虫による皮膚疾患(8)ヒゼンダニ

無気門亜目、ヒゼンダニ科のダニですが、ヒト以外には寄生せず、人から人に主として接触によって感染します。ヒゼンダニによって生じる皮膚疾患を疥癬といいます。
疥癬は第二次大戦後は、外地からの帰還兵の持ち込み、劣悪な生活環境などにより大発生していたといいます。(例えば東北大学皮膚科の昭和21年の新患患者数約3000名、うち疥癬は1163名)。その後駐留米軍によるDDTやγ-BHCなどの撒布により急速に撲滅されました。昭和50年代急速な経済発展に伴い海外から持ち込まれるケースも増え、再び増加してきました。近年はSTI(性感染症)という側面よりも老人福祉施設などでの、集団感染が多く報告されるようになってきました。
【ヒゼンダニ】
疥癬虫ともいいます。体長は雄約0.22mm、雌約0.38mm、体は卵形で淡褐色です。脚は短く、2対の前脚が角の様に前方にあり、先端に柄のある肉盤を有し、2対の後脚の先端には鞭状の長毛があります。胴背部には短く太い棘があります。ライフサイクルは10~14日で卵は3、4日でかえります。雌のヒゼンダニが皮膚の角層の中にトンネルを掘って卵を産み付けます(約1か月、産卵、2~3個/日)。これを「疥癬トンネル」とよび、手掌、指間、指側面に好発しますが、陰股部、腋窩、臀部、足趾などにも生じます。
トンネルの先端の水疱内には雌の成虫がいます。人の体温が最適で、高熱、乾燥に弱く50度10分で死滅します。
疥癬には通常疥癬と重症型のノルウェー疥癬があります。
【通常疥癬】
<感染経路>
長時間肌と肌が触れることで感染します。そういう意味ではSTI(性感染症)としての側面もありますが、近年は老人病院、介護施設などで患者さんとの接触によるものが多いようです。少し触れただけでは感染しません。患者さんの寝具、衣類などを交換せずにすぐに他人が使用することでも感染することがあります。キャンプなどでの雑魚寝、当直などでの布団の共用などでの感染のケースもあります。通常疥癬の場合は感染から症状のでない潜伏期間が1~2ヶ月あります。
<症状>
通常は疥癬虫の数は数十匹以下です。赤いぶつぶつ、(丘疹)、結節、疥癬トンネルなどが頚から下に出現します。激しい痒みを伴います。腹部、胸部、大腿内側、腋窩、前腕、上腕の屈側などに紅斑や紅色丘疹が散発ないし多発します。介護者などでは前腕を主体にみることもあります。外陰部、臀部、肘頭、腋窩などではこれが大きくなり、結節をつくる傾向があります。また先に述べたように指間などでは疥癬トンネルを作ります。躯幹などの丘疹ではあまり虫はみつかりませんが、結節、疥癬トンネルをメスなどで擦ると疥癬虫を見出す確率が高いです。
<診断>
全体像は湿疹と極めてよく似ています。それで皮膚科医でも当初は診断がつかず、見過ごすこともままあります。まず、疥癬を疑うことが診断の始まりだといいます。皮膚症状と疫学状況などから疑います。同様の症状の人が周りにいないか、老人病院、介護施設などへの入院はないか、勤務はないか、疥癬患者さんとの接触はないか、半年以内の雑魚寝、布団の共用などはないか、ステロイド剤で治療しても却って赤いぶつぶつが増えないか、などなどです。
症状と疫学状況より、疥癬の疑いが強ければ、疥癬虫を探すことが診断の確定になります。顕微鏡検査やダーモスコピー検査などで診断します。
●顕微鏡検査
疥癬トンネル、新鮮な丘疹、結節、水疱などを眼科用のハサミや、メス、ピンセット、注射針などで擦ったり、剥がしたりして鏡検します。ダニ本体や卵、もみ殻様の抜け殻をみつければ、診断が確定します。
●ダーモスコピー検査
近年はダーモスコピーの検査も疥癬の診断に有用なことが分かってきました。疥癬トンネルを仔細に観察すると、虫が通ったあとが、船が通った痕の波の流れのように人字型に見えます。それでこのことを水尾徴候(wake sign)と呼び、疥癬トンネルを見出す時の指標になります。人字の先端部をダーモスコピーで観察すると顎体部と前脚が黒褐色の三角形として、体部は白色~半透明の円形として確認でします。角質などが白くて見えにくい場合はアルコールで拭くと黒点が見え易くなります。
<治療>
内服治療薬と外用治療薬があります。
*内服薬はイベルメクチン(ストロメクトール)を体重に応じて空腹時に行います。イベルメクチンとして体重1Kg当たり約200μgを1回経口投与します。内服後一過性に痒みが増すことがありますし、ダニ死滅後もアレルギー反応で痒みが遷延することもあります。卵には効かないので、重症型や、虫がなお存在する時は、1~2週間後に更に2回目の投与を行います。
