虫による皮膚疾患(10)ノミ刺症

ノミというと、以前(一昔まえ)はごく普通にみられたものだったように思います。ところが、最近はノミなどみたことありません、とか黒いピョンピョン飛び跳ねている虫がいました、などといわれることもあり、先日もこんな虫がいました、とセロテープにノミをくっつけて持参した患者さんがありました。清潔になった現代の日本からは想像できないかもしれませんが、明治時代に来日し、日本の各地の山々をめぐり日本アルプスを外国に紹介したウォルター・ウエストンの「日本アルプスの登山と探検」という本の装備、食料等についての助言という章の中には下記の記述があります。「最もやっかいなものに、日本人の家で、ほとんど逃れることができない、蚤がある。ときにキーティング製の「殺虫粉」が役立つ。しかし、蚤が異常に腹をすかせていて、向こう見ずになっているときは無駄である。・・・」。隔世の感があります。

ノミ類はノミ目に属する羽をもたない昆虫で雄、雌ともに哺乳類や鳥類から吸血します。世界では2000種類、国内では70種類があるそうです。人から吸血するノミにはヒトノミ、イヌノミ、ネコノミ、ヤマトネズミノミ、スズメトリノミなどがありますが、近年はほとんどのノミ刺症がネコノミによるものです。ネコノミの体長は雄が1.0~2.0mm,雌が2.0~3.0mmで卵、幼虫、蛹、成虫と完全変態します。ネコノミは宿主であるネコの毛の間で10~20日過ごし、その感に交尾し産卵します。卵はネコの寝ぐらの近辺に落ち数日後に孵化します。床や畳や地上に産み落とされ、その付近で有機物を食べて成長し、蛹化します。成虫となったノミはイヌやネコなどに寄生しペットなどの散歩時、あるいは人のズボンなどに付着して家に持ち込まれます。
【症状】
ノミの体長は高々2~3mmですが、跳躍力が強く、約20~30cmのジャンプが可能といいます。それで、皮疹は四肢、特に下腿から足首に多くみられます。但し、室内にネコノミが発生している場合には下肢のみではなく、腕や体幹部にもみられることがあります。
ノミ刺症は、蚊刺症の反応と同様にノミの唾液に対するアレルギー反応によって生じますので、ステージによって、時系列によって反応が大きく異なってきます。
すなわち、初回に刺された場合は無反応、複数回刺されると遅延反応を生じます。次いで蕁麻疹様の即時型反応と遅延型反応を生じるようになり、やがて即時型反応のみのステージとなり、遂には免疫を獲得して無反応になります。
従って、反応には個人差が非常に大きく、被害を受けるのはネコが嫌い、ネコを飼ったことがない人となります。逆にネコが大好きで長年ネコを飼っている人ではネコノミに対する免疫ができていて、無反応ということにもなります。それで、「ネコノミを殺すことを考えるより、ネコノミに慣れ、免疫ができるのを待つのも1つの方法である」というやり方(大滝 倫子)もできますが、これはこれで慣れるまでに辛い思いを繰り返すことにもなります。
外来診察時にみられるのは、主に遅延型反応で中心刺点のある数mmから数cmの紅斑、浸潤性紅斑紅色丘疹、水疱などです。ネコノミでは径1cm以上の大水疱を作ることも稀ではありません。およそ1週間程度で色素沈着を残して治癒しますが、次々に刺され続けると新旧の入り混じった皮疹がみられます。また引っ掻いて膿痂疹となったり、びらんとなったり修飾されることもあります。
国内ではありませんが、アフリカ、中南米ではスナノミがあります。裸足やサンダルなどで歩いていて足趾に寄生されることがありますので注意が必要です。足趾に複数匹寄生して、黒く固い結節を作ったり、二次感染をおこして丹毒や蜂窩織炎を併発したりします。

【治療と予防】
予防としては、ネコに殺虫剤を撒く、殺虫剤を含む首輪をつけるなどがあります。しかし、ネコの生活圏の家屋内にも燻煙型殺虫剤を使わなければ駆除できません。昆虫発育阻止剤ルフェヌロン(プログラム)を定期的にネコに飲ませるという選択肢もあります。
しかし、問題は飼い猫よりも野良猫による被害のほうがはるかに多いということです。実際、ネコノミの症状を有する患者さんではネコは飼っていません、という人のほうが多いようです。ではノラネコは、と聞くと隣の家がネコ屋敷だとか、ノラネコが子猫を生んだとか、庭によく侵入してくるなどのケースがあります。こうなると、ネコノミの駆除も困難になります。
治療としては、強めのステロイド外用剤が有効で、二次感染を起こしているようなら抗生剤も使用します。かゆみに対しては抗ヒスタミン剤を使用します。

参考文献

皮膚疾患をおこす虫と海生動物の図鑑 第22巻・増刊号・2000
大滝 倫子: 虫による皮膚疾患ー治療のポイント pp26-33
大滝 倫子、篠永 哲: 皮膚疾患をおこす寄生虫 pp50-111

Dr.夏秋の臨床図鑑 虫と皮膚炎 皮膚炎をおこす虫とその生態/臨床像・治療・対策 夏秋 優 著 秀潤社 2013