アトピー性皮膚炎とバリア障害

プロトピック軟膏マルホ5周年記念講演会に出席しました。
第1部は慶応大学久保亮治先生の「バリア障害からみたアトピー性皮膚炎とアトピーマーチの病態生理」という講演でした。
近年、特に注目を浴びているアトピー性皮膚炎のバリア障害、特にタイトジャンクション(tight junction:TJ)バリアについて詳細に解説されました。

生物は外界からの異物の侵入を妨げかつ生体成分を外界へ拡散させないように自己を外界から隔離する物理的なバリアを持っています。単細胞生物では細胞膜がそれに当たり、多細胞生物では上皮細胞のシートがそれに当たっています。
魚など水中に生息する生物は粘液が最外層を覆っていますが、陸上に上がり乾燥した外界と接するようになると内部の水分を失わないようなバリア機構が必要になってきます。哺乳類ではそれは角層バリアとTJバリアの2つの要素から成り立っています。
2006年にアトピー性皮膚炎の発症要因として角質層の主要構成たんぱく質であるフィラグリンの遺伝子変異が発見されました(palmer et al.)。このことはアトピー性皮膚炎が角質層バリアの破綻による抗原の皮膚内への侵入によってもたらされる可能性を示唆した画期的な発見でした。
久保先生はそれまで明らかにされていなかったTJバリアを3次元的に可視化することに成功し、さらにそれと免疫反応の始まりに重要な役目をする抗原提示細胞であるLangerhans細胞とTJとの関わりも可視化してみせて下さいました。当日の久保先生の講演を中心に、アトピー性皮膚炎とバリア障害について調べてみました。

【角層バリア】
皮膚のバリア機能の中心となるものが角層バリアです。角層は生体の最外側にあって、空気環境と体内の液性環境を隔てるバリアとして機能しています。外から内へは種々の刺激や、紫外線、細菌などの侵入を防ぎ、中からは水分の経皮的な蒸散(transepidermal water loss:TEWL)をコントロールしています。
この中で、主役を担っているのが、フィラグリンです。フィラグリンはまず前駆蛋白のプロフィラグリンとして顆粒層で産生され、顆粒層のケラトヒアリン顆粒の主要な構成要素となります。約400KDaの分子量で、10-12個のフィラグリンリピートを有しますが、角化の過程で脱リン酸化されて37KDaのフィラグリンとなり、角質細胞の内部を満たしケラチンフィラメント同士を凝集させます。また更に分解されてアミノ酸、ウロカニン酸などの天然保湿因子となります。
従ってプロフィラグリンをコードする遺伝子FLGに遺伝子変異があると正常な角化ができず、バリア機能が抑制されてTEWLも大きくなり乾燥肌、ドライスキンになります。2006年に欧州人で尋常性魚鱗癬でFLG遺伝子変異が同定されました。次いでアトピー性皮膚炎患者の同遺伝子変異も約2割の患者に認められることが報告されてきました。日本人でも2〜3割の患者に変異が認められることが報告されました。ただ、日本人の遺伝子変異の座は欧州人のものとは異なった部位とのことです。
このようにフィラグリンの遺伝子変異はアトピー性皮膚炎の主要な発症因子であることが報告され、またその後の疫学研究から、アトピー性皮膚炎を合併する気管支喘息、アレルギー性鼻炎、ピーナッツアレルギーの発症とも関連することがわかってきました。しかしながら、フィラグリン遺伝子変異の基本型像は尋常性魚鱗癬です。FLG変異の無い人でもアトピー性皮膚炎を発症しますし、魚鱗癬の人が全てアトピー性皮膚炎を発症するわけでもありません。アトピー性皮膚炎の発症にはバリア機能障害に加えて、免疫学的、炎症反応、環境要因などが複雑に関わっているものと考えられています。
角層細胞はcorneodesmosomeという物質によって互いに接着していますが、この分解過程に異常が生じると角層の厚さとバリア機能に変化が起きてきます。細胞外領域の分子desmoglein1, desmocollin1, corneodesmosinがKLK5,KLK7などの角層剥離酵素によって分解されることによって角質細胞は正常に剥離していきます。これらの異常によってもバリア障害をきたす種々の疾患を生じます。Netherton syndrome, peeling skin syndromeなど。
角層のバリア機能障害は、このようにアトピー性皮膚炎以外の疾患でも認められる現象です。

