虫による皮膚疾患(6)ライム病

ライム病はマダニ刺症によって伝播される全身性のスピロヘータ感染症で名前の由来は米国コネチカット州のOld Lymeという町で集団発生したことによります。米国、ヨーロッパに多くみられますが、中国、韓国、日本、オーストラリアなどのアジア地域でもみられます。
アウトドア活動の増加、都市圏近郊のシカの増加、田園地方への住居建築の増加などが相俟って米国では1970年代以降に急激に患者数が増加しました。毎年5~9月の間に米国では10000例を越える症例の報告があるそうです。
マダニの消化管内に共生するライム病ボレリア(Borrelia burgdorferi)によって引き起こされます。ボレリアには多くの遺伝種がありますが、その中で病原性があるのは上記のほかにB. garinii, B. afzeliiを含めた3腫です。本邦のものはB. gariniiが主で米国のものより毒性は弱いようです。
【疫学】
本邦でのライム病は北方系のマダニ類の一つであるシュルツェマダニによって媒介されます。これは北海道の平地と中部地方以北の標高1000m以上の山岳地帯に住むマダニです。マダニの雌成虫と野生動物との間で伝播維持されます。我が国では1987年に長野で1例目が報告されて以来数百の報告がなされていますが、ごく少数です。季節はアウトドア活動の多い6,7月に特に多くみられます。これに比べて欧米では年間数十万人の患者が発生し社会問題にもなっています。
【臨床症状】
ライム病はスピロヘータ感染症であるために、梅毒でみられるように3つの病期に分けられます。
<第I期>限局性感染期、感染から数日~数週間
ダニ刺咬部を中心に遊走性紅斑(erythema migrance)が出現します(90%以上)。急激に拡大し環状になり径10cm以上にもなります。中央部が退色してリング状になる場合や、均一な浮腫性紅斑になる場合があり、軽度のかゆみ、灼熱感を伴うこともあります。発熱、頭痛、倦怠感、筋肉痛を伴うこともありますが、わが国の症例では全身症状は軽度のことが多いようです。部位はダニが吸血するのを好む、湿った軟らかい部位が多いです。
〈第II期〉播種状感染期、感染から数週間〜数ヶ月
遊走性紅斑出現の数日後に小さい衛星病巣が見られることがあり、初期の播種を表します。多発性の二次性遊走性紅斑を見ることもあります。またこれに伴って、発熱、疲労感、筋肉痛、関節痛、頭痛、顔面神経麻痺、髄膜炎などを生じることがあります。ただ、我が国では発熱を除いて、これらの発症頻度は少ないです。
心筋炎はときに房室伝導の異常を伴います。米国ではしばしばみられます。
〈第III期〉遷延性感染期、感染から数ヶ月〜数年
欧米では、慢性萎縮性肢端皮膚炎やモルフィア様の皮疹を生じることもあります。北米よりもヨーロッパでしばしばみられます。また慢性疲労、関節炎、まれに脳脊髄炎から痴呆に至る場合もあるそうです。但し、本邦ではごく稀れです。
患者さんの中には第I期、第II期を経験しない場合もあります。
〈診断〉
ライム病流行地でマダニに刺された後、1ヶ月以内に遊走性紅斑が生じた場合は、本症を強く疑います。EIA法、ELISA法などの血清学的検査を行います。ただ、種々の感染症や膠原病などで数%の偽陽性がみられるため、確定診断にはウエスタンブロット法が用いられます。
しかし、IgMは紅斑出現後、3〜6週間後、またIgGに至っては数ヶ月もたってから上昇するので、病初期の診断には適していません。ボレリアの培養も紅斑刺咬部位からはやや高率に見つかるものの一般に陽性率は低く、4〜5週間かかりますし、抗生剤内服で検出は難しくなるため、最近はPCRによる遺伝子検査がなされることもあります。
従って、ダニに刺されて遊走性紅斑が見られた場合は、臨床診断の上に時期を失せずに早急に治療を開始すべきです。ただ、ボレリア感染症がないのに、マダニ刺咬の後、同様の紅斑をみることがあり、一種のアレルギー反応と考えられる場合もあります。
〈治療〉
ドキシサイクリン 200mg、アモキシシリン1500mg、セフロキシム・アキセチル1000mgを2〜3週間投与します。
播種性疾患と関節炎、神経ボレリアでは最低28日間の治療を要します。
〈予防〉
我が国でのライム病は、シュルツェマダニに刺咬されることによって、発症します。このマダニは北海道と中部地方以北のの標高1000m以上の地域に生息しています。その地域ではライム病が起きうることも知っておく必要があります。マダニに刺咬されないための注意は先に書いた物と同様です。
本邦でのライム病の発症頻度はごく稀です。しかし、欧米では社会問題にもなるほどに近年多発しています。夏場北米などにお子様連れでアウトドアに行かれる方はライム病の知識も身につけてマダニから身を守ることも重要かと思います。
特に北米の種は日本のものに比べて毒力が強く、マダニの幼虫によって発症するので、小さなソバカスサイズで刺されたことに気づかないことも多いようです。マダニ付着後72時間以内であれば、ドキシサイクリンの単回投与でライム病の発症を予防できるそうです。

参考文献

田中 厚、山藤 栄一郎.皮膚科セミナリウム 第55回 人、動物、虫、原虫 2.ツツガムシ病、日本紅斑熱、ライム病. 日皮会誌 :119(12), 2329-2337, 2009

金子 健彦 ほか:背部に遊走性紅斑を生じたライム病ー最近報告された国内72症例の臨床的特徴. 臨床皮膚科 56巻4号:291-294,2002

森下 綾子 ほか:ワシントンDCで刺傷し、帰国後発症したライム病の1例. 臨床皮膚科 64:343-346, 2010

堺 美由紀 ほか:軽井沢で感染したライム病と考えられた1例.  臨床皮膚科66: 439-443,2012

大竹 映香 ほか:臨床像からライム病が強く疑われた1例.臨床皮膚科  66: 362-366, 2012

感染症診療スタンダードマニュアル 第2版  Edited by Frederick Southwick  監修=青木 眞  編集=源河いくみ/本郷偉元 監訳=柳 秀高/成田 雅 スピロヘータ ライム病(Borrelia burgdorferi) pp394-401 羊土社 2011