八ヶ岳へは

先日の連休に八ヶ岳を目指しました。一年前と全く同じ気持ちです。折角の連休、寒がりで準備不足なのに山道具を車に積み込んでいました。歳のことも考えずに全く成長(反省)の色がみられないと妻もあきれ気味です。
日曜日の朝は快晴、道路も混んでおらず、快調な滑り出しでした。京葉道路から首都高、中央道と全く渋滞にも巻き込まれずに小淵沢まできました。昨年は4WDでしたが、今回は普通車で来たので昨年凍結していた八ヶ岳鉢巻道路は避けて、諏訪南インターから直上していけるところまでいこうと皮算用しました。
ところが今年は様子が変です。美濃戸に近づいてもいっこうに雪が現れません。とうとうチェーンなしで美濃戸口まで辿り着きました。なんと千葉から3時間一寸で着いてしまいました。
見上げると阿弥陀岳から続く南八つの稜線は黒々としていて、うっすらと雪をつけているだけです。今年は楽勝で頂上までいけるかと、幸先良くルンルン気分でした。
美濃戸から北沢への道も昨年は雪道だったのに、全く雪はありません。轍をたどって沢を越え、ややいくと左に下草のある車道がありました。何となく赤岳山荘へのショートカットのような気がして、大した疑問もなくそちらの道を辿りました。唐松などの枯れ木の道で木漏れ日も差込み気持ち良い道でした。まるで小春日和の晩秋の山を逍遥しているかのような快適な時間でした。ところがしばらくいくと車道は途切れていました。やはりなんとなく変でしたから普通ならば元来た道を戻るのが当たり前でしょうが、気持ちでは前に進んでいると思っています。目をこらすと上の方へ点々と赤布が続いて見えました。ああ、これはやはり山越えの冬道なのだ、と思い込みました。細い踏み跡を赤布を頼りに進みました。前方に山小屋らしいものが見えてきたときはやっと正規の道に合流できたかと思ったものでした。
しかし、何か様子が変です。熊よけの金網ネットが張り巡らされてあり、そこの金網を外して(勿論元にもどしておきましたが)、家屋に近づいてみるとそこは別荘地でした。
今にして思えば、このとき元来た道を引き返せば、まだ傷は浅く、その日のうちに赤岳鉱泉まで入ることもできたのでした。
でもその時は折角まともな道にでたのに、また道なき道を引き返して山越えするよりは道路を辿って元に戻れば、と安易に考えて別荘地を出口に向かって進みました。それが間違いの元でした。途中からスマホも使え、地図をみると、近くに美濃戸への道が平行して走っているように思われ進んだのですが、別荘地の裏手の細道を辿ると、いくつもの道が途中で途切れてしまっていました。それもそのはずで美濃戸への道との間には北沢からの沢が流れており、それを渡渉しなければ対岸に渡れないのでした。どこかに道があるのでは、と探しながら歩いているうちにどんどん下流のほうに下っていってしまいました。さすがにこの季節、狭いといっても冷たい沢を渡る気にはなれません。しまいにはゴルフ場を越えて右蓼科、左茅野との標識がある道にまで下っていってしまいました。大回りもいいところです。もう登山どころではありません。車道をひたすら美濃戸へと歩き続けました。晴れていた天気も次第に曇り空となり、おまけに冷たい風まででてきました。
ほとほと歩き疲れて美濃戸へと戻った時はもう午後の陽光もだいぶ傾いて翳ったころでした。
若い頃なら翌日日帰りで頂上往復も考えたかもしれませんが、もうその元気もありません。
疲れた身を引きずりながら車で帰路につきました。
とんだ一日でした。
それでも数日たって疲れもとれてくると硫黄岳からの本沢温泉や赤岳、横岳などの雪稜が恋しく思われてくるのでした。山バカは死ぬまで治らない(かもです。)