アトピー性皮膚炎治療研究会

先日、大宮でアトピー性皮膚炎治療研究会第21回シンポジウムが開催されました。会頭は獨協医科大学の片桐一元先生で、先の東京医大の痒疹の講演の際に、前宣伝を兼ねてアナウンスされていたので知り参加しました。それまではこの会の存在すらよく知りませんでした。2日間に亘ってアトピー性皮膚炎だけに特化した演題、討論は内容の濃いものでした。この会の立ち上げに携わってこられた青木敏之先生が、丁度今回を最後に第一線を退かれるとのことで、挨拶をされました。大きな学会ではアトピー性皮膚炎の個別の症例などを深く突き詰めて議論する場がないことが設立を思い立った理由であるといったようなことを述べられていましたが、確かにいつも学会場でアトピー性皮膚炎の講演は聴くものの、専門の先生の総論ばかりだったように思われます。
今回は、片桐先生の発案で副題は「 治せないアトピー性皮膚炎」と銘打ってアトピー性皮膚炎の治療に専門的に関わっている先生方から敢えて”治せない”アトピー性皮膚炎の症例を出題して頂いた、そうです。
多くのアトピー性皮膚炎の患者さんは、適切なステロイド外用剤、プロトピック、保湿剤などで良好にコントロールできます。ただ、日本でも海外でも重症でなかなか良好なコントロールのできないグループがあるといいます。明確な統計はありませんが、学者によって10%内外とされています。
片桐教授のご挨拶には以下のようにあります。
「私の希望ではありますが、「治せない」を公の場で議論することになり、出題がかなり難しいのではないかと思っていました。無理に御出題をお願いしたこともありますが、経験豊富な先生方から、自らの「治せない」を語って頂けることに感謝いたします。日々の診療において難治な患者に遭遇すると、「治せない」のは自分の知識や技術がないからなのか、と思い悩むことも多く、アトピー性皮膚炎診療に携わる医療者にとって、不安と解決への道のりを共有できる時間になることを期待しています。」
確かに実臨床で日々困り、悩むケースは決して稀ではありません。ある意味、アトピー性皮膚炎のエキスパートの先生でもコントロールできないケースを提示して頂き、それへの議論、討論が活発になされたのは実臨床家にとって励みになり非常に有益でした、
アトピー性皮膚炎の治療の根幹は適切なスキンケア、悪化因子の除去をベースとしますが、薬物治療の中心はやはりステロイド外用剤でいかに早期に燃え盛る炎症を抑えるかにかかってきます。
ガイドラインでもそのことがうたわれています。しかしながら、個別の症例は実に様々な要因があり、(年齢、顔、体などの部位、重症度など)具体的な薬剤使用量、使用期間などは述べられていません。適切に、という言葉は便利でそれに異論はありませんが、実際のステロイドの具体的な使い方(ランク、一日量、回数、いつまで使うか、どのように減らすかなど)、ステロイドの副作用についての捉え方などは皮膚科専門医の間でも相当のばらつきがあるように思われます。
最近はタイトコントロール療法が提唱され、TARC値を指標にステロイド外用剤で炎症を初期に完全に抑え込むことが重要との考えもあります。そうなればその後はステロイドを時にしか使わないプロアクティブ療法へ持ち込めるというやり方のようです。ただ、この考えは今回取り上げられたような難治性のケースにそのまま適応できるのでしょうか。
大阪大学の片山先生は第20回の同会へのコメントとして下記のように記しています。
「アトピー性皮膚炎の治療、特に難治例は悪化因子や背景因子の解析なしに十分な治療効果を得ることは難しい。逆に軽症例に過剰な治療を行うことも慎むべき事で、これらの点を科学的に評価し、、問題点を吟味し、ガイドラインに反映させていく事が我々アレルギー疾患の診療に関わる医師のつとめと考える。現在の高齢者の紅皮症などの増加を見ると「ステロイドのタイトコントロール」という一見Attractiveな治療法が一人歩きし、科学的な根拠なしに無批判に行われた場合、また20世紀後半の混乱した時代に逆行する可能性があると危惧する。本療法の結果をとりまとめた論文を示され、冷静な議論がなされることを望む。」
小生もこの意見に同感で少なくともガイドラインによる標準療法でコントロールできない難治例については更に慎重な検討、討論が必要かと思いました。そういった意味では今回の片桐教授の取り組みは非常に重要で、一回きりの試みではなく、毎年「治せないアトピー性皮膚炎ーー様々なレベルでの”治せない”を探る 今できる最善の治療は何か」といったようなテーマを同会で続けていただき、我々一般会員にも日々の診療への指標を示して頂きたいと思いました。
アトピー性皮膚炎のガイドラインは今年2016年改訂版が公表されました。今回の改訂版は第II章として、臨床現場で困る状況での意思決定をサポートする22個の重要なポイントが示されており、実地医家が治療を遂行するうえでよりキメの細かい記述がなされていて、参考になります。
それでも難治例や個々の問題を抱える症例にはガイドラインをみるだけでは解決には至らないように思われました。

そういう意味でもアトピー性皮膚炎治療研究会は今後更に重要な役割を担っていると感じました。

大阪大学皮膚科のホームページには片山教授コラムというコーナーがあり、過去のアトピー性皮膚炎治療研究会の印象記も含まれています。一般向けではなく多分皮膚科医向けのものなので専門的な記述ですが、この会、ひいては本邦のアトピー性皮膚炎の研究、臨床の流れがコンパクトにまとめられています。またアトピー性皮膚炎の病態に深く関与する痒み、汗などの学会の記述もあるので、一般の皮膚科の先生方にも参考になることと思います。(上の文も一部参考にさせてもらいました。)