虫による皮膚疾患(1)

「虫による皮膚疾患ートコジラミ刺症、マダニ刺症を中心にー」という夏秋 優 先生の講演がありました。皮膚科随一の虫博士で、多くの人が出席していました。ご本人も全部話すのなら4〜5時間必要とおっしゃる通り1時間の講演時間はあっという間に過ぎてしまいました。本人の著書にあるように、根っからの昆虫少年だったそうで、それが高じて、というかそのままの延長で自然に虫博士になっていかれたようです。写真が好きで、全国の山野を駆け巡り、虫を観察、収集し、それでも飽き足らず、自宅にトコジラミを初めとして各種の虫を飼育し、自分自身の皮膚で刺されて実験、観察しているとのことで病膏肓(?)と言っては失礼かもしれませんが、とても並みの皮膚科医には真似できません。
それだけに実践に裏打ちされた素晴らしい講演でした。
とても全体の講演内容は書ききれませんが、そのさわりをちょっと。詳しく知りたい人は参考文献として末尾に挙げた著書を購入して下さい、と。(著者に代わって宣伝するのも変ですが。)

【総論】
虫(有害動物)による皮膚疾患の発生様式には、刺咬、吸血、接触、寄生、媒介があります。
動物には昆虫や、昆虫以外の節足動物、節足動物以外のものに別けられます。

発症様式……….昆虫………………………………………….昆虫以外
刺咬 …… ハチ、アリ、サシガメ……………………………….ムカデ、クモ、サソリ
吸血……….カ、ブユ、ヌカカ、アブ、ノミ、トコジラミ………………イエダニ、トリサシダニ、マダニ、ツツガムシ
接触……….ドクガ、イラガ、カレハガ、マダラガ、ハネカクシ………….サソリモドキ、ヤスデ
…………..カミキリモドキ、ツチハンミョウ、ゴミムシ
寄生……….シラミ、スナノミ、ヒトヒフバエ、ヒトクイバエ……………ヒゼンダニ、ニキビダニ
媒介……….カ(糸状虫症)ブユ(オンコセルカ症)…………………….ツツガムシ(つつが虫症)
………….サシチョウバエ(リーシュマニア症)……………………..マダニ(ライム病、日本紅斑熱)
………….ツェツェバエ(アフリカ睡眠病)サシガメ(Chagas病)

