へ、尾瀬へと通った道です。西の方に台風はあるものの、まだ穏やかな陽ざしでした。ゆっくりと走っていきました。いろは坂を登り中禅寺湖畔へとでました。外国人でランニング、サイクリングを楽しんでいる人々もちらほらみられました。欧米人にとっては日光は故郷に近いような気候、風光なのでしょう。
戦場ヶ原を過ぎて、金精トンネルを抜ければもう尾瀬は間近です。菅沼、丸沼の脇を通って今日の宿泊地の尾瀬戸倉へと向かいました。
翌日は鳩待峠から尾瀬ヶ原の散策をしました。何回か来た道だけど、熊に注意の看板と、各所に置いてある熊よけの鐘にはちょっとビックリしました。熊の目撃情報もいっぱい書いてありました。以前はそんなに多くなかったのになー。
ここ数年、特に今年の熊の出没は異常です。気象変化が大きな要因なんでしょうが、山間部の過疎化、里山の荒廃も関係しているとの話もききます。
山は好きだけど、あまり熊には会いたくはありません。以前は平日でも、夜間でも割と平気で山歩きをしていましたが、最近はなるべく、人気のないうらさびた山道は避けるようになってきました。
長年山歩きをしていて、熊に会ったことはないか、というと一度だけ見たことがあります。友人と鳥甲山の開拓に道なき道を、沢を歩いていたとき、かなり上の方まで登り、元来た道を眺めていたら、熊が横切っていきました。その時は友人と顔を見合わせてぞっとしたものでした。また北海道の山に登ったときなどは、いつも緊張したものでした。特に知床の山に行った折など、よりによって宿に吉村昭の熊嵐という本がおいてあり、ヒグマで開拓村が全滅した話など知り、びくびくしながら登ったものでした。またカムエクの福岡大学ワンゲル部の悲劇の記事もショックでした。日高の山中で笹薮がガサゴソと音をたてると身構えて緊張したものでした。無駄とはわかっていながら短刀を腰に帯びて登りました。勿論もし出会ったらイチコロでしょう。ヒグマの巨大な剥製と鋭い歯と爪をみたらとても太刀打ちできたものではありません。
尾瀬は雪の至仏岳、秋の燧ケ岳など何回か来たことはありますが、豊かな自然に心なごみます。他の山では見られないような湿原、湖沼です。帰宅して(家人が)写真を整理していたら以前の尾瀬の写真がでてきました。水芭蕉も咲いていました。
山は変わらないけど人はくたびれていくのは世の常ながら、若き日々の山を回想することが多くなってきました。
ともあれ、両者をアップしてみました。
歩きながら、乾癬学会のことを反芻していました。
近年の乾癬治療の進歩は目覚ましいものがあります。1年前の常識が翌年にはもう古いものとなっているといった具合です。今年も生物学的製剤の新規薬剤が2剤紹介されていました。まだまだ後に控えている新薬があるということでした。
もう老兵にはついていくのがいっぱいいっぱいでした。
でも、気をとり直して新規情報についてレポートしてみたいと思います。

iPhoneでも結構鮮明な画像が撮れる

10数年前の初夏の頃