虫による皮膚疾患(2)トコジラミ

トコジラミはカメムシ目トコジラミ科に属する昆虫で、俗にナンキンムシと呼ばれています。世界中の温帯を中心に広く蔓延しています。戦中、戦後は多く蔓延していましたが、殺虫剤の発達で1970年代には激減しました。しかし10数年前から増え始め、近年は殺虫剤の効かないスーパーナンキンムシの出現も相俟って爆発的に増加しています。
増加の要因としては、上記の他に、人の移動が増え海外から持ち込まれる機会が増えたこと、低所得者用の格安宿泊施設が増加したこと、中古・レンタル家具の流通が増加したことが挙げられます。
成虫の体長は約5~8mm、幼虫は体長1~4mmで、1〜3ヶ月の間に5回の脱皮をして成虫となります。全ての幼虫が吸血します。黄褐色で空腹時は扁平ですが、吸血すると濃血色になり、筒状に膨れ上がります。
至適温度は22~27度で3月から11月までが活動期です。冬季は休眠状態になりますが、寿命は1〜2年とされます。吸血して生存しますが、飢餓に強く175日も飢餓に耐えたという報告もあるそうです。
夜行性で、昼間は人目につきにくい所、壁や柱の割れ目、押入れの裏側、タンス、引き出しの底裏、隙間、畳裏、ベッドなどに潜んでいます。ホテルではベッドの隙間、絵の額縁なども要注意です。一般的にトコジラミは古い家屋や不潔な所に生息するといった誤ったイメージがありますが、高級ホテルでも旅行者が持ち込めば定着しますし、そこからスーツケース、衣類などに付着して家庭内に持ち込めばまたそこで増えます。
就寝中に住処から這い出してきて主に露出部を刺咬します。それで四肢、顔、首などが好発部位となります。虫によっては気まぐれで、あるいは人が動くと刺し口を変える為に複数の刺し口がみられることがあります。夏秋先生が自身の皮膚で実験したところ、吸血時間は7~27分で平均15.4分、吸血中の刺しかえ行動は1回のみが9、2回、3回がそれぞれ2、6回、7回もの刺し替え行動をした虫もあったそうです。
【症状】
皮膚症状はトコジラミが吸血する際に注入する唾液腺物質にたいするアレルギー反応で生じるために、刺された回数、体質で出方が大きく異なってきます。
夏秋先生の実験では、1~3回目までは無反応、4回目以降は毎回反応がでたそうです。
すなわち、初回刺されても無反応です。数回刺されて、あるいは刺されて一定時間が経過してアレルギーの感作が成立すると遅延型アレルギー反応が起こります。この遅延時間は60時間から9日間といわれています。出張先、海外のホテルで宿泊してから1週間程度もたってから皮疹が出現してくると(自発的な誘発:spontaneous flare up)、因果関係がはっきりせず、原因不明の虫刺され様発疹とも診断されることにもなります。アレルギー反応の経緯は蚊の際に示したのと似たようなステージを辿ります。すなわち、最初は無反応、次いで遅延型の反応が起こり、吸血されて1~2週間後に皮疹がでます。次いで頻繁に吸血を受けていて即時型の反応が出現する体質の人であれば、吸血の直後に痒みを伴う蕁麻疹、痒疹も出現するようになります。多数のトコジラミが生息する室内で被害を受けた場合は広範囲に紅斑、紅色丘疹などを認めます。ホテルなどで一晩だけ被害を受けた場合は、全ての皮疹がほぼ同時に出現し、同様の形態、経過をとりますが、室内にトコジラミが生息して頻回に刺される場合は新鮮な皮疹と治癒過程の色素沈着などが混在して見られます。更に簡易宿泊所などで慢性的に刺され続けていると皮膚反応が減弱してくることもあります。
実際当院の患者さんでも簡易宿泊所に住んでいて、虫もいて、刺される人も多くいるとのことですが、本人は四肢に色素沈着と褐色調の小丘疹を散在性に認めるのみで比較的平気な方もいます。
【診断】
虫を確認するのが一番ですが、先にも書いたようにホテルなどで刺された場合はその時には症状がなく、しばらくたってから発疹がでるので原因は推定しかできません。室内で継続的に刺される場合は虫を確認することが重要です。以前にも書きましたが、虫が炭酸ガスに引き寄せられることを利用して、ドライアイスなどでおびき寄せる方法もありますが、夏秋先生によると人肌が一番とのことです。その方法は簡単で暗くして20分間寝ていて、パッと電気をつけて虫を確認する方法だとのことです。名づけて「うそ寝作戦」。次いで住処を発見することですが、先に述べたように、引き出し、ハンガー掛け、絵画、ベッドなどの木材の隙間や畳の隙間、障子の両面、カーテンの裏側などが注意すべき個所です。更に参考になるのは住処の近くにある大工さんの糸墨をはねたような黒いシミです。これは虫の脱糞の跡です。
【対処法】
虫を殺すことは非常に困難だとのことです。うそ寝作戦などで虫をおびき出し、ティッシュでしらみつぶしに殺していくことも有効とのことです。殺虫剤ですが、現在は大半のトコジラミがピレスロイド系殺虫剤に抵抗性を獲得していますので、一般的な家庭用の殺虫剤での駆除は困難です。現在唯一効果があるのはカーバマイド系(プロポクスル)の殺虫剤だそうです。商品名バルサン待ち伏せスプレー。但し、室内全面に撒いても無駄なだけで、トコジラミの通り道に集中して撒く必要があるそうです。
それでも無理な場合は専門の業者に頼むのが無難です。

参考文献

Dr.夏秋の臨床図鑑 虫と皮膚炎 皮膚炎を起こす虫とその生態/臨床像・治療・対策 夏秋 優 著 秀潤社 2013

特集 環境生物による皮膚炎 皮膚科の臨床 Vol.54.No3 March 2012

追記
トコジラミの対処法、業者などはネットに多く記載がありますが、ペスト(厄介者、人に危害を加える生物)の防除を行う業者をPest control operator (PCO)と呼ぶそうです。PCOの業界団体である社団法人日本ペストコントロール協会には全国で約900社が加入しPCOの技術者の養成やダニ分離同定の実習などを行っているそうです。必要性があれば連絡をとって見られたら如何でしょうか。
またYou Yubeの英語版ですが、Bed Bug Basics: 10 Tips to Protect Yourself というビデオは参考になるかと思います。

以前のブログも参照してみて下さい。
トコジラミ(南京虫) 2012.7.17
スーパー南京虫 2013.2.12

南京虫1 サウナの簡易ベッドに寝ていて翌日急にかゆくなった。1匹虫を見つけた、とのこと。

南京虫2