◆発症機序
1)刺咬に伴う物理的な皮膚刺激による炎症
2)接触や刺咬に伴う有毒物質の化学的刺激による炎症
3)接触や刺咬に伴う有毒物質や唾液腺物質に対するアレルギー性の炎症
アレルギー性の炎症には即時型反応、遅延型反応があります。
即時型の反応には、5~30分程度で、紅斑、蕁麻疹、痒みなどを生じますが、その中のごく一部はアナフィラキシーといって、ショックを起こしたり、蕁麻疹や腹部症状、呼吸困難などの全身症状を呈し、生命の危険さえ生じうる反応を生じる場合もあります。複数回蜂、ムカデなどに刺された場合はその危険性がありうることに注意すべきです。
遅延型の反応は2回目以降の特異抗原の侵入から24~72時間程度で反応が出現します。
◆虫刺されなどへの初期対応
*蜂刺されでは、ミツバチは毒針に「返し」があり、指でつまむと毒嚢の毒液を皮膚に注入する恐れがあるのでピンセットで除去するか指ではじきます。。アシナガバチ、スズメバチでは毒針は皮膚に残りません。
*ハチ、ムカデなどでアナフィラキシー症状(前掲)が現れた場合は、救急病院への早急な搬送が必要ですが、リスクのある人は「エピペン」(アドレナリン自己注射薬)の携行が勧められています。この両者には交叉アレルギーがあるともいわれています。
*マダニなどの刺咬症では、引っ張ると口器が残るので、ワセリンで虫全体を覆うか、それで取れなければ局所麻酔下に切除します。
*毒蛾、毛虫の毒針毛に触れた場合はテープ類を貼ってそれを除去します。アオバアリガタハネカクシなどの毒液に触れた場合は流水で洗い落とします。
いずれもその後早期に専門医療機関を受診します。
◆虫刺され症状の変遷
蚊刺されを代表としてその変遷を示します。
ステージ1・・・赤ちゃんなど生まれて初めて刺されても無反応です。
ステージ2・・・数回刺されると唾液腺物質に対し、感作が成立し遅延型反応が生じます。
ステージ3・・・更に進み青年期になると、即時型反応がでて、さらに引き続き遅延型反応が生じます。
ステージ4・・・壮年期になると即時型反応のみがでます。
ステージ5・・・老年期になると無反応となります。
この変遷スピードは、個体差や刺される頻度によっても異なりますし、熱帯地方などで常に指されている環境では早く進み、小児期でも無反応の場合もあります。
これは、蚊だけではなく、ネコノミ、トコジラミなどにも当てはまります。
◆診断
虫による皮膚炎の診断は意外と難しいです。ハチやムカデなどの場合は、刺咬の瞬間に激しい痛みがあるので、原因がその場で判明することが多いです。しかし、吸血性節足動物の場合は、吸血時には気がつかないことが多く後で発疹を生じるので「虫刺症」と臨床的には診断ができても、その虫がいないために原因は不明となり易いです。
外来診療の現場では、原因は何ですか、と詰め寄られて推論を述べても患者さんは釈然とせず、納得が得られず(怒って)帰るケースもままあります。ただ、個々の虫によって皮疹の好発部位、被害を受け易い場所、時間帯が存在します。
個々の発疹の形態にも、虫によって特徴はありますが、蚊に刺された後の反応の違いの大きさからもわかるように、個々人の体質、感作状態によって大きく異なります。それで、個々の発疹だけをみて、何虫かを断定することはできません。
参考になる見分けるポイントをいくつか述べます。
*部位・・・ネコノミ刺症は足首付近に、紅色丘疹と水疱を形成し易い、イエダニ刺症は腋周辺や下腹部、大腿、トコジラミは頚部や手足などの露出部に出現しやすいです。また蚊刺されは小児(特に幼児)では強い浸潤を伴う紅斑や水疱を形成し易いです。稀に蚊刺過敏症という特殊な病態がありますが、後述するように一般的なものではありません。
*ブユ・・・体長2~5mm程度の小さな吸血昆虫です。朝夕に行動することが多く、刺された部位は軽い出血点を伴います。山間部の渓流沿いに生息するので、それの問診が参考になります。虫除け剤や電池式蚊取りが有用です。体質によってはリンパ管炎を生じたり、引っ掻き続けて四肢の慢性痒疹を形成することも稀ではありません。
*ヌカカ・・・体長1.2~1.4mmで本州中部、北海道の山地に生息します。多数が集まるためにキャンプなどで被害にあうことが多いです。
主に露出部から吸血しますが、頭髪、衣服の隙間から吸血することもあります。吸血の際はチクチクとした軽い痛みがあります。
*ネコノミ・・・近年ヒトノミ、イヌノミはほとんどみられなくなったそうです。それに比べて野良猫や飼い猫に寄生するネコノミによる被害は近年増加傾向です。ノミの幼虫は庭や公園の土中、室内の畳の下、床の隙間などで成長します。野良猫を介して庭、草むらのネコノミが衣服に付着し室内に持ち込まれるケースがみられます。下腿の発疹(紅斑、水疱)が多いですが、室内で繁殖していると上肢や体幹部にまで発疹がみられます。強い痒みがあり、掻きこわして二次感染を起こすこともあります。
*トコジラミ・・・近年海外からも持ち込まれ、宿泊施設などでの蔓延が問題になっているものです。各論で詳述しますが、頚、四肢などの露出部を夜間睡眠中に刺されます。吸血中に口器を差し替えるために狭い範囲に紅斑や紅色丘疹が多数みられる場合もあります。
露出部の虫刺されで蚊やブユやノミなどが否定的な場合は本症を考える必要があります。
*イエダニ・・・体長0.7mmで主にドブネズミに寄生します。ねずみの巣から移動してヒトからも吸血します。特にねずみが移動したり、死亡したりしていなくなると吸血対象がなくなるために、床下、天井裏などからイエダニが一斉に移動してきて激しくヒトを襲います。一戸建ての古い家や長屋などが多いですが、倉庫、食堂、学校などでも被害にあうことがあるそうです。
6~9月の被害が多いそうです。
トリサシダニ、スズメサシダニは戸袋などに鳥の巣があったりして、雛が巣立って鳥がいなくなると吸血対象を求めて人を襲います。
これらは夜間就寝中に侵入し、寝具の中にもぐり込んで軟らかい部位を選んで刺します。下腹部、腋の周辺、大腿部などに好発します。
被覆部の虫刺されは同症と判断しますが、基本的にダニは室外の発生源なので燻煙型殺虫剤での室内の燻煙は効果がないです。
*食品害虫であるコナダニ類、室内塵中にみられるチリダニ類(ヒョウヒダニ類)とイエダニを混同しているケースが一般人のみならず、医師の間でもあります。イエダニ刺症の疑いのある患者さんにヤケヒョウヒダニ、コナヒョウヒダニに対する特異IgEを検査して「ダニアレルギーがある」などと説明するのは愚の骨頂
だと夏秋先生は述べています。ヒョウヒダニ類はアレルゲンとしては問題になりますが、吸血性ダニではない、イエダニはねずみに寄生するダニで畳やカーペットには生息していない(屋外に生息する)ことは意外に知られていません。それで無駄な殺虫剤の使用をすることになります。
*マダニ・・・野外でヒトに吸着して吸血するものですが、各論で詳述します。マダニ類の大きさは成虫で2~3mmとイエダニなどとはサイズが異なります。
*ヒゼンダニ・・・疥癬虫のことで、これは人から人へ伝染します。戦後多発したものの、減少していましたが、老人施設や介護施設などで感染が拡がり、現在はある程度定着した感があります。臨床症状としては痒疹丘疹も痒疹結節の形もとりうるので、皮膚科医でも時としてただの虫刺されとして診断、治療が遅れることもあります。指の間、陰部などの丘疹、結節、疥癬トンネルの発見が診断のポイントになります。この疾患も重要ですが、別の機会に述べてみたいと思います。
*チャドクガ(毛虫皮膚炎)・・・幼虫はツバキ、サザンカ、チャなどの椿科の植物の葉を食べます。年2回5~6月と8~9月頃に幼虫が出現します。その後成虫となると6,7月、また10月頃に成虫、蛾となります。(毒蛾皮膚炎はチャドクガと別の種類のドクガによるものをいいます。)
有毒毛は肉眼でみられる長い毛ではなく、黒い隆起部に群生している長さ0.1mmのもので、30~50万本が密生していて、皮膚や衣服に触れると容易に脱落します。眼でみえないので気づかないうちに付着して頚、上肢、体幹などに紅色丘疹を多数生じます。庭仕事、植木などの仕事で生じますが、洗濯物に付着にたものを知らずに着て生じることもあります。

長くなったので各論のトコジラミ、マダニについては次回書きます。

参考文献

Dr.夏秋の臨床図鑑 虫と皮膚炎 皮膚炎をおこす虫とその生態/臨床像・治療・対策  夏秋 優 著 秀潤社 2013年