マムシ咬傷

マムシによる被害は現在でも年間3000例程あるそうです。多くは軽症で済んでいますが、中には重篤化して死亡するケースも皆無ではないそうです(年間数例程度)。日本の現況について報告例を調べてみました。
【マムシ】
クサリヘビ科の蛇で沖縄を除く日本全国に生息しています。ニホンマムシとツシママムシがあります(対馬に生息するツシママムシは別種)。全長45~80cm程で、頭部は三角形、淡褐色で胴は太く尾は短く銭形の紋様を有して迷彩模様を呈しています。紋様は20対前後の楕円形で、中央に黒い斑点があります。人によっては銭形様と形容したり、オッパイ様と形容したりします。上顎に牙があり、咬まれると1cm程度の間隔の2カ所の牙痕がみられます。
【生息地】
半日陰の雑木林や藪に、また山間部の水田や小川 など、水場の周辺に生息します。周辺の石垣や岩の隙間にも生息します。性格は臆病で自ら人を襲ったりはしませんが、誤って尾を踏んだり、農作業、山菜取りなどで指で触ったりすると、咬まれてしまいます。時には納屋など人家で被害にあうケースもあるようです。
【臨床症状】
咬まれると1個ないし2個の牙痕がみられます。ヤマカガシでも牙痕がみられますが、上顎の奥の牙で咬むので数列の細かい牙痕がみられるそうです。マムシの毒は血液毒で強力で、その強さはハブの2-3倍といわれます。受傷後20分程度で牙痕部を中心に激しい痛みをともなって、出血、紫斑、腫脹が現れます。重症度が進むに従って、咬まれた局所にとどまらず、1肢から全身へと症状が拡大します。その程度に応じて重症度の分類がなされています(崎尾)。
Grade I 咬まれた局所のみの発赤・腫脹
Grade II 手関節または足関節までの発赤・腫脹
Grade III 肘関節または膝関節までの発赤・腫脹
Grade IV 1肢全体におよぶ発赤・腫脹
Grade V 1肢を超える腫脹または全身症状
症状や経過、重症度などは個々人の年齢、持病、咬まれた部位、受診までの時間などが様々で異なっているために一律に推定、断定することはできません。ただ、高年齢で体力の弱っている人や糖尿病、心臓病、肝臓病、腎臓病のひとなどは重症化に注意を要するようです。 また、受傷後の血液検査で血小板の急激な低下が見られるケースがあり、これはマムシ毒が血小板を凝集させることによって起こり、グレードは軽くても重症化することがあり、要注意です。
臨床症状では、霧視、複視、視力低下などの眼筋麻痺症状、発熱、吐気、腹痛、発熱、意識混濁などの全身症状は重症化のサインです。
検査データでは、上記の血小板の他に、白血球は筋肉系酵素(CK, LDH, AST, ALT)に先立って上昇し重症化の指標となります。死亡例では急性腎不全や、DIC(播種性血管内凝固症候群)などによって受傷2,3日後に生じることが多いそうです。但し、死亡率は0.1~0.5%とごく稀です。
【マムシ毒】
マムシ毒はハブと比べてその量は少ないものの、毒力は2~3倍といわれます。
毒成分には様々な ものが含まれています。
・出血因子・・・血管内皮細胞の間隙の解放、赤血球の漏出および形成膜の破壊
・血小板凝集因子・・・血小板膜の破壊
・キニノーゲン・・・ブラジキニンの生成→血圧低下・毛細血管透過性亢進
・プロテイナーゼ・・・フィブリノーゲンの分解→出血・線溶亢進
・ホスホリパーゼA2・・・間接溶血因子:リン脂質の加水分解とアラキドン酸の生成→溶血・血小板破壊
・毛細血管透過性亢進因子・・・浮腫
【治療】
咬まれたら、まずそれがマムシかどうか確認する事が重要です。農作業などで受傷する事が多く、マムシについてよく知っている人もあります。ただ、ヤマカガシなどでも咬まれる事があり、写真などを見せて確認します。咬傷部の形状から推測する事も出来ます。
マムシ毒は受傷後20-30分は半径10-15mmの範囲に留まっています。傷より10cm程中枢側を緊縛し、なるべく早く救急体制の取れる医療機関を受診します。自分で傷口を切開したり、吸い出したりするのはよくありません。口内の傷からマムシ毒が吸収される恐れもあります。市販の注射筒、ポイズン吸引筒などで吸い出すのは良いと思われます。
