虫による皮膚疾患(12)蜂刺症

蜂は世界で13万種、日本でも約5000種もいるといわれています。ただ、ヒトに攻撃したり、刺したりして問題になる蜂は、スズメバチ類、アシナガバチ類、ミツバチ類などです。クマバチは大型で人家周辺でもよくみられ体長が2~3cmもあるので怖がられますが、攻撃性は極めて低くフジの花などを好んで密を吸います。
特にスズメバチ、アシナガバチは殺傷力が強いので注意が必要です。蜂の毒針は雌の産卵管が変化したものですので、刺すのは雌だけです。
蜂刺し事故は春から秋にかけて広くみられますが、8月をピークに蜂の活動期の7~9月に集中しています。農作業、林業、養蜂業などに従事する人にみられますが、ハイキングや野外活動などをはじめ一般の人への被害、事故もみられます。
【症状】
局所症状と全身症状があります。
<局所症状>
頭、顔、上肢など服などで覆われない露出部を刺されることが多いです。時には洗濯物の中に入っていた蜂に被覆部を刺されることもあります。
刺された直後に疼痛を感じます。刺されたのが初回であれば、局所には小さな発赤、腫脹を生じますが数時間で消退します。2回3回と刺される回数が増えてくると次第に症状が強くでるようになります。すなわち、刺されて半日後ごろより紅斑、腫脹を生じ2~3日目をピークとして1週間程度で治まってきます。蜂毒による遅延型アレルギー反応です。
手を刺されて、手全体が腫れたり、下肢を刺されて腫れて、リンパ管炎を生じたり、リンパ節の腫脹をきたしたり、局所に水疱を生じたり、炎症症状が高度になることもあります。
<全身症状>
刺された直後に生じるものと、2~10日後に生じるものがあります。
1)直後に生じる全身症状
その程度によって、軽症(I度)、中等症(II度)、重症(III度)、重篤(IV度)にわけられます。
軽症:軽度の蕁麻疹、紅斑、痒み、軽度の倦怠感など
中等症:上記に加えて、全身の浮腫、口渇、口のしびれ、喘鳴、腹痛、下痢、吐き気、嘔吐、頭痛、めまいなど
重症:更に、呼吸困難、嚥下困難、目がみえない、耳が聞こえない、全身の脱力など
重篤:更に悪化すると、尿失禁、四肢の痙攣、意識喪失、血圧低下、チアノーゼなど、いわゆるアナフィラキシーショックの状態になります。
これらの全身症状は蜂毒成分に対する即時型アレルギー反応によります。これは複数回同じ蜂に刺されてアレルギー反応が生じるものですが、初めての蜂刺し事故でも大量の蜂毒が注入されれば、免疫反応を介さずにアナフィラキシーショックを起こすことがあります。
通常アナフィラキシーショックは刺されてから30分~1時間以内に発現しますが、数時間後に再発する二相性反応がみられることがあります。
なおスズメバチとアシナガバチには交叉アレルギーがありますが、ミツバチとの交差アレルギーはないとされています。これらの蜂毒特異的IgE抗体検査は血液検査で調べることができます。また詳細は不明ですが、蜂毒にはムカデ毒との交差アレルギーがあるとされていますので注意が必要です。
蜂毒には多種の成分が含まれています。痛み、痒み、腫れなどの原因としてヒスタミン、セロトニンなどのアミン類、アレルギーの原因としてホスホリパーゼA2,ヒアルロニダーゼなどの酵素類があります。また溶血作用をもつメリチン、神経毒のアパミン、MCD-ペプチドなどの低分子ペプチドなどがあります。
2)遅延する全身症状
ごく稀に刺された翌日、あるいは10日程たってから全身症状が生じることがあります。発熱、頭痛、全身倦怠感、蕁麻疹、リンパ節腫脹、関節痛など血清病様の症状を呈することがあります。血尿、蛋白尿、全身の出血斑、紫斑、腹痛などを伴うこともあります。
【治療】
症状の程度によって異なります。
まず、針の残存を確認します。スズメバチ、アシナガバチは針は残しませんが、ミツバチには返しという構造があって、毒嚢が付着した毒針が皮膚に突き刺さったまま残ります。手でつまむと毒液が皮膚に注入されますので、ピンセットで針の根元をつまんで除去します。ピンセットがなければ指ではじくか、カードなどではじくのが良いとされています。
毒液を口で吸いだすのは良くないです。口腔内の粘膜、傷などを介して毒液が吸収される恐れもあります。市販のポイズン・リムーバーを使って吸い出すのも一つの方法です。陰圧で引っ張るのですが実際のところどれ程血液、体液が吸い出されるが疑問です。アンモニアを塗るのが良いという俗説がありますが、アレルギー物質は酸ではなく、たんぱく質です。アンモニアは無意味であるだけでなく、かえって皮膚炎を助長することもあります。
皮膚症状が軽度であればステロイド外用剤、抗ヒスタミン剤内服などをおこないます。
局所症状が高度であれば、強力なステロイド外用剤、抗ヒスタミン剤に加えてステロイド剤の内服などをおこなう場合もあります。
全身症状がみられた場合には、アナフィラキシーショックを念頭に迅速な対応をおこなう必要があります。すぐさま救急病院などへ搬送する必要があります。
もし、山中などで近くに医療機関がない場合に対処するために、アドレナリン自己注射キット(エピペン)があります。以前は自費で購入してもらっていましたが、薬物、食物アレルギーとともに、蜂アレルギーのある人は健康保険でエピペンの処方が可能になりました。ただ、使用に際しては種々の注意事項がありますので、事前に十分医師から説明を聞いたり、ガイドブック、ネットなどで予習しておくことが肝要です。
蜂毒に対する減感作療法は国際的に有効であると認められていますが、健康保険が適用されないこと、長時間の維持療法が必要なこと、薬剤は海外から輸入、実施医療機関が限定されるなどの難点があります。
【予防】
スズメバチは巣から一定の範囲に近づいたとき、巣を揺らすなど刺激した場合に攻撃してきます。また黒い色に向かってくる性質がありますので、とくに7~10月に野山に分け入る場合は注意が必要です。オオスズメバチはあぜ道の土手など土中に巣を作ります。キイロスズメバチは木の枝、崖、人家の軒下などいろいろな場所に巣を作ります。
<蜂と出会った場合の対処法>
●目を閉じて顔を下向き加減にして静止する。蜂が巣に帰ったら、静かに逆方向に後退する。
●一旦、攻撃を受けると参加する蜂は仲間が次第に増えてくるので、速やかに現場から離れる。但し、大騒ぎすると却って蜂を刺激するので静かに行動する。
●スプレー式殺虫剤は蜂に向けて噴霧すると有効である。
●服装は肌は露出せず、黒い色の物は避けてなるべく明るい色(白、カーキ色など)を身に着ける。
●ヘアトニック、香水などの化粧品は蜂を刺激するので避ける。
●蜂は死んでも手で触ると毒針で刺される恐れがあるので注意する。

参考文献

Dr.夏秋の臨床図鑑 虫と皮膚炎 皮膚炎をおこす虫とその生態/臨床像・治療・対策 夏秋 優 著 秀潤社 2013

皮膚炎をおこす虫と海生動物の図鑑 皮膚病診療 第22巻・増刊号・2000
大滝 倫子:虫による皮膚疾患ー治療のポイント 26~33
大滝 倫子、篠永 哲: 皮膚疾患をおこす虫 pp50~111

アナフィラキシー補助治療剤ガイドブック 監修:国立相模原病院 臨床研究センター センター長 秋山 一男
2003

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