痒疹(6)妊娠性痒疹

妊娠時には様々な瘙痒性の皮疹がみられます。
それらに対しては従来から様々な名称で呼ばれてきました。現在でもその名称、分類が確定しているとはいえません。
ただし、大方の皮膚科医に敷衍している病名としては、妊娠性痒疹、PUPPP(pruritic urticarial papules and plaques of pregnancy)が挙げられるかと思います。
最近は、妊娠時の瘙痒性皮疹を生じる人の多くがアトピー素因を持つことが統計的に解析されてきており、atopic eruption of pregnancy(AEP)という概念も提唱されてきています。
これらを主体に妊娠時の痒みについて調べてみました。
◆妊娠性痒疹
early-onset prurigo of pregnancy, prurigo gestationis などと呼ばれてきました。妊娠の初期から中期に発症することが多いです。躯幹、四肢の伸側に孤立性の丘疹、結節が散在してきます。痒くて引っ掻くことで頂点に痂皮やびらんを伴います。最近は多くのケース(約半数)でアトピー素因、またはアトピー性皮膚炎を有していることが報告され、AEPとの概念のもとに再分類される動きもあります。従って中には痒疹型、湿疹型がみられます。湿疹型は痒疹の定義からすればこの分類からはずれることになります。
◆PUPPP
1979年にLawleyらによって提唱された病名です。late-onset prurigo of pregnancyとも呼ばれるように、妊娠後期に発症します。米国ではPUPPPと呼称されますが、英国ではpolymorphic eruption of pregnancyと呼称されているようです。妊婦の0.5%に発症するとされています。
腹部に多く、蕁麻疹様の浮腫性の紅斑、紅色丘疹が認められます。初回妊娠時に多く、体重過多、多児妊娠の人に多いとのことです。四肢にも出現し、皮疹の形状も小水疱や多形紅斑様になるなどバリエーションがあるとされます。
原因は不明ですが、妊娠に伴って腹壁が過伸展し膠原線維が損傷され、その関連のアレルギー物質が関与するとの説、胎盤の父方抗原に対する反応との説、妊娠に伴うホルモン説など様々な説があります。
ただ、この両者にしても明確には区別できないように思われます。現に小生の経験したケースはまさにPUPPPの臨床像をとりながら、妊娠3ヶ月ごとに3回の妊娠ごとに発症していました。また中に痒疹、丘疹も伴っていました。
◆AEP(atopic eruption of pregnancy)
妊娠に伴って痒みを伴う皮膚疾患は多く、従来様々な病名で呼ばれてきましたが、その基準は明確ではなく、病名が多くて混沌としています。2006年Ambros-Rudolphらは新たにAEPという概念を提唱しました。10年間の505例の妊婦の皮膚病変を解析したところ、約半数で湿疹様の皮疹が見られました。2割は既往のアトピー性皮膚炎の悪化、残りの8割では本人または家族にアトピー性素因があるといいます。臨床的には湿疹型(Eタイプ)と痒疹型(Pタイプ)に分けられています。
この概念に対しては、認める意見と、反対の意見があるとのことです。
ただ、痒疹と湿疹を一まとめにしてアトピーとするのは、わが国の厳密な定義、概念からすると相容れない分類のようにも思われます。
これら疾患に対する治療としては、ステロイド外用薬が用いられます。一般的な使用方法であれば胎児への影響はほとんどないとされます。痒みが強ければ抗ヒスタミン剤を使用することになりますが、比較的安全とされるクロルフェニラミンマレイン酸塩などが使用されます。コントロール不良の際は少量のステロイド内服を使用します。
いずれも能書に従って、十分に説明の上使用することになります。

【鑑別診断】
◆妊娠性疱疹(herpes gestationis)同義語:妊娠性類天疱瘡(pemphigoid gestationis)
妊娠または産褥期の女性に腹部(特に臍部)、臀部、四肢に激しい痒みを伴って蕁麻疹様紅斑が多発し、周囲に小水疱を生じます。
分娩前後に急に悪化することがあります。出生児に同様の皮疹を認めることもあります。また未熟児、早産などもあります。本態は妊婦に生じた水疱性類天疱瘡と考えられています。BP180(17型コラーゲン)のNC16a領域に対する自己抗体が陽性になります。(かつてはHG因子と呼ばれました。)HLA-DR3,HLA-DR4の人に高頻度にみられるとのことです。蛍光抗体直接法で基底膜部にC3の線状沈着を認めます。30~40%ではIgGの沈着も認めます。
出産後2-3ヶ月で消退しますが、ステロイド外用剤、重症の際はステロイド内服を行います。次回妊娠で9割が再発し、経口避妊薬を使用すると再燃するとされます。
わが国での報告は100例に満たず、稀な疾患です。
◆妊娠性肝内胆汁うっ滞症(intrahepatic cholestasis of pregnancy:ICP)
胆汁うっ滞による激しい痒みのみで皮疹は認めません。スカンジナビア、チリに多く、わが国では稀とのことです。
70%以上が妊娠後期に発症します。発症1~3週後に黄疸を生じます。母体にはさして問題はありませんが、胎児仮死、早産などが高率となるため注意が必要とされます。

参考文献

皮膚科臨床アセット 18 紅斑と痒疹 病態・治療の新たな展開 
総編集◎古江増隆 専門編集◎横関博雄 中山書店 2013