化学物質による白斑(ロドデノールなど)

化学物質による白斑は従来からフェノール系物質を扱う人にみられ、職業性の白斑としてよく知られていました。
この範疇で最近社会問題にもなったのが、カネボウ化粧品の発売したロドデノールによる白斑です。2013年に明らかになり、すでに発売中止となりました。
(当ブログでも美白剤による白斑として2013年8月14日にとりあげました。)
ここでは、ロドデノールによる白斑の発生からその後の経過を日本皮膚科学会の調査委員会の報告などを元に辿ってみてみます。
【ロドデノールによる白斑】
◆発売から発症まで
ロドデノール含有化粧品は2008年1月に厚生労働省から「メラニン生成を抑え、しみ、そばかすを防ぐ効果を有する」新規医薬部外品として承認され、カネボウ化粧品から発売されました。最初の2年間は美容液1製品が市販され、その後多くの美白化粧品に使用されました。
メラニン生成抑制物質である4-(4-ヒドロキシフェニル)-2-ブタノール(一般名:rhododendrol,商品名:ロドデノール/Rhododenol(以下RD)を主成分とします。
発売後しばらくして全国各地で同剤による白斑の事例が散発するようになったものの、明確な関連性は不明でした。
当初、それに気づき発表、調査を進めていったのが岡山大学の女性医師グループでした。姫路赤十字病院皮膚科の塩見真理子医師が2013年1月岡山地方会で「美白化粧水で尋常性白斑様色素脱失を来したと思われる2例」を発表したのがきっかけになりました。明確な因果関係を証明せずにそう結論づけるのは拙いと青山医師らと調査検討、会社への対応を重ねていきました。白斑をみたら化粧品の問診を重ね、カネボウのブランシールが怪しい、となっていったそうです。やはりこの分野は男性より女性医師の活躍が光ります。当初は多くの皮膚科医が、消費者が、開発担当者までもが、「白斑」に気づきうすうす関連があるのではないかと思いつつも、厚労省も認可した大手メーカーの化粧品で、尋常性白斑との区別が難しい、単なる化粧品がそんなに効くはずがない、そんな話はこれまできいたことがないなどといった常識の罠、壁にとらわれていました。青山医師、塩見医師らはそれらを打ちこわしながら症例を集積し、会社への対応などをしていきました。その後予想以上の症例がでてくるに及び、自主回収へと進展していきました。
青山医師は「わかってしまえば誰でもできるコロンブスの卵のようなことでも最初に言い出すのは勇気とエネルギーが要ることだとつくづく思う」と述べています。
◆自主回収から日皮会の調査報告
2013年7月4日、RDを含む化粧品を販売していたカネボウ、リサージ、エキップの各会社はRDを含むすべての化粧品を自主回収しました。日本皮膚科学会は正しい情報提供、診断と治療方法の確立のために「RD含有化粧品の安全性に関する特別委員会」を7月17日に設置し、その後一次、二次、三次全国疫学調査を施行しました。
それぞれ、2013年7月17日~9月7日、2013年12月17日~2014年1月31日、2014年12月15日~2015年3月9日です。
これらの全国調査によってRDによる健康被害の概要、その後の経過、病態機序などが次第に明らかにされてきました。
◆RDによる美白作用と白斑の発症機序
RDはメラニン生成の出発材料であるチロシンと構造式が類似しているために、本来はチロシンが結合すべきチロシナーゼの活性中心に結合します。その結果チロシナーゼと本来の基質であるチロシンの結合が阻害されて、その後のメラニン生成反応がストップしてしまいます。その結果生成されるメラニン量が減少して白くなるという機序です。
このような酵素反応を拮抗阻害といいます。この作用はお互いの濃度依存性ですので、RDの濃度が減少する、すなわち使用を中止すればその効果は消退すると考えられます。
拮抗阻害作用以外にも、RDがヒトチロシナーゼの基質となり細胞障害を誘発する代謝産物を産生すること、さらにはRDがメラノサイト(色素細胞)にオートファジーを誘発すること、病変部にT細胞が浸潤して免疫性機序も考えられています。
◆臨床症状
RD誘発性白斑の症状の特徴は、顔面、頚部、手背など主としてRD使用部位に不整型、大小不同の脱色素斑を生じます。患者はほとんどが女性です。化粧品使用後2か月から3年して、不完全脱色素斑が出現します。まだらなことが多く、色素脱失の程度も多様です。境界明瞭な完全脱色素斑に移行、混在した例もみられます。かゆみ、紅斑など炎症を伴う場合と伴わない場合があり、前者のほうがパッチテストの陽性率は高いです。
◆自主回収後の全国疫学調査報告
一次全国疫学調査は実態の把握に重点が置かれました。二次疫学調査では化粧品中止後の経過調査により、自然軽快症例が多い一方で回復に長期間を要する症例が存在すること、色素再生に時間がかかること、また長期の色素再生も期待できうること、紫外線治療効果のみられる可能性があることなどが報告されました。三次調査では自主回収後1年半経過してからもなお医療機関に通院中の患者の経過、治療効果が重点的に調査、報告されました。
どの程度の治癒率かというと、カネボウ化粧品(株)の2014年11月の調査報告では以下のようです。
RDで脱色素斑を生じた症例数: 19370人
完治・ほぼ回復した症例数:   9243人(47.7%)
RD含有化粧品使用者は80万人と推定されており、そのうち約2.4%の人が誘発性脱色素斑を発症したことになります。
三次調査は全国の専門医療機関(一次、二次疫学調査での協力227施設)への調査で、1000例程度を対象としています。調査時点で通院中ということはまだ治癒していない患者を対象としたことになります。
そこでの結果は、82%が軽快以上、部位別にみると顔は8割、頚部で7割、手背で6割が軽快以上と回答しました。一方で全体の16%がまだ脱色素斑は改善せず、27%は色素増強が残っていました。
治療では全体の2割、153例に紫外線治療が施され、うち5割が効果ありとの回答でした。部位別では顔が5割、頚部、手背が3割が有効でした。顔は週1回以上定期照射していた群のほうが不定期群より有効でした。病理所見では白斑部の色素細胞が消失していた群と減少しているものの残存している群がみられ、今後も紫外線治療効果が期待できる結果でした。
軽快傾向を示す症例が多いものの、患者アンケートでは「経過への不安」の声が聞かれました。
また三次調査によって、中止後も拡大する脱色素斑、あるいは塗布していない部位にも脱色素斑が出現し、尋常性白斑合併したと考えられた患者が14%みられました。これらの患者ではもし当該化粧品の使用歴が確認できなければ、尋常性白斑との鑑別は困難とのことでした。これは、RD誘発性白斑が尋常性白斑の病態をみなおす機会となったとも述べられています。