*外用薬には以下のものがありますが、現在はフェノトリンローション(製品名:スミスリンローション5%)が昨年より、保険で適用になり、治療の主体となっています。補助的な治療薬として、硫黄剤、クロタミトンクリーム(製品名:オイラックスクリーム)、安息香酸ベンジルなどがあります。
以前は1% γ-BHC(リンデン)が強力な殺虫剤として用いられて非常に有効でしたが、現在はその人体に対する毒性のために使用が禁止されています。諸外国ではこれにかわるものとして、疥癬標準薬としてペルメトリンが使用されています。ピレスロイド系の殺虫剤で高い殺虫効果を持つわりには人体毒性は低く良い薬剤です。日本でも一時導入が検討されましたが、認可されていません(多分微量に含まれるホルムアルデヒドの化学物質過敏症への懸念のため?)。
スミスリンはシラミ駆除の一般用医薬品として、パウダータイプ、シャンプータイプが販売されていますが、0.4%なので混同しないように。スミスリンローションは5%とより高濃度の医薬品で、疥癬専用の外用剤です。1週間間隔で2回頚から下に満遍なく塗布します。特に指間、陰部など念入りに塗り残しがないように塗布します。12時間以上経過した後に入浴、シャワーなどで除去します。クロタミトンは保険適用とはなっていませんが、臨床現場では頻用されています。時に接触皮膚炎をおこすので注意が必要です。安息香酸ベンジルは自家製剤薬で、保険収載薬ではないので同意書を取るなどよく説明が必要です。
【ノルウェー疥癬】
角化型疥癬、角質増殖型疥癬ともいいます。高齢で体力が弱っていたり、重症感染症、悪性腫瘍などの基礎疾患があったり、ステロイド剤や免疫抑制剤などを使用して免疫能が低下している場合に生じます。原因は通常疥癬とおなじですが、通常疥癬が1人の患者さんで1000匹以下なのに対し、ノルウェー疥癬では100万~時には1000万匹にも達するほどの大量のヒゼンダニが寄生します。伝染力もけた違いに強く、患者さんのフケなどの鱗屑でも伝染しますので対応、治療も別物と認識してかかる必要性があります。(逆に通常疥癬で過度にパニックになってノルウェー疥癬のような対応をするのは間違いです。)
<症状>
角化を特徴として、手指や躯幹四肢の骨ばった部位、摩擦を受けやすい部位に極めて厚い灰色から黄白色の汚い鱗屑が牡蠣殻のように付着します。通常の疥癬と異なり、頚から上の特に耳の後ろ、頭部にも生じます。また爪に寄生して厚く混濁、肥厚しまるで爪白癬のようになることもあります。全身が角質に覆われたり、真っ赤になって紅皮症様になり、ときにく水疱も生じます。一般に激しい痒みを伴いますが、逆に全くかゆみを訴えない場合もあります。
<治療>
内服薬として、イベルメクチン、外用薬としてフェノトリンを使用するのは通常疥癬と同様です。しかし1~2週後に再度投与し、さらに虫が残存すれば3回目の使用も考慮します。外用薬の使用では頭部も含め全身に、塗り残しがないようにしっかり塗布します。
<感染予防対策>
感染力が強いので、個室に隔離の上、治療します。介護者、医療関係者は入室の際はガウンテクニックを行います。シーツ・寝具などのリネン類はビニール袋に一括してまとめるなどしてピレスロイド系殺虫剤を噴霧し1日密閉したり、50度10分間の熱湯処理を行います。
患者さんの入浴は最後にし、角質はしっかり洗い落とします。またその後は壁も含め浴槽をブラシなどでしっかり洗浄します。

疥癬は虫が死滅したあとでも、アレルギー反応で数か月に亘ってもかゆみをともなう、丘疹、結節などが残存することがありますので、それをまだ虫がいるとして、殺虫剤、薬を使う必要はありません。むしろ治癒を確認したら、ステロイド剤、抗ヒスタミン剤などを使用して症状を和らげます。

参考文献

皮膚疾患をおこす虫と海生動物の図鑑 皮膚病診療 増刊号 第22巻 2000

特集 虫と皮膚病 皮膚病診療 Vol.19 No.5 1997

疥癬(かいせん)/皮膚科学関連医療薬品のマルホ
疥癬(かいせん)/疥癬   疥癬のお話 フローチャート/疥癬  疥癬対策マニュアル
【監修】飯島正文 石井則久 大滝倫子

上記のサイトでは国立感染症研究所ハンセン病研究センター センター長 石井 則久先生、赤穂市民病院の和田康夫先生によるビデオでの解説、虫の実際をみることができます。