【タイトジャンクション】
表皮では、角質層の下に3層の顆粒層がみられます。顆粒層の細胞を外側からSG1,SG2,SG3と名付けるとTJはSG2細胞同士が接着する面の上側(apical)に存在します。TJバリアは角質バリアの下に位置するもう一つのバリアといえます。
表皮など上皮細胞シートの間の物質の移動は、細胞膜の様々なポンプやチャンネルを通過する能動的な機能(transcellular pathway)と細胞と細胞の隙間をシールするTJによるバリアによって受動的に物質拡散を調節する機能(paracellular pathway)に分けられます。TJ内部には微小な穴があり、物質の通過はその大きさなどにより制限、調節されています。
TJを構成する膜蛋白の代表がクローディンファミリー蛋白で24種類が知られています。この蛋白の種類によって、細胞間の接合が調節されています。表皮TJを構成するのは主にクローディン1と4です。これらが互いにジッパーのように働いて細胞間隙を密着させます。

【Langerhans細胞とTJバリア】
表皮内にはLangerhans cell(LGC)と呼ばれる免疫系の樹状細胞が存在します。これは外来抗原が皮膚内に侵入してくる時に最初に出会う抗原提示細胞です。LGCは表皮内で活性化して抗原を取得すると約2日後に真皮へと遊走し、リンパ管を通ってリンパ節に至り、T細胞に抗原提示を行い接触アレルギーの引き金となると考えられています。休止状態でのLGCは表皮有棘層にあって、樹状突起を皮膚表面の方向に向けていますがTJの下方にあります。ところが活性化すると樹状突起はTJとドッキングして時にはSG1層を抜けてその腕を角質層直下にまで伸ばします。Tricellulinという細胞同士が接触する弱い部分を抜けています。この際、TJバリアは再構築されて物質が漏れ出ないように制御されています。また物質透過試験に用いる試薬を皮膚に塗布すると、角質バリアを通って樹状突起の先端からLGC内に物質が取り込まれる様子が確認できたとのことです。
LGCの中には水平方向に突起を伸ばすものもあって、IDEC(inflammatory dendric epidermal cell)と呼ばれていますが、このものの機能については詳細はまだ不明です。
(この項、当ブログ、アトピー性皮膚炎と皮膚バリア構造 2015.4.13も参照して下さい。)
現時点でクローディン遺伝子などのTJバリアの異常がアトピー性皮膚炎とどのように関連しているかは明らかではありませんが、角層を通過した外来抗原はTJバリアを突き抜けたLGCとクロストークしてアトピー性皮膚炎の免疫、炎症反応に関わっていると考えられています。
【フィラグリン変異と臨床症状】
フィラグリン変異を持つ患者と持たない患者で症状、経過が異なることが知られています。変異を持つ患者では、1)2歳未満での発症が多い。 2)他のアレルギー性疾患を合併し易い。 3)成人型アトピー性皮膚炎への移行が多く、重症になり易い。4)掌紋増強を認める、などです。
【アトピーマーチとフィラグリン変異】
アトピー性皮膚炎の患者は他のアレルギー性疾患を続発し易いことが知られています。湿疹皮膚炎、食物アレルギー、アレルギー性鼻炎、喘息といった順序に続発していくというものです。これをアトピーマーチとよびます。フィラグリン変異があるとアトピーマーチに移行し易いことが外国の疫学研究から分かっています。最近国立成育医療研究センターの研究から生後早期に保湿剤などで介入することによってアトピー性皮膚炎の発症を抑制できることが明らかになりました。
この事からも、皮膚炎を治して慢性化、遷延化させないことが重要です。

参考文献

1)久保亮治. 表皮バリアとタイトジャンクション: 臨床皮膚科 65(5増): 38-43, 2011

2)秋山真志.皮膚疾患とバリア機能障害:最近の動向 : 日皮会誌 : 123 (13) , 3040-3042. 2013

3)川崎 洋. アトピー性皮膚炎 バリアと免疫のクロストーク 表皮バリア機能と経皮免疫応答 : 日皮会誌 : 124(13), 2566-2568, 2014

4)乃村 俊史. アトピー性皮膚炎 バリアと免疫のクロストーク フィラグリン変異とアトピー疾患 : 日皮会誌 :124(13), 2569ー2570, 2014

5)椛島健治. アトピー性皮膚炎 バリアと免疫のクロストーク 新規治療法 : 日皮会誌 : 124(13), 2571-2575, 2014

バリア構造 文献1)より

Flg欠損マウス文献3)より

バリアと経皮感作文献3)より

LG-TJ文献1)より

久保亮治先生がかつて師事していて最も敬愛する師といわれる故・月田承一郎先生の本を読んでみました。
「若い研究者へ遺すメッセージ 小さな小さなクローディン発見物語」という小品です。
亡くなるひと月前に遺した渾身の書き下ろし・・・・・と本の表紙の帯に書いてありました。
生い立ちから灘高、東大へと一直線に進み、一途に純粋に医学、科学を愛しながら若くして病いに斃れた天才基礎医学研究者の本でした。Barriologyとの造語まで作ったTJの巨人のように思われました。内容はよく理解できないもののオクルディンからクローディン遺伝子ファミリーの発見への物語は心躍らせるものでした。