2015皮膚の日講演会を終わって

先日無事今年の皮膚の日講演会が終わりほっとしています。あいにくの雨模様のお天気にもかかわらず多くの市民の方々にご来場いただきました。どうもありがとうございました。講演も質疑応答など活気があり、予定時間を20分もオーバーするほどでした。講師の先生方も懇切丁寧に質問に答えられ、きっと皆様のお役にたったものと推察します。
講演の要旨は、前回の抄録の通りですが、更に大切そうな事柄や、興味深そうな事柄をつけ加えてみました。
かぶれ(接触皮膚炎)、じんましん(蕁麻疹) 松江弘之先生
皮膚の免疫機能について、免疫の歴史からわかり易く解説されました。免疫(immunity)という言葉の成り立ちは「法王の課税(minitas)」を「免れる(im)」からきているとのことです。中世にはペストが大流行しましたが、聖ヨハネ騎士団などは医療に従事し慈善活動をおこないました。当然これらの人々も多くの人がペストに斃れました。しかしながら中には幸いにも生き残った人もありました。これらの人々はペスト患者と接触しても二度とペストに罹患しなかったといいます。これらの人々は法王の課税を免除されたそうです。これが語源になったそうです。
またワクチンの語源は有名なジェンナーの牛痘による天然痘の予防の実験に由来するそうです。雄牛はラテン語でVaccaといいます。パストゥールがジェンナーに敬意を表して名づけたとのことです。ただ、ジェンナーはその後牛痘を打った少年に天然痘の膿を接種して、有効性を確認しています。現在こんなことをしたら人体実験で犯罪行為といわれかねません。
松江先生の講演は、皮膚の構造から接触皮膚炎の起こるメカニズム、獲得免疫、自然免疫のさわりまで広く及びました。
蕁麻疹の話ではIgEを発見した石坂公成先生の話、その時の実験に使った多田富雄先生の背中の写真まで見せられ興味深かったです。多田先生は後に東大教授になられましたが、元々は千葉大教授でした。一世を風靡したサプレッサーT細胞も現在では否定的ですが、これも制御性T細胞への発見への道のりとも思われなくもありません。
会場から蕁麻疹は遺伝しますか、との質問がありました。その回答は、ごく稀な遺伝性の蕁麻疹を除いて遺伝しません、というものでした。しかし、HLA遺伝子は両親から子に伝わります、免疫反応はHLAのタイプによって大きく異なることはわかっています。将来もっと研究が進めば、あるいは蕁麻疹体質や、遺伝の関与もわかってくるかもということでした。小生にはよく理解できませんでした。
確かに蕁麻疹は詳細な検査をしてもI型(即時型)アレルギーとして原因が特定できるのはほんの10%以内で、残りは原因は特定できません。発症メカニズムの多くは肥満細胞(マスト細胞)からヒスタミンなどの化学伝達物質(chemical mediator)が放出されて、これが血管透過性を亢進させて真皮上層に浮腫が生じることによって蕁麻疹が起こってきます。
特に慢性(6週間以上)に続くもので原因がわからないものは、特発性慢性蕁麻疹と呼びます。勿論誘因となるものは、寝不足、ストレス、機械的刺激や圧迫、暑さ、寒さ、発汗、体温上昇などいろいろあります。しかし考えてみればこんなものは誰にだってあります。そして抗ヒスタミン剤で治療しているといつの間にか治っていったりします。ではなんで発症して、なんで治っていったのかおよそ不明なことが多くあります。特発性とはいってみれば原因はよく判らない、ということです。肥満細胞の膜が不安定になって化学伝達物質が放出され易くなっているのは事実でしょうが、なぜそうなったかの本当の原因はまだこれからの研究なのでしょう。多くの患者さんが原因は何なのだ、と病院にいっても明確な答えがなく、特発性では釈然としないのも無理からぬことのように思われます。
ただ、蕁麻疹、アレルギーを専門にしている先生方は、細かく病歴を聴いて、食物アレルギー(牛肉アレルギーやアニサキスアレルギーなどのように食後数時間たってからでるものもある)や花粉症からのアレルギー、運動誘発アレルギーなどを含め蕁麻疹の原因の追求や病態の研究を精力的にされています。それでも9割方は不明なのです。
第2部はスキンケアで子どものアレルギーが予防できるか、でした。 星岡 明 先生
子どものアレルギーにはアトピー性皮膚炎、食物アレルギー、気管支喘息、アレルギー性鼻炎などがあります。これらは元々個人が持っている体質(アレルギー素因)にさまざまな環境因子が加わって発症します。
アレルギーマーチという言葉は同愛記念病院の馬場 実 先生が経験則に基づいて提唱された概念ですが、上記のアレルギーは発現臓器をかえながら、次々と現れるという考えです。実際経時的にみていくと、最初にアトピー性皮膚炎、次いで食物アレルギー、その後遅れて、気管支喘息、アレルギー性鼻炎が生じる傾向にあります。
