分子標的薬とは

分子標的薬とは、と大上段に構えた表題を書きましたが、そこですでに躓いてしまいました。教本を読んでみても膨大すぎて何だかよく解らない、これって全部の悪性腫瘍の話でしょう。普段癌患者なんか診ない小生には無理です。それだけかと思っていたら、自己免疫疾患などにも、更にはアルツハイマー病などの脳神経疾患にも、生活習慣病にも使われるのだとか。
しかも、分子標的薬の種類も低分子のキナーゼ阻害薬、高分子のモノクローナル抗体医薬に分けられるそうです。
それだけでも一杯一杯なのに、更に核酸医薬とかいうものがあって、アンチセンスやsiRNA(small interfering RNA)など遺伝子発現の最上流を操作する医薬も将来は有望視されているのだそうです。
これはまさに現代医学の本丸みたいな領域で、何にも知らないでのこのこと宮殿の王様に会いに行ったようなものです。
すごすごと引き返してきました。
ただ、これだけ公言して何も書かないのも癪なので、知ったかぶりのことを調べてごく大まかなことを書いてみます。

分子標的薬がこれ程隆盛を極めてきたのは細胞の増殖や、機能を司るシグナル伝達系の分子が次々と明らかになってきたからだそうです。そして分子生物学の基礎研究成果がすぐさま治療に応用されるように(トランスレーショナルリサーチ)なってきました。各製薬会社が研究開発に凌ぎを削っている分野です。下世話な言い方をすれば一山当てれば莫大な利益が転がり込む分野です。(乾癬やリウマチ疾患における生物学的製剤の開発のスピードと世界のトップ製薬メーカーの寡占状態は以前ちょっと書きました。)

従来の抗癌剤と分子標的薬との違いは、大雑把にいうと、従来の抗癌剤はDNAやRNAなどに働き、生きた細胞を無差別的に殺す(細胞毒)のに対して、分子標的薬はピンポイントで癌の増殖、分化、アポトーシスなどに関わる標的分子に作用して抗癌効果を発揮するという点です。
近年癌細胞のシグナル伝達経路が明らかになってきて、この流れは更に加速されるようです。近い将来には抗癌剤の7割以上を分子標的薬が占めるそうです。

分子標的薬は大きく、低分子のキナーゼ阻害薬と高分子の抗体医薬を中心とする生物学的製剤に分けられます。これらの分類、関係は複雑ですが、分かり易い図がありましたので拝借しました(図1)。この図の中で核酸医薬は将来有望な分野だそうですが、現在はまだその途上にあるそうなので割愛します。
低分子化合物、生物学的製剤についてその特徴は次のようです。

・・・・・・低分子化合物 ・・・・・・生物学的製剤
……………………………………………………………………
分子量—————–低分子————————高分子
標的分子—————細胞内分子———————細胞膜表面や細胞外分子
剤型——————-経口薬など———————注射薬
特異性—————–やや低い———————–高い
コスト—————–比較的安価———————高価
量産——————有機合成で容易——————細胞培養などを要し困難
命名—————— -nib,-tinib —————— -mab, -cept

なお、各薬剤の一般名は、ゲフィニチブ(イレッサ)、エルロチニブ(タルセバ)、セツキシマブ(アービタックス)、ソラフェニブ(ネクサバール)などと舌をかみそうな複雑な名前ですが、この語尾には一定の意味、法則があるそうです。覚えておくと便利、何かの役に立つかもしれません。
キナーゼ阻害薬は kinase inhibitor ⇒ -nib (ニブ)
チロシンキナーゼ阻害剤は tyrosine kinase inhibitor ⇒ -tinib (チニブ)
高分子モノクローナル抗体は monoclonal antibody ⇒ -mab (マブ)
受容体型融合蛋白は受容体(receptor)から一部をとって ⇒ -cept (セプト)
このように語尾をみることで、その薬剤の大よその分類が判る仕組みになっています。
さらに、モノクローナル抗体は抗体の可変(V)領域がマウス由来のキメラ抗体の場合は-ximab、ヒト型化されたものは-zumab、完全ヒト型化されたものは-umabと命名されます。
ちなみに乾癬でおなじみのInfliximab(レミケード), Adalimumab(ヒュミラ), Ustekinumab(ステラーラ)もこの法則に従っています。

この錯綜する分子標的薬の癌細胞に対するターゲットがどこか、どういうシグナル伝達経路のどの部分に作用しているのかなど、本をみてもほとんど理解できません。
教本に書いてあることの項目を上げてみました。これらのどこかに単独に、あるいは同時にいろいろな標的に効いて、抗がん作用を発揮するということです。

1)腫瘍そのものをターゲットにする薬剤(図2を参照)
・腫瘍細胞に直接作用して細胞死を誘導する・・・キナーゼ阻害剤
・腫瘍の表面マーカーに結合して、ADCC(抗体依存性細胞障害)を誘導する
・腫瘍の増殖因子を阻害する
・細胞障害物質を導入する
2)腫瘍を取り巻く栄養血管をターゲットにした薬剤・・・Tie2 ligand, VEGF, Integrinなど
3)腫瘍によって誘導された抑制的な免疫状態を改善することによって抗腫瘍効果を期待する薬剤

上記のように分子標的薬は多くの種類があり、それぞれに皮膚障害が生じますが、その発生パターンは種類によって特有のものがあるそうです。
ただ、以前の抗がん剤の副作用と一寸違うのは、抗がん効果の良好な例程皮膚障害が強くでる傾向にあるということです。皮膚障害にうまく対処しながら抗がん剤治療を続けられれば、効果が期待できるものともいえます。

次回は特徴的な皮膚障害と薬剤、その対処法などについて調べてみたいと思います。

参考文献

1)大槻マミ太郎: 分子標的薬の基礎知識.皮膚科の臨床 52(3); 275~287,2010

2)小宮根 真弓: 分子標的薬の現状と展望 分子標的薬:これからの展望.日皮会誌 124:2281-2290,2014

分子標的薬 (図1)文献1)より

分子標的薬2 (図2) 文献2)より