NHKスペシャル「新アレルギー治療~鍵を握る免疫細胞~」より

4月5日(日)のNHKスペシャル「新アレルギー治療~鍵を握る免疫細胞~」を興味深くみました。
近年増えてきたアレルギー、国民病とも言われる花粉症、食物・動物アレルギーを根本的に治す鍵を握る”Tレグ”とよばれる免疫細胞を中心として、最先端の研究に迫るというものでした。
最近の報道は進んでいて、一般の皮膚科の教科書にものっていないような情報も多くみられます。
今回の放送は、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーなど、皮膚科に直接かかわる話題であり、また制御性T細胞(regulatory T cell: T-reg)の発見者である坂口先生が出演するなど興味をそそられるものでした。
坂口先生と大隅先生がノーベル賞にも近いといわれるガードナー国際賞を受賞したこともこの放送の契機になったのでしょうか。

アレルギー性の病気、自己免疫病などの病気は、自分の体を攻撃する「自己反応性T細胞」と「制御性T細胞」の両者のバランスの上に立っているそうです。T-regは自己攻撃性の細胞を押さえ込み、アレルギー反応を起こさないように働きます。
アメリカで近代文明に背き自給自足など独特の生活習慣をもつアーミッシュの人々ではTレグが多く、アレルギーが少ないそうです。家畜が出す細菌などを子どもの頃吸い込むことによってTレグが反応性に多くなると考えられているそうです。これは生後3歳頃までで、この時期きれいすぎると免疫系が刺激を受けなくなるそうです。
(そういえば視点は違うかもしれませんが、元東京医科歯科大学の藤田紘一郎先生は、きれいな社会の落とし穴として、回虫などを持つきたない生活のほうがアトピーやスギ花粉症は少ないという説を力説されていました)
番組の中から、皮膚科に関係のあるアトピー性皮膚炎、食物アレルギーの話題を。
2000年の米国小児科学会のガイドラインでは妊娠、授乳中は卵、ナッツは避けて、乳製品は1歳から、卵は2歳から、ナッツは3歳から食べるように指導していました。
ところが、2008年には食品を避けることによってアレルギーを予防する証拠はない、と発表したそうです。
2015年2月に衝撃的な研究結果が発表されました。アレルギーの世界的な権威といわれるロンドン大学のギデオン・ラックという教授の報告です。
生後6ヶ月から11ヶ月の赤ちゃん300人を2つのグループにわけて、一方には週3回以上ピーナッツを食べる、もう一方のグループではピーナッツを避けて食べないように指示しました。
そして、4年後5歳時でのピーナッツアレルギーの発症頻度を比べました。なんと、ピーナッツを食べたグループの発症率は3.2%だったのに対して、食べなかったグループでは17.3%と高い発症率でした。
マウスの動物実験でピーナッツを食べさせたマウスではTレグ細胞が大幅に増えていることが実証されました。これは、定期的に食物タンパク質(ピーナッツ)に晒されていると攻撃細胞も増えるけれど、それに対してピーナッツ専門のTレグも増えるということです。
但し、NHKでも繰り返し、注意していましたが、これは未だ赤ちゃんがアレルギーを発症していないケースでの話で、離乳食は色々な食物を食べてよい、ただし食べて何か変ならばすぐに医師に相談すること、です。すでに発症した人は専門医師に相談すべきです。
それでは、ピーナッツアレルギーのきっかけは何か? ロンドン在住の乳児湿疹の男児のケースが紹介されていました。その子は8ヶ月の頃湿疹のスキンケアのためにピーナッツオイルを使い始めました。そして3歳頃にピーナッツアレルギーを発症してしまいました。皮膚からのアレルギーの成立が考えられました(経皮感作)。
アトピー性皮膚炎では最近バリア機能障害ということが科学的にも証明されてきました。(全てではありませんがフィラグリン遺伝子という魚鱗癬などの角化異常症で変異を示す遺伝子の異常が明らかになってきました。) 皮膚の小さな傷がずっと続いていると、そこから食物成分などが異物として体内に取り込まれます。皮膚には樹状細胞というものがあり、それが手を伸ばすようにヒトデのように広がりこれらを異物として認識し、攻撃細胞に伝達、増加します。Tレグの抑制範囲を超えた臨戦状態が続くことになります。(最近は3Dイメージングでこれらの免疫細胞間の動的な動きをビデオでみることができます。)
では、なぜ皮膚からはアレルギー(経皮感作)になり、口から腸では免疫抑制的(経口免疫寛容)になるのか、は次のように考えられています。
腸管は本来いろいろな異物が侵入してくる場所なので、Tレグ細胞が多く存在して、免疫の関所として機能しています。しかし、皮膚の傷は本来のものではない、異常事態なので、侵入してきたものを外敵と認識して炎症反応を起こすからのようです。
皮膚の炎症はなるべく早期に治して、長引かせないのがアトピーを重症化させないこつだそうです。長いこと、アレルギー物質に晒されていると治りにくく重症化することもわかってきています。それで最近は乳児期からの保湿などの早期介入による皮膚バリアの保護の重要性がいわれてきています。
それではTレグを人為的に増やしてアレルギーをコントロールできるか?
実はその試みも始まっているとのことです。
ご存知の方も多いと思いますが、スギ花粉症に対する舌下免疫療法というものがあります。少量の花粉エキスを定期的に体内に取り入れて徐々に花粉に慣れさせ、Tレグを増やしていこうというものです。千葉大学耳鼻科での研究内容が紹介されていましたが、7割の人には効果があるとのことでした。
更に新たな試みが紹介されていました。つくば市の農業生物資源研究所で作成された特別なお米を1日1回食べるだけで花粉症が改善されるというものです。
花粉の中からアレルギーをおこす成分を取り除き、それをお米の中に導入して、徐々に花粉に慣れさせるものです。この方法で長年の重症の花粉症が軽快した人が紹介されていました。
今後はスギだけでなく、他のアレルギー物質の導入も検討されているということです。

ただ、先にも一寸書きましたが、食物アレルギーに対する経皮感作、経口免疫寛容は動物実験ではかなり研究が進んできましたが、こと人に対する治療手段としては専門家の中でも賛否両論があるようです。経口免疫療法を積極的に勧めるという意見からすべきではないという意見まであります。一番の問題はすでに発症している食物アレルギーの治療で間違ってアナフィラキシーを誘発してはいけない、ということでしょう。
実際の患者さんは自己判断すべきではなく、専門家に診断、判断をゆだねるのが肝要です。

今回の放送でも明らかなように、アトピー性皮膚炎に対しては、皮膚のバリアを壊すことなく、保湿剤などで保護することが重要ですし、炎症がひどく燃え盛らないうちに湿疹を治す、ということが大切です。
最近、アトピー性皮膚炎については、バリア障害をきたす遺伝子群の異常や、アレルギー関連の遺伝子の異常とともに環境要因の関与も続々とみつかってきていると聞きます。それに伴って治療方法、対処方法もより科学的に客観的に解ってくるよう期待がもてそうです。