酒さ2015(3)

酒さの最新情報は,前回のJAADの2つの論文に書いてあることに尽きて、それ以外に付け加えることは何もありません、といいたいところですが、なんか日常診療現場での感触とはちょっと違う印象もあります。それには日本の特殊事情があるようです。日本での診療現場での”いろいろな問題”を本邦での酒さ研究の第一人者ともいえる山﨑研志先生の責任編集になるVisual Dermatologyの酒さ特集号を種本にして一寸書いてみました。表題の「酒さ2015(3)」が適当かどうかわかりませんが。 
The 酒皶
酒皶・赤ら顔のベストな対処法を探る
責任編集 山﨑 研志 Visual Dermatology Vol.13 No8, 2014

「欧米や韓国・中国で普通に酒さ治療に用いられる医薬品や医療機器の多くが、残念ながら日本の保険医療制度下では入手・保険適用することができない。・・・医薬品の平行輸入や自費診療での対応を含めて、個々人と場面場面に応じて工夫を行っているのが実情であろう。」と書かれていますが、これ以外にも日本(だけでは無いかもしれませんが)酒さの診断、治療を厄介にしている背景があるようです。

◆酒さの認知度の低さ、診断の難しさ・・・酒さは英国では「The Curse of the Celts(ケルト人の呪い」というニックネームがあるそうで、実際北欧などの色白の白人では人口の10%近くの人が酒さだともいわれるそうです。しかし明確な疫学調査はなされていないそうです。
そして、本邦での調査はさらにはっきりしたものはないようです。アジア人では少ないとされていますが、その頻度は1~23%とまるで統計になっていない数字です。これほどばらつくのは病気への認識度の低さだけでなく、明確な診断基準がないことにもよります。
すなわちどの程度の赤ら顔であれば、酒さとするのか、アトピー性皮膚炎、かぶれ、脂漏性皮膚炎などの他疾患が混じってきていないのかなど難しい問題もあります。またアトピー、化粧かぶれなどの治療にはステロイド剤が使われますが、これによる酒さ様皮膚炎も混在してきます。
 意外とアジア人でも酒さ体質の人は多い、そういう人がかぶれやアトピーなどの湿疹症状を生じた場合にステロイド剤を使うと”ステロイドによる酒さ様皮膚炎”正確には”ステロイドによる酒さの増悪”を起こしてしまうということが起こりえます。酒さがアジア人にも結構多いという認識がないと酒さ様皮膚炎を生じさせてしまうことにもなります。
報告者によっては日本での酒さの5割以上に化粧品かぶれなどの既往があるといいます。

◆日本での酒さ治療の現況・・・日本では酒さの診断基準がなく、治療ガイドラインもありません。また、そもそも酒さに保険適応のある薬剤もありません。保険適応外使用や院内製剤などの自費治療、自己責任による海外からの個人輸入などになります。
ただ、最近は種々の薬剤が手に入りやすくなっている印象を受けます。
外用剤ではアゼライン酸は医科向け製剤として使えますし、メトロニダゾールは院内製剤、あるいは他疾患適応(がん性皮膚潰瘍臭改善薬)ですがROZEXとして国内でも発売されました。アドレナリンα2受容体作動薬のブリモニジンは点眼薬として日本でも緑内障の治療に使われています。薬はあるけれど、保険適応薬として酒さには使えない、もどかしい感じもします。
JAMAの論文で紹介されていて、FDAでも認可、推奨されている外用剤などは個人の責任で輸入品を紹介してあるサイトもありますが、あくまで個人使用で、医師の処方はできません。ここには紹介しませんが、インターネットサイトで調べれば出てくると思います。
ただ日本の利点として、本邦での独特な治療として漢方薬があります。明確なエビデンスがあるわけではないですが、それぞれの専門家が工夫して一定の効果を上げているようです。

◆漢方療法
酒さは漢方医学的には「瘀血」、血流の停滞がベースにあると考えられます。
それで、一般に駆瘀血剤の桂枝茯苓丸を基本とします。のぼせて便秘気味の人では桃核烝気湯が使われます。顔面の中央部の赤みが強く、更年期で冷え性などがあれば加味逍遥散も有用とされます。
丘疹、膿疱型の場合はニキビに準じた治療法が行われます。すなわち荊芥連翹湯や十味敗毒湯などの清熱解毒剤が使われます。漢方療法は一定のエビデンスが無いために医師によって使用薬剤がかなり異なっています。しかしながら症例を選べばかなりの効果を上げているようです。

