皮膚の色(2)

浦安で「皮膚の色に関する最近の話題」という講演会がありました。講師は山形大学の鈴木民夫先生でした。
かつて生化学教室に属していたというだけあって基礎的でなかなか高度な(難かしい)講演内容でした。
その内容をかいつまんで、わかり易く解説する能力など自信はありませんが、試みてみます。
◆メラニンとその合成について
ヒトの皮膚の色調を決定する因子としては、メラニン、ヘモグロビン、カロチンなどがあります。貧血になると色が白くなってきます。またみかん、カボチャ、ノリなどを食べ過ぎると手掌の色が赤く、オレンジ色に変化してきます。
しかしながら最も大きく規定するのはメラニン色素です。
メラニンには黒褐色の色を規定するユーメラニン、赤毛などの色を規定するフェオメラニンがあります。
細胞の中にはtyrosine(チロシン、タイロシン)というアミノ酸があります。これはチロシナーゼという酵素によって酸化され、DOPA さらにDOPAkinon(ドーパキノン)に変換されます。
最終的にユーメラニンとフェオメラニンになりますが、システインの量が少ないと、ユーメラニンになります。
これらの物質は基本的には細胞毒性の強い物質なので、膜構造物質に囲まれて色素細胞(メラノサイト)内を輸送されます。幼弱なメラノソームから成熟したものへと各段階に名称がついています(stage I,II,III,IV)。成熟メラノソームは膜にトラップされて表皮角化細胞(ケラチノサイト)に受け渡されて色素が表皮全体に広がっていきます。この受け渡しの過程の機序はまだよく分かっていないそうです。
メラノサイトは表皮基底層に存在し、ヒトデの手のように伸びて、周囲の角化細胞にメラニン色素を供給しますが、主に細胞核の上方にあたかも帽子のように集中して、太陽紫外線から細胞を守っています。それでこれをメラニンキャップ(核帽)とも呼びます。
一連の合成経路のどこかで障害がおこれば、色素異常症が生じてきます。代表的な疾患は眼皮膚白皮症(oculocutaneous albinism: OCA)で先天的な白い皮膚の色と弱視(ピンクアイ)、眼振を有し、光老化、発癌をきたします。チロシナーゼ遺伝子欠損のI型をはじめ5型に分類されますが、最近は7型まで分類されています。
ちなみに1型の遺伝子異常を世界で最初に発見し、この分野の先駆けとなったのは日本人皮膚科医(前名古屋大学富田靖先生ー鈴木先生のお師匠さん?)だそうです。
◆日本人の皮膚色
人類の始まり、祖先は定かではありませんが、20-15万年前にアフリカ大陸にその起源があるという説が有力です。その後グレートジャーニーを経て5-4万年前にヨーロッパ大陸へ、ユーラシア大陸へと移動していったそうです。この過程で緯度の高い北国へ移動していったグループは青い目で色白となっていきました。赤道近くに残ったグループは色黒のままでした。これは環境が遺伝子に働きかけて生存のために優位になる方策をとったというよい実例です。
赤道近くでは紫外線から皮膚を守るためには、色黒が理に適っていますし、北国ではビタミンDの代謝効率をあげるには色白のほうが有利に働きます。
フェオメラニンとユーメラニンのスイッチ制御の中心となる遺伝子がMC1R
(メラノコルチン1受容体)です。北国の白人ではこの遺伝子に多くのバリエーションがありますが、アフリカ人ではあまりありません。これはそばかすに関与する遺伝子でもあります。
1997年に米国からOCA2型の眼皮膚白皮症ではメラノソーム蛋白の一種であるP蛋白で健常人と比較して70%程度のメラニン産生能を持つこと、その変異アリルはA481Tが多いとのことが報告されました。アラニンがスレオニンに変異している。鈴木先生は日本人で調べてみて、白皮症の人(8/80)も健常人(24/208)も約20%にその変異があることをみいだしました。
そこで皮膚色を決定している可能性のあるOCA関連の遺伝子、先のMC1Rなどについて解析を行いました。協力してくれたのは主に山形大学の看護師さんたちでした。腕の内側(日光の影響の少ない部分)の色調(ポータブル分光測色計)と遺伝子多型を比較しました。
A481T変異型(A),変異のない型(wild type:W)とすると、W/W, W/A,A/A型によってメラニン色素の量が統計学的有意差を持って低下していました。またH615R, T387M, T500Pにも有意差を認めたそうです。これらの研究から14%程度は日本人の皮膚色はOCA2遺伝子変異(特にA481T)が関与しており、そばかすなどに関与するMC1Rは関連は低い結果でした。