これらのアレルギーを予防、予知できないかさまざまな試みがなされてきました。
体質、素因は基本的に変えられませんので、環境因子への介入の研究がなされてきました。
環境因子としては、1)アレルゲンの多い環境(周囲の環境) 2)アレルゲンの侵入経路の環境 3)アレルゲンの生体内での環境などです。
1)については室内のダニを減らす、食物アレルゲンの除去、妊娠中や授乳中の食事制限などが試みられましたが、確たる発症予防には繋がりませんでした。
2000年には米国小児科学会は妊娠、授乳中は卵、ナッツは避けて、乳製品は1歳から、卵は2歳から、ナッツは3歳から食べるように指導していました。ところが2008年のガイドラインでは食品を避けることによってアレルギーを予防する証拠はなく、これは推奨しないと、方針転換したそうです。
2)アレルゲンの侵入経路の環境
さらに、近年衝撃的な発表がありました。(当ブログの2015.4.8のNHKスペシャル「新アレルギー治療~鍵を握る免疫細胞~」より にも書きましたので参照してください。)
イスラエルと英国の乳幼児のピーナッツアレルギーの発症を比べると、イスラエルのほうが有意に低かったそうです。その差は英国では乳児には厳格なナッツ制限をしていたのに比べ、イスラエルでは自由に食べさせていました。ところが英国では食べるのは制限していたのに、ピーナッツオイルでのスキンケアをおこなっていました。それによるアレルギー(経皮感作)が起こっていたのです。
皮膚からのアレルギー感作の実例は残念なことに日本での茶のしずく石鹸によるアレルギー、アナフィラキシーの発症という社会問題、訴訟という形でも実証されてしまいました。
実は、経口免疫寛容、経皮感作については以前からマウスで実証されていたそうです。それが、ごく近年人でも実証されてきたということです。
国立成育医療研究センターアレルギー科・皮膚科のコホート研究によるランダム化比較試験によると新生児期からの保湿剤使用によってアトピー性皮膚炎の発症を3割以上低下できることがわかったそうです。生後1週間目から32週まで無作為に割り振った乳児で保湿剤を全身に塗った方がアトピー性皮膚炎の発症が有意に低かったということです。ただし、保湿剤によっても卵白感作は抑制されなかったそうです。このような統計的な科学的な試験結果ははじめての報告だとのことです。最近同様な結果は海外の試験でも確認されたということです。
生後早くからの保湿の重要性が確認されました。この試験では2e「ドゥーエ」を使用していますが、同様な結果はワセリンなど他の保湿剤でも得られるのではないかと想定されています。
3)アレルゲンの生体内での環境
アレルゲンが生体内に侵入した時の体の免疫状態をかえる試みもなされています。児に対する抗アレルギー剤(抗ヒスタミン剤、インタール等)の内服です。母がn-3多価不飽和脂肪酸を多く摂取していると児のアレルギーの発症頻度が若干低下します。児の腸内細菌を整える研究もなされてきました。いわゆる善玉菌の投与はTh2をTh1にシフトしてある程度の効果があるとされています。千葉大学小児科ではプロバイオティクス(人体に良い影響を与える微生物、善玉菌、またはそれらを含む製品、食品)投与と保湿剤の使用によってアレルギー疾患の発症予防ができるかという研究を進めているそうです。
発症予防には、食物制限を行うことは不要であるとのことでしたが、では既に発症した人はどうなのでしょうか。先のNHKスペシャルでも注意を喚起していましたが、あくまで予防では食物制限は不要だが、発症している人は専門医に相談すべきといっていました。そこのところが小生もわからず、講演後経口免疫療法はあるが、発症後の食事制限はどうなのでしょうか、と質問しました。アレルギーの程度にもよるのでしょうが、星岡先生の回答は「発症予防がうまくゆかずにアレルギー疾患を発症したとしても、落ち込む必要は全くなく、症状をコントロールすることは十分に可能で、寛解することも少なくない」というものでした。卵アレルギーのお子様のいるお母さんから「インフルエンザの予防接種は控えなければならないか」という質問がありましたが、回答では予防接種に含まれる卵の成分は極微量でそれでアナフィラキシーは起こさないので特に禁止していないというものでした。食物アレルギーのある人でもあまりに厳密に守っている人よりも言葉に語弊はありますが「テキトー」な母親のほうが(経口免疫で与えることで?)アナフィラキシーは起こしにくいとの話もありました。
ただ、食物アレルギーで亡くなった女児の例もあり、経口免疫療法は専門家の間でも考えの差もありますので、やはり個々に専門の主治医の先生と十分に相談しながら対処するのが大切ではないかと思いました。

今回の皮膚の日の講演はアレルギーをテーマに専門の先生にお聴きしましたが、市民のみならず、我々皮膚科医にも最新の興味ある情報を教えていただきました。充実した時間でした。