◆酒さの鑑別疾患
病名を羅列しても、一般の方になじみのない疾患もありあまり意味はないかもしれませんが、事ほど左様に様々な疾患が似たような症状を示すことがあり、酒さはそれを除外してはじめて診断できる(簡単そうで診断が難しく、ピットホールがある)ことが判ると思います。
・アトピー性皮膚炎・・・酒さも病変部のバリア障害のため乾燥症状はありますが、アトピー性皮膚炎のように全身性の乾燥症状はありません。顔以外の皮疹の変化、病歴が参考に。
・脂漏性皮膚炎・・・鼻翼から頬部に紅斑をみることで似た症状を呈することもあり、酒さが二次的に乾燥症状を呈すると表面がかさかさしてきてさらに臨床症状も似ることはあります。また両者の合併例もあるとのことです。しかし、基本的には脂漏性皮膚炎は表面に鱗屑をつけた表皮病変であるのに対し、酒さは真皮の病変なので鱗屑をつけません。また他の脂漏部位(頭皮、耳、腋窩、股など)の皮疹の有無も参考になります。
・酒さ様皮膚炎・・・ステロイド剤や、タクロリムス(プロトピック)の使用暦、中止による一時的悪化を経て、長期的には軽快することが特徴です。口囲皮膚炎も広い意味でこの範疇に入ります(小児の場合は舌なめずり、いじることなど)。
・尋常性ざ瘡・・・ニキビのことですが、両者とも紅斑、丘疹、膿胞を伴うために似た症状を呈します。一番の違いはニキビでは面皰(白ニキビ、黒ニキビ)を伴うことです。毛細血管拡張や眼球結膜の充血をみれば酒さを考えます。
・光線過敏症・・・光接触皮膚炎と、薬剤性光線過敏症(アレルギー性、一次刺激性)、ごく稀に体質的(遺伝性)光線過敏症があります。化粧品類、また日焼け止めクリームなどによる光線過敏もあることは知っておく必要性があります。(薬剤性は以前の当ブログをご参照下さい。)
・接触皮膚炎・・・実は一番鑑別の厄介なものかもしれません。急性の発症で痒みがあり、基本の病変は表皮の多様性のある皮疹(紅斑、丘疹、水疱、鱗屑など)で真皮病変の酒さとは異なるのですが、原因がパッチテストなどで特定できないと、長期のステロイド剤の使用となり酒さ様皮膚炎を生じ更に鑑別が難しくなってきます。
・顔面播種状粟粒性狼瘡(lupus miliaris disseminatus faciei:LMDF)・・・ニキビに似た紅色丘疹、膿胞を多発する疾患ですが、一番の違いは眼瞼周囲にも生じることです。軽い瘢痕を残して治癒します。硝子板で丘疹を圧迫すると黄色のゼリー状物質が透見されます。以前は病理組織で類上皮細胞肉芽腫がみられるので結核疹とされていましたが、近年は酒さ性ざ瘡の一亜型と考えられています。
・膠原病・・・エリテマトーデスでは蝶形紅斑がみられますし、皮膚筋炎でも顔面の紅斑がみられますが、その他の皮膚所見や全身症状や検査所見などで鑑別されます。
・好酸球性膿胞性毛包炎(eosinophilic pustular folliculitis:EFP)・・・丘疹、膿胞、紅斑がみられますが、環状になりやすいこと、痒いこと、インドメサシン内服が著効することなどで鑑別します。確定診断は毛包脂腺に好酸球の浸潤をみることによってなされます。
・サルコイドーシス・・・丘疹型のタイプでは区別が難しい時もあります。眼の所見、X線所見、ACEなどの検査所見で鑑別します。
       (谷岡 未樹 酒さの鑑別診断 J Visual Dermatol 13:858,2014 参照)

◆酒さのスキンケア
酒さの皮疹部では特に頬の内側で経表皮水分喪失(TEWL)の高値、角質水分量の低下がありますが、前腕など他の部位では正常でアトピー性皮膚炎などの全身性のバリア障害はありません。炎症に伴った二次性のものと考えられます。それに紫外線や刺激物質に対する易刺激性があります。このために敏感肌用のスキンケア製品が必要です。特別酒さ様の製品はないのでアトピー性皮膚炎用のものが推奨されます。
メイクを施す女性では夜の洗顔時にはクレンジング料でメイクを落としますが、皮膚が乾燥しにくいクリームタイプを使用するのが良いそうです。その後泡立てるように洗顔料で洗顔しますが、肌を摩擦しないように注意します。紫外線は増悪因子であるので、傘などとともにサンスクリーン剤を使用しますが、日常生活ではSPF25~30, PA+++程度のものを使用します。SPFが高すぎるものでは光吸収物質などによる感作もありえますので注意を要します。
緑色、黄色味のあるサンスクリーン剤は赤みをカバーするのに有用です。カモフラージュのためにファンデーションを厚塗りするとメイク落としの時の刺激が問題になるので注意を要します。
      (菊池 克子 酒さのスキンケア J Visual Dermatol 13:863,2014 参照)

◆タクロリムスの功罪
FDAでもオフラベルながら、米国ではタクロリムスの酒さへの効果が述べられています。特集号でも酒さ、酒さ様皮膚炎の治療に用いて有効であったとする報告がある一方、却って悪化した、誘発したとする報告も少なからずあります。
統計的な結論ではないものの、中年の女性で赤ら顔の人に数ヶ月以上タクロリムスを連用すると酒さを誘発し易いようです。また毛包虫の関与するケースも多いとのことです。
近年はアトピー性皮膚炎の治療として、タクロリムス軟膏によるプロアクティブ療法が提唱され減量しながらも長期に外用を継続することが推奨されています。しかし、それによる酒さ様皮膚炎の多発はみられないようです。”酒さ様体質”の人に長期連用するのが問題のようです。
すなわち、これらの人では短期間の使用でとどめておいたほうが無難なようです。

◆アゼライン酸と過酸化ベンゾイル
アゼライン酸はカリクレイン5を阻害して酒さに効くという理論も確立されてきました。日本でも20%製剤が医科向けに発売され主にニキビ治療に用いられています。これは長期連用しても耐性菌の報告がないので安心ですが、刺激感があることがあります。また丘疹、膿胞には有効なものの、紅斑への効果はないとされていますので過度な期待はせず、補助的なものと捕らえたほうがよいようです。
過酸化ベンゾイルは欧米ではニキビに標準的な薬剤としてよく用いられ、最近日本でもやっと発売されました。(ベピオゲル)
酒さもニキビと一見似ている病像ですが、酒さに対する過酸化ベンゾイルの効果はよくわかっていません。刺激のある薬剤ですのでむやみに使用すべきではないとされます。
              (林 伸和 J Visual Dermatol 13:882,2014 参照)