分子標的薬の皮膚障害ー補遺

分子標的薬による皮膚障害は先に述べたEGFR阻害薬によるざ瘡様皮疹、脂漏性皮膚炎、乾皮症・皮脂欠乏性皮膚炎、爪囲炎・陥入爪と、マルチキナーゼ阻害薬による手足症候群が代表的なものです。
しかし、その他にも様々な皮膚障害、薬疹も生じえます。その他として一括りにはできませんが、一寸追加してまとめてみます。

◎毛髪障害・・・多くの薬剤で脱毛、縮毛がみられます。睫毛が束になって伸び硬くなって反り返ったりすることで、結膜炎、角膜炎を生じる場合もあります。女性では顔面、口囲の多毛の報告もあります。皮膚の色素脱失とともに、白毛になることもあります。基底細胞癌に対して使用されるVismodegibでは時に高度な脱毛になることがあります。薬剤を中止すると元に戻ります。
◎光線過敏・・・EGFR阻害薬、マルチキナーゼ阻害薬、メラノーマに使われるVemurafenib,Dabrafenibなどで報告があります。厳重な遮光、日焼け止めが推奨されています。
◎浮腫・・・c-KIT, BCR-ABL阻害薬のImatinib(グリベック)に顔面浮腫、移動性の紅斑などがみられることがあります。グリベックは慢性骨髄性白血病や消化管間質腫瘍などに使われ飛躍的な治療効果をあげています。Sunitinib(スーテント)でも顔面浮腫の報告があります。
◎創傷治癒遅延・・・血管新生を抑制する分子標的薬では傷が治りにくく、粘膜出血がでる傾向があります。手術創の離開や創感染、術後出血などの合併症につながることがあります。創傷の治癒過程では炎症反応期、増殖期をへて安定していきますが、、増殖期には線維芽細胞の働きとともに、VEGF(vascular endothelial growth factor)血管内皮細胞増殖因子による血管新生も必要になります。抗VEGFモノクローナル抗体であるBevacizumab(アバスチン)やVEGF受容体のチロシンキナーゼ活性阻害作用を持つSorafenib(ネクサバール)やSunitinib(スーテント)などでみられます。
◎粘膜症状・・・EGFR阻害薬、VEGF阻害薬などで粘膜のびらん、出血、口内炎、潰瘍などがみられることがあります。目や陰部にも炎症症状をみることがあります。
◎色素異常・・・色素増強や色素脱失、白毛などがみられることがあります。これは血小板由来成長因子受容体PDGFRやc-KITに対する阻害作用によるとされます。
◎薬疹・・・全身性の発疹、紅斑や紅色丘疹が多発する型の薬疹も頻度は少ないものの報告があります。ごくまれではありますが、Stevens-Johnson症候群やTEN型薬疹、DIHSなどの重症型の薬疹の報告もみられます。
モガムリズマブは本邦で開発されたヒト化抗CCR4モノクローナル抗体製剤で、2012年から再発または難治性のCCR4陽性の成人T細胞白血病リンパ腫に対して認可されました。 良好な治療成績の報告の一方で高い頻度で全身性の発疹の報告があります。投与回数が多い程発生頻度が高くなる傾向があるそうです。治療はそのGrade によって投与を続けながらステロイド剤などで治療するか投与を中止して全身性の治療を行うか慎重な判断が必要です。

皮膚科関係では、今後メラノーマ、有棘細胞癌、基底細胞癌などへの分子標的薬が本邦でも本格的に使われるようになれば様々な皮膚障害も問題になるかと思われますが、まだその使用は始まったばかりのようです。欧米ではすでに多く使われ、様々な皮膚障害も報告されていますが割愛します。

参考文献

松浦 浩徳:分子標的治療薬の皮膚症状とその対処法. 皮膚科の臨床52(3);289~296,2010

分子標的薬皮膚障害対策マニュアル2011 第62回日本皮膚科学会中部支部学術大会 三重大学医学部附属病院 皮膚科・薬剤部 発行

がん分子標的療法 ハンドブック 小松嘉人 編  ヴァン メディカル 2013

米倉健太郎:分子標的薬の新たな皮膚障害. 日皮会誌:124(13),3093-3095,2014

Macdonald JB et al. Cutaneous adverse effects of targeted therapies. Part I: Inhibitors of the cellular membrane. J Am Acad Dermatol. 2015;72:203-218.

Macdonald JB et al. Cutaneous adverse effects of targeted therapies. Part II: Inhibitors of intracellular molecular signaling pathways. J Am Acad Dermatol. 2015;72:221-236.