爪部の悪性黒色腫

爪周囲、および爪甲下にも悪性黒色腫はできることがあります。爪母部(爪の基部)上皮に存在するメラノサイトの癌化によって生じることが最も多いとされます。この場合は、初期症状は爪甲色素線条として爪に茶~黒褐色の縦の線が見られます。ただし、この線条には良性のものの方がはるかに多いので、鑑別が重要になってきます。 それらを中心にメラノーマとそうでないものの区別を成書から調べてみました。

【疫学】
良性の爪部色素線条は日本人の1%弱に認められます。爪部のメラノーマ(悪性黒色腫)は日本人のメラノーマの約10%を占め、有病率は0.1~0.2人/10万人と推定され、オーストラリア白人のおよそ60分の一の頻度になります。好発部位は第1指(40%)、第1足趾(22%)、第3指(15%)、第2指(12%)とのことです。(高井郁美ほか、臨床皮膚科 60:284,2006) 白人での爪部メラノーマは全体の約1-3%、黒人では15-20%程に及ぶそうですが、白人のメラノーマの発生率がはるかに多いので絶対数は同程度になるそうです。

【爪の色素線条の鑑別】
1)線条の色、幅の均一性 爪母部の色素細胞の増殖で、爪甲に縦に平行の線条(バンド)ができますが、悪性黒色腫ではそれを構成する細線条の色が褐色から黒色まで濃淡差があり、太さ、間隔も不規則です。線が途中で断裂することもあります。 2)爪甲の三角形状色素沈着 爪母部にある色素細胞が急速に増えると爪の根元の色素の幅が拡がり、先端が細い三角形の色素線状を呈してきます。このような場合は悪性黒色腫が疑われます。
3)ハッチンソン徴候(Hutchinson’s sign) 爪の甘皮(後爪郭)部分に黒褐色斑が見られることをハッチンソン徴候と呼び、悪性黒色腫を疑う所見とされます。肉眼的にははっきり見えなくても、ダーモスコピー上で認められる場合は顕微鏡的(micro)という接頭語がつきますが、これも早期の悪性黒色腫を疑わせる所見として重要だそうです。
4)爪下皮(爪先の爪の周りや下の皮膚)での色素斑 一般に悪性黒色腫は指紋の丘の部分に色素が増えるパターンをとると述べました。爪部でもこの法則は当てはまります。 皮丘平行パターン(parallel ridge pattern: PRP)といいますが、掌蹠の悪性黒色腫では早期病変の段階から高率にみられます。 これに対するものが、皮溝平行パターン(parallel furrow pattern: PFP)といい、皮溝に一致して色素が線状にみられるもので、良性の色素細胞母斑に認められます。 一方、悪性黒色腫ではこの色素斑は濃さや形状が不規則で染み出しように見えることも特徴的です。

【悪性黒色腫の参考になる所見、事項】
*爪部の悪性黒色腫でも、表在拡大型や結節型のものもあり、爪周囲や稀には爪甲下から発症するケースもありますが、稀です。やはり、上記の爪甲色素線状から始まることが一般的です。
*爪甲の色素線条の不規則性が早期の悪性黒色腫の診断に役立つのですが、実際はそれが果たして規則的なのか、不規則なのかは判定の難しいケースもあります。こういった際に役立つのは臨床写真や、ダーモスコピーの経時的な観察で変化をみることです。 一般的には眼で判定されますが、将来はコンピューターによる自動解析の開発も検討されています。(斎田俊明)
*悪性黒色腫が進行すると、慢性肉芽腫様になったり、潰瘍を作ったりしてきます。そうすると、赤い肉芽腫となって、黒い色素が見えなくなり、黒色腫ではないと思われがちになります。しかし、このような場合無色素性悪性黒色腫(amelanotic melanoma)を常に考えておく必要があります。仔細に見るとごく一部に色素がみられることもあります。
*中高年で、一つの指、足趾を侵す爪甲色素線条で、上記の所見に合致したケースでは特に注意が必要です。怪しい場合はやはり全摘して全体の病理組織像を確認して悪性細胞がないかどうかを確認することが重要です。
*爪甲下の出血はダーモスコピーでメラニン色素と鑑別できます。ただ、出血はベースに他の悪性腫瘍(悪性黒色腫や有棘細胞癌など)を隠し持ち合わせていることもあります。それで出血だから悪性黒色腫ではないと、決め付けるのは早計です。
*先天性、小児の爪部の色素性母斑は非常にメラノーマに似た臨床像、ダーモスコピー像をとります。上記の成人の指標はほとんど役にたちません。しかしながらほとんどのケースで次第に色調は薄くなり、軽快していきます。

【爪にみられる良性の色素斑】
原因にもよりますが、押しなべて一つの爪だけではなく、複数の爪に色素斑がみられることが多いです。
*人種差・・・皮膚の色が濃くなるにつれて、爪の色素線条の発生率も高くなっていきます。白人では数%ですが、日本人では10-20%程度、黒人では50歳を越えるとほぼ全ての人の爪にみられるようになるそうです。
*薬剤・・・種々の薬剤で爪の色素が濃くなりますが、代表的なものはミノサイクリン(ミノマイシン)、ブレオマイシン、ハイドロキシウレア、アジドチミジンなどがあります。
*外傷・・・繰り返し噛む癖のある人、靴などで常に圧迫されているケースなどが当てはまります。効き指で多く使う指に多いです。 以上の場合は黒というよりも灰色がかった色素斑がみられます。
*一部の疾患に伴ってみられる場合があります。Peutz-Jeghers症候群、Laugier-Hunziker-Baran症候群などでも色素斑が爪、指、口などにみられます。またAIDSでも爪の色素斑がみられることがあります。これは薬剤性をも含みます。
*放射線皮膚炎でもみられることがあり、さらに進んでボーエン病などになると角化とともに色素線条を認めることもあります。ただし、これらのケースでは白色や黄色など角化を思わせるダーモスコピーの像も見られます。

参考文献

Luc Thomas, et al. Tumors of the Nail Apparatus and adjacent Tissues. Baran & Dawber’s Diseases of the Nails and their Management, 4th ed. Edited by Robert Baran, David A.R. de Berker, Mark Holzberg and Luc Thomas. John Wiley & Sons, Ltd. p 101-125 p 637-743, 2012

宇原 久:ダーモスコピーを用いた腫瘍性病変の診断. 日皮会誌:123(13), 2952-2954. 2013

斎田俊明: ダーモスコピーのすべて 皮膚科の新しい診断法、南江堂、2012

melanoma爪甲下悪性黒色腫、各線条は不規則です。爪の先端の皮膚にしみだしたような色素斑があります。(守田 英治 先生 提供)

 

PG爪甲下の血管拡張性肉芽腫、良性のものですが、これと似て、肉芽腫様で、表面がびらん、あるいは長期にわたって存在し一部色素を認めるものは悪性黒色腫との鑑別が重要になってきます。(守田 英治 先生 提供)