EGFR阻害薬の皮膚症状

分子標的治療薬の種類は多く皮膚症状も多彩ですが、代表的なものはEGFR阻害薬によるものです。
まず、それについて記載してみたいと思います。
【EGFR阻害薬】
上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor:EGFR)は多くの悪性腫瘍で過剰に発現しています。EGFRは細胞膜貫通分子であり細胞外成分と細胞内成分から成りますが、受容体の細胞内のドメインがチロシンキナーゼ自身である場合が多いそうです。
EGFやTGF-alphaなどの増殖因子がEGFR細胞外ドメインに結合すると二量体を形成して細胞内のチロシンキナーゼATP結合部位にATPが結合し、自己リン酸化が起こり癌増殖シグナルが細胞核へと伝えられ、癌細胞の増殖が起こります。
低分子のチロシンキナーゼ阻害薬は細胞内のチロシンキナーゼ触媒領域のATPポケットに入り込んでキナーゼ活性を阻害します。一方高分子の抗体医薬は細胞内に入り込めず、細胞外からEGFRの働きを阻害します。作用点は各薬剤で異なるものの、このグループはEGFR受容体からのシグナル伝達を標的としているという点においてはほぼ共通の作用を持っているといえます。従って、皮膚障害も同様なものがみられます。
皮膚ではEGFRは表皮基底層その上層、皮脂腺、汗腺などの付属器に多く発現しているためにそのシグナル伝達が阻害されると、それらの関連部位、器官の障害が生じるとされます。代表的なものはざ瘡様皮疹、脂漏性皮膚炎、乾皮症、皮膚乾燥症、爪囲炎、陥入爪などです。その他に毛髪の変化、色素異常などもあります。放射線療法を受けた部位は付属器が`drop-out`するために症状が避けられます。
現在、日本で使われているものには以下の薬剤があります。
イレッサ(gefitinib)・・・非小細胞肺癌
タルセバ(erlotinib)・・・・非小細胞肺癌
タイケルブ(lapatinib)・・・乳癌 (EGFR and HER2 dual kinase inhibitor)
アービタックス(cetuximab)・・・大腸癌
ベクティビックス(panitumumab)・・・大腸癌
【皮膚障害】
1.ざ瘡様皮疹
顔面のみならず、頭部、躯幹の特に脂漏部位にざ瘡様の発疹がみられます。毛孔一致性の紅色丘疹ですが、個疹が大型で痛みや灼熱感を伴うこと、痒みを伴うこと、面皰を作らないことなどが通常の‘ニキビ‘とは異なります。それで、米国では丘疹膿疱性皮疹(papulopustular eruption)とよんで‘ざ瘡様‘と区別しているようです。軽症の場合は落屑と紅斑のみの脂漏性皮膚炎様の症状を呈しますが、重症になるとケロイド形成、色素沈着にいたります。
通常分子標的薬使用後数日内に出現し始め、1~2週間でピークに達します。
重症度:
Grade1:体表面積の10%以下を占める紅色丘疹、膿疱。
Grade2:体表面積の10%~30%を占める紅色丘疹、膿疱で社会心理学的な影響を伴う。
Grade3:体表面積の30%以上を占める紅色丘疹、膿疱で日常生活動作の制限、経口抗菌薬を要する。
Grade4:体表面積の30%以上を占める紅色丘疹、膿疱で日常生活動作の制限、静注抗菌薬を要する広範囲の二次感染。
2.乾皮症、皮膚そう痒症
EGFR阻害薬によって、エックリン汗腺や脂腺が障害され、発汗機能、皮膚バリア機能が低下するために乾燥肌が起きてきます。約1/3の人に用量依存性に生じるとされます。1~3ヶ月後に四肢に多く生じます。手足に亀裂を生じると強い疼痛を伴います。
重症度:
Grade1:体表面積の10%以下を占めるが、痒みや紅斑は伴わない。
Grade2:体表面積の10%~30%を占める乾皮症で、痒みや紅斑を伴う。手足の亀裂を伴う。
Grade3:体表面積の30%以上を占める乾皮症で、痒みや紅斑を伴う。手足の亀裂が高度で日常生活に支障をきたす。
3.爪囲炎、陥入爪
EGRF阻害薬によって、すべての爪の部位が障害を受けます。爪囲炎は特に爪母への障害、角化異常による爪甲の軟化、爪郭の皮膚に生じる微小な傷が原因になっていると考えられています。基本的には無菌性ですが、二次的に細菌感染、真菌感染を伴うこともあります。通常投与2ヶ月後より生じてきます。
重症度:
Grade1:軽度の発赤、腫脹。
Grade2:発赤、腫脹によって痛みを生じる、爪の陥入に伴い肉芽形成も認める。
Grade3:発赤、腫脹によって強い痛みを生じ、高度な肉芽形成を認め日常生活に支障をきたす。
4.その他の症状
毛の変化が生じます。毛髪は成長が遅くなり、脱毛、縮毛などを生じます。睫毛は長く硬くなり縮毛となり眼に入り込み結膜炎、角膜炎を起こします。眉毛も長く伸びてきます。白毛の報告もあります。
時に光線過敏症、その後の色素沈着をみることがあります。特に色黒の人では顕著になり易いです。

参考文献

清原 祥夫:分子標的治療薬による皮膚障害.皮膚疾患最新の治療. 編集 瀧川 雅浩 渡辺 晋一 南江堂 2013-2014 pp25-29

大槻マミ太郎:分子標的薬の基礎知識. 皮膚科の臨床52(3);275~287,2010

松浦 浩徳:分子標的治療薬の皮膚症状とその対処法.皮膚科の臨床52(3);289~296,2010

磯田 憲一:分子標的薬皮膚障害対策2014.WHAT’S NEW in皮膚科2014-2015-Dermatology Year Book. 宮地 良樹 編 メディカルビュー社,2014 pp86-87

分子標的薬皮膚障害対策マニュアル2011 第62回日本皮膚科学会中部支部学術大会 三重大学医学部附属病院 皮膚科・薬剤部 発行

Macdonald et al. Cutaneous adverse effects of targeted therapies. Part 1: Inhibitors of the cellular membrane. J Am Acad Dermatol. 2015;72:203-218.