東京地方会in千葉

普段は東京で開催される日本皮膚科学会東京地方会ですが、ごくたまに千葉で開催されます。今回は地元なので、土曜の診療が終わった後、後半のみ出席しました。
普段滅多にお目にかからないけど、他科と関連のある、興味ある症例の供覧がありました。
◆壊死性筋膜炎
皮膚科には救急はほとんどない、という人もいますが、そんな事はありません。その中でも怖い病気の一つです。当日は糖尿病を合併していて骨髄炎を伴い、デブリードマンのみでは軽快せず、両下腿の切断術を施行した症例の報告でした。血液培養、切除組織からB群溶連菌が検出されました。
以前そが皮膚科のブログ、ホームページ の皮膚疾患解説に壊死性筋膜炎・ガス壊疽、細菌毒素関連感染症について書きました。参考にして下さい。特に劇症型A群溶連菌感染症は俗に人喰いバクテリアと呼ばれて時にマスメディアに登場します。今年はその報告が最多になっています。糖尿病、肝臓病や免疫力低下の人は要注意ですが、健康な人でも突然発症することがありますので、発熱、痛み、発赤、腫れが強く重病感がある時は放置せずに、直ちに医療機関を受診する事です。
◆顕微鏡的多発血管炎(MPA: microscopic polyangitis)
下肢に潰瘍が多発して、間質性肺炎を伴い、p-ANCAが陽性の症例でした。血管炎は病理も臨床も難しく、更に全科に亘るために苦手だという先生が多いです。小生も苦手です。診断は病理組織によるのですが、検査する時期、部位、深さによって違ってきますし、だいいち検査標本に肝心のターゲットの血管が含まれていなければ診断できません。
MPAは極稀な疾患で皮疹がみられるのは3割程度とのことであまり皮膚科医にはなじみはありません。ANCA関連性血管炎の一つでmpo-ANCAが陽性になる確率が高いです。ANCA関連性血管炎には多発血管炎性肉芽腫症(旧Wegener肉芽腫症)、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧Churg-Strauss症候群)、MPAが含まれます。Wegener肉芽腫症は欧米に多く、MPAは本邦に多いとのことです。(病名の変更は医学的というよりもむしろ政治的な要因もあるとのことのようです。)
MPAでは糸球体腎炎、肺毛細血管炎、末梢神経炎がしばしばみられ、全身症状として発熱、体重減少、全身倦怠感を訴えることが多いそうです。皮膚症状は比較的多彩で紅斑、浸潤性紅斑、紫斑、網状皮斑、小潰瘍などがあります。
当日の症例は結構大きい潰瘍が下腿にできていましたが、女子医大の田中先生は大きい血管の組織像の呈示がないが、そこはどうなのかと質問されていましたが、確かに重要なポイントだと思いました。普通MPAでは罹患血管は小血管・毛細血管であるためあまり大きい潰瘍は典型的ではないそうです。
先日NHKの総合診療医ドクターGの症例が将にMPAでした。脳梗塞様の症状がありながら、CTで著変なく、筋症状、神経症状などから小生も血管炎は一応考えましたが、皮疹がないとなかなか皮膚科医としてははお手上げ状態でした。
この番組の症例では結構レアなケースが多く、こんな例で研修医に診断がつくのかと思ってしまいます。(それともこれくらいは知ってないといけないのかなー・・・)
◆インスリンボール
2型糖尿病治療中に下腹部に皮下種瘤があり。同一部位への注射を繰り返しているとアミロイドが沈着して皮膚色から褐色の皮下結節を作ります。同部位への注射は痛みが少なく好んで行われる傾向にありますが、インスリンの効果は顕著に減少します。それで他部位へ同量の注射をすると低血糖症状を呈することもあります。コントロールも悪くなり勝ちとなります。注射部位を変更することでインスリンの使用量をかなり減らすことができ、血糖のコントロールもうまくいくようになったそうです。数年の経過で腫瘤も縮小傾向にありました。
時々このような発表をみますが、実際同じような経験のある患者さんはかなりあるのかもしれません。
◆Sister Mary Joseph’s nodule
悪性腹腔腫瘍からの転移として現れる臍の結節です。当日の症例は膵尾部癌、腹膜播種がありました。シスタージョセフは米国のメイヨークリニックの前身のセントメリー病院の看護師でした。彼女はこれがみられると多くは胃癌で死亡することをみいだしました。臍はすぐ下が腹膜に近いので、皮膚の疾患や内蔵の疾患の交通、影響が現れ易い部分です。臍では臍炎、臍肉芽腫、臍ヘルニア、臍石、尿膜管遺残、臍腸管遺残、子宮内膜症など年齢によってさまざまな疾患があり、診断が難しい部位の一つだと思います。
