メラノーマの診断は難しい

バンクーバーの世界皮膚科学会でメラノーマ(悪性黒色腫)に関するセッションをいくつか覗いてみました。そこでの印象は”やっぱりメラノーマの診断は難しい”といったものでした。ただ、これは診断学は進歩していない、とか一般の皮膚科医(皮膚科専門医)にはメラノーマの診断は無理だ、という意味合いで言うつもりではありません。むしろダーモスコープの普及と皮膚科学会の講習会などの努力で皮膚科専門医の診断能力は飛躍的に進歩していると思います。ただ、それをもってしてもメラノーマ診断のピットフォールはなくならない、ということを認識させられました。アトランダムにそのいくつかを書いてみたいと思います。いくつもあったセッションで参加したのは色素病変、爪などでした。色素病変のセッションでは斎田先生、古賀先生も講師を務められていました。今回は田中先生は”Beyond Pigmented Lesions”という別なセッションを主催されていました。皮膚科医対象の学会ですので、ここに書くことは専門的で一般の方の参考にはならないかもしれませんがご参考までに(全然まともな日本語になっていませんが)。
◆Argenziano先生はその道の大家ですが気取ったところがなく、いつもフレンドリーです。話術は巧みで聴衆を虜にするすべを知っています。(といってもたった数回のEADVでの感触だけですが、)。皆さんどう思いますか、これはホクロですか、メラノーマですか、と挙手を求めます。意見が大きく分かれたり、聴衆が戸惑ったりしているとアハーといってしてやったり、との感触で解説を繰り広げます。今回もいくつか。
・8歳男児の耳にできたスピッツ母斑、病理医はメラノーマと診断、拡大手術を行った、という症例です。これには裏話があって、臨床レポートには8/M(8 slash Male)とありました。病理医は81歳男性と読んだのです。これが全ての間違いの元でした。老年のスピッツ母斑はほぼ悪性黒色腫なのです。以前のブログにも書きましたが、スピッツ母斑ほど皮膚科医、病理医を悩ませるものはないといいます。子どもは良性、ところが年齢が上昇するにつれて悪性の確率が高くなるのです。勿論、ホクロか癌かはall or nothingです。でもその区別は(症例によっては)至難の業です。ダーモスコピーでも病理所見でも難しいです。「Spitz母斑は、悪性所見が満載!-Ascent,偽封入体、核分裂像などが悪性の根拠とならない―
もっとも大切な鑑別点は、弱拡大による大きさ(≦6mm)、境界の明瞭さ、左右対称性、表皮の肥厚そしてSpitz母斑だけに特徴的な所見(均一monotonousな増殖、縦長の細胞増殖、裂隙、Kamino小体など)の存在である。」(泉 美貴)
・一寸色素の分布が均一でない”ホクロ”。皆さんどう思いますか、会場の挙手はばらばらに半々に分かれる。1年後、やや拡大、挙手はやや減る、さらに2年後、3年後まだ拡大。挙手はさらに減るがまだばらばら。これだけ待ったら患者と家族からこれ以上は先生の顔をみたくない、と。ここで手術。多分表在型悪性黒色腫だったと思うがホクロだったかな?。専門医でも迷う”ホクロ”あり、ということです。
・胸のシミと脱色素斑。これはどうですか? いろいろ知っている人程悩む。色素がなくなるのはメラノーマ特有のregression。実はこれは尋常性白斑の上にできた脂漏性角化症(老人性疣贅(いぼ))です。
「――表在拡大型黒色腫はしばしば自然消退を来す――。regressionはhalo nevus でもケラトアカントーマでも,lichen planus like keratosisでもみられる。メラノーマで完全に消えることすらある。但し、完全に消退した症例では、後の転移は必発であるとさえいわれている。」(泉 美貴)
・頭部にできた赤色の結節。血管拡張性肉芽腫か、メラノーマか?これも写真をみただけで経過を知らなければ迷うところです。どこかに色素の残存を見つけることも重要です。この例では前者でした。