これらの調査で、かなり多くの患者さんが、完治、ほぼ軽快したと思われますが、一方なお脱色素斑の残る患者さんが一定数みられることがわかります。RD誘発性白斑も化学物質誘発性白斑の一種である以上、接触の中止によって回復することが多いものの、長期にわたり固定してメラノサイトが破壊されてしまったものは元に戻るのが困難なのでしょう。

【その他の化学物質による白斑】
薬剤、化学物質による白斑の発症病態は大きくわけて以下の2つがあります。
*化学物質による白斑:化学部室との接触によって色素脱失を生じたもの。
*白斑黒皮症:降圧剤(サイアザイド系など)などによる光線過敏性薬疹に伴って色素沈着と色素脱失をきたしたもの。
重要な疾患ですが、ここでは触れません。

ハイドロキノンモノベンジルエーテル(MBEH)、p-t-ブチルフェノール(PTBP)、p-t-ブチルカテコール、p-t-アミノフェノール、イソプロピルメチルフェノールなどのフェノール類、カテコール類、チオール類などによって生じます。
これらは接着剤、インキ、ワニス、香料、殺菌剤、合成樹脂改質剤、ゴム酸化防止剤、塩化ビニール安定剤、オイル添加剤など様々な製品の原料として使用されています。工場などで集団発生した場合は職業性健康被害として診断は容易ですが、単発の場合は原因検索は困難です。
病態、発症機序は上記物質は活性酸素の発生源となることから、活性酸素に弱い色素細胞を障害するものと考えられていますが、フェノールやカテコール化合物はチロシンの構造に似ているために競合阻害するのではないかとも考えられています。
(この機序はRDでも当てはまります。)
しかし、最近の研究ではアポトーシスを誘導する、ヒートショック蛋白を介して樹状細胞を刺激し色素細胞を障害するなどの仮説も唱えらえ、発症機序は単一ではないようです。これはRDにもあてはまるのかもしれません。

RD誘発性脱色素斑が社会問題となる以前はロドデノールも美白剤の一つに過ぎないものという捉え方でした。
多くの美白剤があり、その奏功機序もメラノサイト刺激・活性化因子に作用するもの、メラニン産生にかかわる因子に作用するものなど多種多様です。しかし、いずれにしても非常によく効く美白剤は下手をすると白斑を誘発しうることも考慮しなくてはならないのかもしれません。今回の一連の経過をみて化粧品は医薬品と違って安全と決めつけないで、注意深く対応することも必要かなと感じました。

参考文献

塩見真理子 他:ロドデノール誘発性脱色素斑 Rhododenol induced-leukodermaの臨床.皮膚病診療, 2014;36:590-595.

青山裕美: 脱色素斑が教えてくれた常識の罠.臨床皮膚科 68巻7号 pp482-483(2014年6月)

松永佳世子:ロドデノール誘発性脱色素斑.臨床皮膚科 69巻5号 pp10-15(2015年4月)

伊藤明子 他:ロドデノール誘発性脱色素斑症例における三次全国疫学調査結果.日皮会誌:125(13),2401-2414,2015

堀川達也:48 薬剤・化学物質による白斑の病態・診断・鑑別診断.総編集◎古江増隆 専門編集◎市橋正光 皮膚科臨床アセット11 シミと白斑 最新診療ガイド.東京:中山書店;2012.pp250-253

RD誘発白斑

松永佳世子 臨皮69巻5号 2015年増刊号 より 引用