黒い爪をみたら

千葉市医師会講演会での大原國章先生の講演の要旨です。
黒い爪をみたら、次の5つの疾患を考える必要があります。
1)悪性黒色腫(Malignant Melanoma: MM)
2)爪甲色素線条
3)Bowen病
4)血腫
5)感染症
中でも一番見落としてはいけないのが、悪性腫瘍なかんずく悪性黒色腫(MM)であることはいうまでもありません。それを中心に述べます。
1)MMはメラノサイト(色素細胞)の癌で、皮膚だけではなく、粘膜にも爪にもできます。それ以外の部位にも体中に色素細胞は存在します。脳軟膜、眼(脈絡膜や結膜)、消化管、肺にも生じ得ます。
その病型は次の4型に分類されています。
◆結節型黒色腫(nodular melanoma)・・・結節性の隆起病変としてみられ、周囲に色素斑を伴いません。厳密には真皮内病変から側方へ広がる表皮内病変は、側方表皮突起の3つ以内に留まるものとされていて、これに当てはまる例はほんのわずかです。大部分は側方進展の少ないALMかSSMです。
◆末端黒子型黒色腫(acral lentiginous melanoma: ALM)・・・身体の末端、とくに足底に生じるMMのことです。臨床、病理的に”ほくろ”に似ていることから命名されましたが、黒子という言葉自体が個々人によって受け取り方が異なるために曖昧さが残ります。斑状局面として発症し(in situ melanoma)色むらを有し、大きく不規則になって、次第に浸潤性になっていきます。日光の刺激が関与しないこと、局所的に多発する傾向があることなどが、他の型と異なります。
◆表在拡大型黒色腫(superficial spreading melanoma: SSM)・・・色素斑として発症し、結節に進行するタイプですが、発症年齢がやや若く、躯幹、下肢に多く、部分消退する点が他のものと異なります。
◆悪性黒子型黒色腫(lentigo maligna melanoma: LMM)・・・高齢者の露光部、特に顔面によくできる色素斑で、長いシミのin situの時期を経て、浸潤癌となっていきます。発症の早期は小さなシミなので、老人性色素斑と紛らわしく、レーザー治療などを受けるケースもあります。まだらで、色調にも青みや灰色など多彩なのが老人性色素斑と違うところです。
◇爪の母斑、黒子
病理学的に定義すれば、母斑細胞の存在するものを、母斑(nevus)といい、単にメラニン色素沈着したものを黒子(lentigo)とよびますが、実際は爪は簡単に生検できないために、見た目では褐色~黒色の色調で境界明瞭なものが母斑、灰色調でややぼんやりしたものが黒子と考えればよいと思います。
◆爪のメラノーマ(MM)
本題の爪のMMですが、中年に多いですが、20代、30代の若年者にもみられます。男女の性差は無し、手:足=2:1です。拇指、拇趾に好発します。
当初は1本の色素線条として始まり、次第に帯状に拡大するとともに、櫛の目のように複数の筋を生じさらに、爪全体が灰色~黒色の色素沈着をきたします。
線条の色の濃さは必ずしも良悪の決め手にはならず、メラノーマでも薄いものもあります。
むしろ、1本の色素線条の幅や色の変化(幅が不整で輪郭がぼんやりしている、根本で太く先で細くなる、逆に太くなる、途中で断絶している、色調に濃淡がある)、爪が縦に割れている、などの変化がMMを疑わせる所見です。
爪周囲の皮膚にも色素沈着(Hutchinson’s sign)がみられることがあります。
爪下皮(爪の先端の皮膚)27%、後爪郭10%、複合(前後、または側爪郭など)63%とういう割合だったそうです。(大原先生の70例の内訳)ただ、色素の染み出しがあるといかにも浸潤癌のようで、後に述べるように指切断などの治療がなされてきた歴史がありますが、かならずしも深部にまで浸潤しているというサインではないそうです。
櫛の目様、バーコード様の線条で、大小の幅があり、それぞれに色の濃淡があっても、1本1本が直線で線条同士の間隔が一定であれば、良性と考えます。一方、背景がぼんやりしたり、個々の線条が一定、整でないものはメラノーマを疑います。
指の色素斑は対側の同指と比較すると爪甲の背景の色の違いがはっきりとして黒色部分だけでなく、その周囲の微妙な色調の違い、広がりも見分けがつき易いとのことです。病側の爪のバックグラウンドのかすかな灰色、赤茶色の変化も見られることがあります。
