虫による皮膚疾患(5)日本紅斑熱

日本紅斑熱は、ツツガムシ病と非常によく似た臨床症状を呈する紅斑熱群リケッチャ感染症です。この群の感染症はロッキー山紅斑熱や地中海沿岸のボタン熱などのように世界各地に風土病として多く存在することが知られていましたが、日本では長い間存在しないとされてきました。ところが、1984年徳島県阿南市でツツガムシ病に類似した3症例が馬原によって報告されました。後にこれが新しい紅斑熱リケッチャと判明し、病名が日本紅斑熱、原因菌がRickettia japonica(Rj)と命名されました。
本症はRjを有するマダニ(キチマダニ、ヤマアラシチマダニ、フタトゲチマダニ、ヤマトマダニ、タカサゴチマダニなど)に刺されることによって発症します。
リケッチャとは偏性細胞寄生性の細菌で1-4μmの球状ないし桿状、連鎖状の形状を示し、ウイルスなどと同様に単独で増殖できず、宿主の血管内皮系の細胞内で増殖します。近年は16SrRNA塩基配列の違いにより、発疹チフス群、紅斑熱群、つつが虫群、エールリキア群の4群に分類されています。本邦での発症頻度からいくと上位はツツガムシ病(年間報告数400例程度)と日本紅斑熱(年間200例程度)が占めています。
【疫学】
春先から晩秋(4月~11月)にかけて千葉県以西の太平洋沿岸の温暖な地域からの報告が多いです。しかし、疾患が知られるようになってきたこと、診断技術の進歩などにより、近年は福島、岩手、青森などからの報告もあり今後更に広い地域からの発症、報告が予想され、ツツガムシ病の発症地域と重なってくると思われます。夏から秋の報告が多いとはいえ、発症時期も重なっていますので両疾患の鑑別が重要になってきます。
以前は年間100例以下の報告数でしたが、ここ200例と数年急増しており、未報告例を含めれば1000例以上はあるものと思われています。
【臨床症状】
本症の方がツツガムシ病よりもやや重篤な経過をとる例が多い傾向にあります。
マダニ刺咬後2~10日の潜伏期の後、頭痛、悪寒戦慄、高熱をもって急激に発症します。全身倦怠感、関節痛、筋肉痛などを伴います。リンパ節の腫脹はあまりありません。急性期には40度を超える弛張熱があり、重症例では稽留します。発熱とともに指頭大までの紅斑、丘疹が四肢末端、顔面から始まり中枢へと拡大します。手掌、足底の紅斑は数日で消退します。重症化例では出血性となり、紫斑を生じます。紅斑は1,2か月後も色素沈着として残ります。
マダニによる刺し口は90%でみられますが、ツツガムシの刺し口と比べてやや小型で5~10mmと赤い硬結を生じ明確に刺し口と判定しづらいことがあります。肝機能障害は必発で、重症化すると痙攣、意識障害、心筋炎、脳炎を生じ、ショック、腎不全、DIC、多臓器不全などにより不幸な転機をとることもあります。
【検査・診断】
白血球は増加せず、好中球の左方移動があり、CRP高値、血小板減少、肝機能異常などがみられます。血清クレアチニン値は重症化とよく相関します。
診断確定は、Rjの検出ですが、保険適応の検査はなく、各県の衛生研究所などへ依頼することになります。間接免疫ペルオキシダーゼ法(IPA)、間接蛍光抗体法(IFA)などによります。但しIgMは急性期にはまだ上昇せず、IgGは回復期に上昇します。それで臨床的に疑った時点で治療を開始することが重要です。刺し口の組織を用いたPCRの遺伝子診断が最も確実ですが刺し口が明瞭でない場合もあります。その際は紅斑部、全血によるPCRも有用ですが、それぞれ30%,60%と感度がおちます。
【治療】
ミノサイクリン、またはドキシサイクリン200mgの点滴、ないし内服を1~2週間行います。馬原は自己の経験例の蓄積から一日の最高体温39度以上の症例では「テトラサイクリン系を第一選択とし、重症例ではニューキノロン薬との併用療法を行う」ことを薦めています。小児ではアジスロマイシン単独、併用で奏功したとの報告もあります。ただ、第一選択薬がテトラサイクリン系薬剤であることは論をまたず、最適な治療方法については今後の症例の蓄積をまたねばならないところです。
ツツガムシ病と同様にβーラクタム系、アミノグリコシド系薬剤は無効です。ニューキノロン系薬剤はツツガムシ病には無効ですので注意が必要です。
早期に治療を開始すれば、概ね予後は良いですが、治療が遅れると重症化することもままあります。
【予防】
日本紅斑熱はツツガムシ病と異なり、マダニによって媒介されます。それで、先のブログに述べたマダニに対する注意が必要ですが、とにかく野山で寝転がらないこと。ダニのついている衣服を持ち込まないこと、入浴で入念に洗い流すことが肝要です。

参考文献

馬原文彦:日本紅斑熱の発見と臨床的疫学的研究. モダンメディア. 54:32-41,2008

田中 厚 山藤栄一郎:ツツガムシ病、日本紅斑熱、ライム病. 日皮会誌:119(12),2329-2337, 2009

高垣謙二:新・皮膚科セミナリウム●見逃してはならない皮膚感染症(2) 日本紅斑熱とつつが虫病.日皮会誌:124(9),1739-1744, 2014

以下の写真は亀田総合病院皮膚科の田中 厚 先生のご厚意によるのものです。

図1紅斑熱1 日本紅斑熱の刺し口 注意しないと見逃す程小さい

図1紅斑熱2 日本紅斑熱の刺し口 ツツガムシ病の刺し口

図1紅斑熱3a 日本紅斑熱の紅斑、紅色丘疹 ツツガムシ病に比べて末梢に目立つ

図1紅斑熱4 日本紅斑熱 手掌、足底にも紅斑がみられるが、数日で消退してしまう