実際には経験したことはありませんが、注意しなければ見落としがちなサインです。ただ、残念なことにこれが見つかるともう手遅れ状態なのですが。腹腔腫瘍からの転移はこの他に経皮的穿刺部位やドレナージ部位にも結節などの転移性皮膚病変をきたすことがあります。
内臓悪性腫瘍の皮膚転移は全体の3~4%とかなり少ないそうです。最も多い形は皮下結節ですが、その他に腫瘤、板状硬結、潰瘍などがみられます。板状硬結で炎症性発赤が目立つものを丹毒様癌と呼び、結合組織の増生が強く、あたかも鎧を着たかのようにみえるものを鎧状癌と呼びます。頭部への皮膚転移は毛根を破壊して脱毛巣を作ります。
これらの直接転移とは別に内臓悪性腫瘍に伴って様々な皮膚所見を呈し、それから悪性腫瘍を類推できることもあります。こういったものをデルマドロームといいますが、日本独自に継承されてきた考え方だそうです。時に皮膚筋炎、老人の紅皮症、後天性魚鱗癬、黒色表皮腫、Leser-Trelat徴候、環状紅斑(Erythema Gyratum Repens)、などで内臓悪性腫瘍がみつかるケースもあります。
◆Münchausen症候群
胆嚢の手術の後の創部が潰瘍化してきた症例。
虚偽性障害に分類される精神疾患の一種です。周囲の関心や同情を引くために病気を装ったり、自らの体を傷つけたりするといった行動がみられます。代理ミュンヒハウゼン症候群というのは近親者(母親が我が子を対象にするケースが最も多いそうです)などを虐待しながら、周囲には献身的に介護するように装う行動をとります。幼児虐待から死に至るケースの中にもこの疾患が一定の割合で含まれているとのことです。たまに事件が明るみになり、マスメディアで報道されることもあります。
この疾患では自分自身過去に苦い経験があります。まだ若い頃、ある看護学生の入院患者さんを受け持ちました。躯幹に皮下脂肪織炎の多発した患者さんでした。当初ウェーバークリスチャン病という脂肪織炎が多発する難病の疑いでした。小生はすっかりその疾患のことだけを思って傷の治療をしていました。新しく赤いしこりができても脂肪織炎だから仕方ないものと思っていました。そうこうするうちに看護サイドよりあの娘は一寸変じゃない、という報告が上がってくるようになりました。自分で何かやってるのでは、といったものだったと記憶していますが、何も知らない小生はむやみに患者を疑うものではない、と患者をかばう対応をとっていました。そのうち、ベッドサイドから注射針がでてくるようなことがあり、その後よく覚えていませんが患者さんは退院していきました。今にして思えば、ミュンヒハウゼン症候群そのものでした。既往歴に複数回の手術歴があったこともその証左でしょう。無知な医者はだませても、ベテランの看護師さんはだませなかったといったところでしょうか。その後ドイツから来た留学生からミュンヒハウゼンというほら吹き男爵がいて、その名前から由来している疾患だと聞かされました。
患者さんの声に耳を傾けることは必要ですが、あくまで客観的かつ冷静でちゃんとした医学知識をもってなければならないことを教わった苦い教訓でした。
◆精神疾患により治療に難渋した多発褥瘡。
自殺企図などがあり、精神科薬を投与され、深鎮静状態になり仙骨部の褥瘡が増悪した症例の呈示がありました。
褥瘡ができる危険因子はいくつかありますが、基本的な動作能力(自立体位変換ができるかどうか)が最も重要な因子です。2時間以上体位変換が出来ずに血行不良が起こると褥瘡に進展する危険があるといわれています。その他に病的な骨突出、間節拘縮、栄養状態の低下、皮膚湿潤(多汗、尿失禁、便失禁)、浮腫なども危険因子となります。
精神科薬も深鎮静状態になると同一部位が圧迫されて血行不良となり褥瘡をおこしてしまうということでした。これから年末にかけてお酒を飲む機会も増えるかと思いますが、睡眠薬を飲んだり深酒をしてストーブの前で寝込むといったことは最悪です。褥瘡に、低温熱傷も引き起こしかねません。注意しましょう。

たまに学会の講演を聴くとやはり普段知らない情報を教えられためになります。今回はとりわけ皮膚科以外の科にもかかわることを聴き、いろいろな情報は広くアンテナを張り吸収しなくてはならないと知らされました。