幼小児の色素線条は、爪そのものの写真だけをみると非常にメラノーマに似ています。むしろメラノーマの像と区別がつかないこともあるそうです。写真だけ見せられると、メラノーマとしかいいようがないものもあります。7,8歳くらいまでの発症ならば、拡大、濃色化してもいずれプラトーに達して自然消滅していくそうです。当日、8歳で発症、14歳では爪全体が真っ黒くなるまで拡大、25歳でほぼ消退してきた例をみせてもらいましたが、よほどの自信と信頼関係がないととてもこういう対応はできないと思ってしまいました。(クロノロジーでは1歳から19歳までみて、やっと薄くなった爪の写真がありました。10歳頃の爪は真っ黒です。ちなみにこのような症例を海外で発表するととても驚かれるそうです。自分たちの国ではこんなに長く通院してくれない、日本の患者は忍耐強い、医師との関係性が素晴らしい、とのことです。大原先生なればのことなのでしょう。
また、別の症例では、17歳の頃、右中指に細い褐色線条ができたのが徐々に拡大し、49歳時は幅6mmとなり、53歳時、大原先生の初診時は幅8mmの黒褐色で爪のおよそ半分が真っ黒です。ただ、染み出し、爪甲の変形はなく、黒色斑より5mm離して骨膜直上で爪組織を全切除し、足底からの分層植皮で被覆したとのことです。視診通りにin situのメラノーマでした。(末節骨は骨膜がなくても遊離植皮は生着することがわかっているので現在は骨膜も切除するそうです。)
このような緩徐に進むケースでは患者さんが20-30代で受診したら、悪性と診断するのは困難だったろうとのことです。
「本例の観察からわかることは、爪の黒色腫の進展は年余にわたる緩徐なものである。良・悪の診断に迷うときは経過観察も許される。早期病変の外科治療は保存的でよいということです。黒色腫といえども、病理学的にin situの症例では、小範囲切除で完全治癒を望めます。切断などの不必要な過大な手術は行うべきではありません。」
このように、10代のメラノーマの発症例もあり、その後の発症は要注意です。就学以前の爪色素線条は特別なもののようです。当然判断のむずかしい例もあり、大原先生も「その場合には生検して病理を確かめるか、厳重かつ定期的に(半年とか1年ごととかに)経過を観察するべきです。」と述べています。
ただ、小さな生検では悪性の診断が困難だったり、大きければ爪に傷跡が残ります。
爪メラノーマの病変がどの程度進展していくか、大原先生の統計ではin situ(表皮内)病変57%、表皮より下方に浸潤したもの32%、骨まで浸潤したもの10%ということでした。先生の施設は他院からの紹介が多いために一般よりも進行したケースが多いとのことです。
浸潤の深さの判断は意外と難しいそうです。べっとりと黒いシミが爪囲に広がっていても、色素斑だけであればほぼin situ(表皮内)病変のことが多いそうです。逆に骨へのわずかな細胞浸潤だけだと、CTやMRIやX線などの画像診断でもはっきり判らないそうです。
浸潤が骨まで達していたら指は切断しますが、末節で切除するよりも中手骨の1/3位の部分で切除したほうが、見栄えも、機能的にも良いそうです。QOLを考えれば、膝下、肘下の切断は良くないそうです。
良性の色素線条を長期間観察していくしかないかというと、レーザー治療が良い適応になるそうです。ただし、初期のin situ melanomaと区別のつかないような色素線条に対しても適応になるのか否かについては、今後の検討事項とのことです。
◆爪のBowen病
爪にもBowen病ができることがあります。爪の側縁に色素線条がみられ一見メラノーマ様です。しかし、側爪郭にささくれや疣状のざらざらした角化病変を伴うことが特徴です。基本的にメラノサイトの病変ではなく、表皮角化細胞の癌化ですので爪床に角化、疣、たこ様の変化がみられます。指先から爪の下を覗くと角化性の変化が見られます。爪が下から押し上げられて、爪甲剥離をきたすこともあります。
◇爪甲下出血
急に出現することが、メラノーマや色素線条との違いです。爪白癬などで爪が厚くなり靴などの外力で微小出血ができたりします。黒い爪が出血かどうかは、その部分を削り、潜血反応をみるテープで調べることができます。
ただし、注意すべきは、これは出血があるかどうかを調べているのであって、その元の病変を判断しているのではないということです。極端な場合は元にメラノーマがあって、そこから出血しているケースもありえますので、根本の病変を見逃さないことが肝要です。
◇感染症
緑色爪は緑膿菌による爪の感染症ですが、カンジダ菌の混合感染もあります。この場合も爪は緑色から黒っぽい色に変わります。当然適切な感染症に対する治療を行えば治癒していきます。

参考文献

1)大原 國章.メラノーマのすべて(1)病型・臨床型 Visual Dermatology Vol.13 No.9 2014

2)大原 國章.メラノーマのすべて(2) Visual Dermatology Vol .14 No3 2015

3)大原 國章.皮膚疾患のクロノロジー 秀潤社 2012