また年齢と色白は関係ないとのことでした。ただ、残りの3/4は環境の因子が関係するので勿論いっぱい日光に晒されれば色黒になります。またこの研究では露光部の色の薄い人はメラノーマを発症し易いことも示されました。
(これはすでに海外の様々な研究で明らかになっていることですが。)
◆ロドデノール誘発性脱色素斑
ロドデノールば白樺に含まれる成分で一般名をrhododendrol 4-(4-ヒドロキシフェニル)2-ブタノールといいます。それを2%含んだものがカネボウ化粧品(株)で開発され、2008年に厚生労働省から承認されたメラニン生成抑制物質です。その後本製品の使用者に脱色素斑などの皮膚障害が多発したことより、2013年7月に(株)カネボウ化粧品、(株)リサージ、(株)エキップによる自主回収が発表されました。ロドデノールはメラニン生成抑制物質作用を有する化学物質でフェノール基を有し、以前から工場など職業として化学物質を取り扱う人に多く発生した職業性白斑の範疇に入ります。この物質が白斑を生じやすいのは、1つは構造式が似通っているためにチロシナーゼの基質となりやすく、チロシンからドーパ、ドーパキノンへの代謝が進まない、拮抗阻害を起こすためとされます。もう1つはロドデノールの代謝産物がメラノサイト障害作用を有するためとされます。脱色素斑は美白剤を使用した部分に生じますが、10%の患者さんでは使用部位を越えてあたかも尋常性白斑のように白斑が拡がり、同様の免疫反応も示唆されています。鈴木先生らはモデルマウスを使った解析を行いました。元々ヌードマウスの表皮には毛根を除いてメラニン色素を有していません。1998年に岐阜大学の國貞先生がhk14-SCFTgマウスという色素を持ったトランスジェニックマウスを開発しました。それとへアレスマウスを掛け合わせて丁度日本人の皮膚色に近いマウスを作成しました。
30%ロドデノール(化粧品は2%)塗布したマウスでは14日目以降まだらな白斑を生じました。それは実際の患者さんの白斑とよく似ていました。病理組織所見も多くのメラノサイトが表皮から減少・消失していました。一方チロシナーゼ活性のないアルビノマウスにも同様の塗布を行いましたが、こちらは表皮メラノサイトの減少は生じませんでした。すなわちロドデノールのメラノサイトへの細胞毒性はチロシナーゼ依存性であることが動物実験レベルでも明らかになりました。
治療についてはタクロリムス(プロトピック)の塗布による効果は認めませんでしたが、紫外線照射による色素再生増強効果は認められました。
尋常性白斑ではEカドヘリン首謀説というのがあって、接着因子であるEカドヘリンの発現が白斑では減少し、そのためにメラノサイトの表皮基底層への接着が低下し、表皮から次第に消失していくという説です。酸化ストレスや機械的な刺激などもその誘因とされています。ロドデノールを塗布するとEカドヘリンは減少していくそうで同様な機序が想定されています。
ロドデノールによる皮膚障害がこれほど拡がった背景としては以下のことが考えられます。
1)ユーザーが多かったこと。
2)一般的に美白剤は、化粧品としてはそれほど効果があるという認識は皮膚科医にもなく白斑を生じるなどとは想定していなかったこと。
3)一方一般のユーザーには(口コミも含めて)よく効くという評判が拡がっていったこと。
4)個々の皮膚科医はおかしい、美白剤の影響かと思っても、それを国全体、社会全体で共有するまで時間がかかったこと。

講演会のあと、このような実験モデルが確立できたならば、今後の美白剤の開発などに大いに役立ちますね、と訊いたら化粧品業界は動物実験はやりません、といわれました。そんなことをすると海外では動物愛護団体(?)からすぐにクレームがくるそうです。またOCAについて、全国から山形大学に遺伝子検査の依頼がくるので大変でしょう、と訊いたら1例数十万円もする仕事を自分の教室の経費でやらなければならないので今は受けていません、とのことでした。優れた技術があるのに何か釈然としない思いを抱きました。
こんな感じでついには中国やシンガポールや韓国などの後塵を拝するようなことにならなければよいのですが。

浮世離れしたような基礎的な難しい話ではありましたが、色素の世界の奥深さを垣間見たような1日でした。