医療機関では、マムシ咬傷を確認したら、バイタルサインをチェックしながら、局所の傷の手当をします。マムシ咬傷の重症度の評価法や治療法は医師個人、医療機関よってもばらつきがあり、まだ統一されたものはありません。ただ、上記のI~V段階までのグレード分類と、それに基づいた治療が一般的に用いられています。
まず、傷からの感染を防止するために、抗生物質の使用(内服、または点滴)、破傷風トキソイド筋注を行います。
局所の腫れ、紅斑、紫斑などの変化がほとんどなければ、消毒のみで経過を観察します。
変化があれば、そのグレードに応じて局所治療、全身治療を行います。
◆局所治療
切開、排毒・・・早期に局所処置を行い毒素の進展を防止します。牙痕付近を局所麻酔して、2個の咬痕を結ぶように皮下脂肪レベルまで切開します。生理食塩水で切開部を洗い流しながら毒素を押し出します。毒素が中枢側へ広がらないように駆血帯や血圧計などで駆血します。90mmHg程度で50分緊縛、10分間開放という操作を半日から1日繰り返します。腫脹が高度で末梢循環障害が危惧される場合は浮腫部を脂肪レベルまで深く切開します(減張切開)。ただ、減張切開については局所の壊死をなくし有効であったとする一方で逆に神経損傷の危険、傷による入院の長期化、傷の痛みなどもあり慎重に適応を選択する必要があります。
◆全身治療
#補液・・・マムシ毒による血管透過性亢進のために、細胞外液が減少して急性腎不全に陥ることがあるために、1500~2000ml/日の輸液を行います。
#抗生剤点滴静注・・・二次感染を防止します。
#セファランチン・・・台湾の民間薬タマサキツズラフジから抽出されたアルカロイドです。ホスフォリパーゼA2活性化、アラキドン酸遊離などの抑制作用、赤血球などの生体膜の安定化、抗炎症作用、セロトニンレセプター阻害作用などがあり、マムシ毒で破壊された生体組織や細胞膜の修復、安定化作用があるとされていて、多くのマムシ咬傷に使われています。しかしその有効性の比較対照試験は行われていないので効果の程度の詳細は明確ではありません。
#抗マムシ毒血清
軽症の場合は入院のうえ、上記の処置で経過を観察するのが一般的です。但し、受傷後症状が進展し、グレードIII以上になるようであれば、抗マムシ毒血清を使うことが推奨されています。また軽症でも24時間まで経過を観察し症状が進行するばあいも血清の使用を考慮するよう推奨されています。
また、グレードは低くても、マムシ毒が直接血管内に注入された場合は急激に血小板が低下して、重症出血が起こる場合があるため(血小板減少型)、抗マムシ毒血清の使用が推奨されています。
抗マムシ毒血清は体内に遊離状態にあるマムシ毒を中和する唯一の薬剤であり、組織に結合してしまうと中和しにくいとされます。従ってできるだけ早期に(咬傷後1~6時間以内)投与するのが効果的とされています。
ただ、この血清はマムシ毒で免疫したウマの血清を精製処理し、凍結乾燥したものです。従って、重大な副作用が生じる危険性も考慮しなければなりません。アナフィラキシーショックが5%に、血清病が10%に発生するとのことです。
使用に際しては、患者、家族などの同意のもとに慎重に行う必要があります。皮内テスト、点眼テストなどをおこない、能書に従って、減感作処置などおこないながら、筋肉内、静脈内注射をおこないます。ステロイド薬、昇圧薬などの救急蘇生の準備も必要です。
このような副作用のリスクもあり、マムシ抗毒素血清の使用の必要性に対しては意見の分かれるところですが、症状の進展、血小板減少、筋肉変性、壊死、凝固・線溶系異常、急性腎不全など重症化の傾向を認めた場合には、できるだけ早期の抗マムシ毒血清の使用が重要とされています。

参考文献

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井上久仁子 ほか.当院で経験したマムシ咬傷34例の臨床的検討:臨床皮膚科 69:877-881,2015

伊藤史朗 ほか.マムシ咬傷自験31例の検討:臨床皮膚科 58:104-106,2004

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