色々な、興味深い、診断に迷うような症例をいくつも呈示されました。記憶のあいまいさと、理解力、英語力の不足から勘違いしているケースもあったかもしれませんが、会場の皮膚科医の先生方の診断がばらついたのは事実です。メラノーマの診断の難しさを物語っていました。
◆斎田先生は掌蹠、特に足の色素病変について講演されました。皮溝(parallel furrow pattern:PFP)優位の色素斑は良性で、皮丘(parallel ridge pattern)優位の色素斑は悪性という公式は有名ですが、これを金科玉条のように適応すると間違うこともあります。悪性黒色腫でも一部をみると、皮溝優位パターンをとることもあります。診断は一部ではなく全体の構築をみることの重要性を強調されていました。
「・・・かえって誤診へ誘導されることさえ起こりうる。ダーモスコピーはきわめて優れた診断法であるが、その限界も承知していなければならない。ダーモスコピーで検討しても診断困難な症例は当然、存在する。そのような場合には、臨床所見、経過、患者特性などを改めて総合的に評価することが大切である。・・・」と著書のなかにあります。
◆古賀先生は爪のメラノーマについて講演されました。ある時点の写真をみただけでは判断できない(してはいけない)ことを強調されました。どういう経過でどういう年齢の人かをきちんと確認すべきとのことでした。例えば、子どもの黒い爪のダーモスコピー像はまるで悪性黒色腫のようです。以前大原先生の講演のところでも書きましたが、慎重かつ長い経過の観察が必要です。
大原先生は皮膚疾患のクロノロジーとして、10年以上も経過を観察した爪の黒色線条の症例を呈示されています。諸外国ではそんなに長いこと患者は待ってくれない、日本の患者は忍耐強いと驚かれるそうです。ただ、こういったことができるのは、十分に知識を持った患者の信頼を勝ち得た先生ならではのことなのでしょう。
黒い爪の原因は実に多く、やっかいです。「単なる血腫から感染症(爪白癬、カンジダなど)、薬剤(テトラサイクリン系、抗腫瘍薬、レチノイドなど)全身性疾患(Addison病、ヘモジデローシス、Peutz-Jeghers症候群など)、実に多彩である。メラノサイト系病変のうち、生検で確認された例では、メラノサイトの増数のないメラニンの増加が圧倒的に多く(約65%)、色素細胞性母斑(22%)、メラノサイトの孤立性の増加(8%)、爪甲下悪性黒色腫(5%)と続く(J Am Acad Dermatol 34:765,1996)。ただし、本邦では欧米に比較して爪甲色素線条の発生頻度が飛び抜けて高い(~40%)ため、真の原因や頻度は不明である。」(泉 美貴)
腫瘍にしても、黒色腫以外にボーエン病なども黒い爪をきたします。
メラノサイト系の腫瘍でないのに黒い腫瘍はいっぱいあります。「メラノサイトやメラニンが増殖する現象をmelanocyte colonization(転移増殖)と呼びます。これは脂漏性角化症では日常的にみられますが、他にも、基底細胞癌、神経線維腫、汗孔腫、隆起性皮膚線維肉腫、扁平細胞癌などでもみられます」(泉 美貴)。そしてこれらが時としてメラノーマとまぎわらしいケースもあります。

◆上記以外でも、難しそうなケースはいっぱいありそうです。Clark母斑とメラノーマの境界はどうなんだろう、老人性色素斑と悪性黒子の境界はどうなんだろう、臨床像も、ダーモスコピー像も、病理組織像も教本をみても小生には明快に理解できる能力はありません。
いつか、メラノーマのことをまとめて書いてみたいなどと述べましたが、やめました。よく理解していない人が、そのテーマについて書いてまともなことを書けるはずがありませんから。
一般の方がホクロや黒い腫瘤の良悪を判断するのはとても無理です。何か変、心配だったら皮膚科医にみてもらう、それで変だったら更にその道の専門医にみてもらうというのが最もまともな方法かと思います。

参考文献

ダーモスコピーのすべて 皮膚科の新しい診断法 斎田 俊明【編著】南江堂 2012

皮膚疾患のクロノロジー 長期観察で把握する母斑・腫瘍の全体像 大原 國章 著   秀潤社 2012

みき先生の皮膚病理診断ABC (3)メラノサイト系病変 著 泉 美貴 秀潤社 2009