陥入爪の治療・フェノール法

炎症性肉芽を形成するなど、疼痛が強く保存的な治療法がなかなか奏功せず、早期の治療を希望する場合はフェノール法がよく行われます。Baran&Dawberの教本をはじめ、内外の皮膚科の教本ではフェノール法が取り上げられています。ただ、後に述べるように東先生などフェノール法に対して否定的な意見の爪の専門家もあります。
小生自身もフェノール法を行っていませんので、文献的に教本をもとにその方法、メリット、デメリットを書いてみたいと思います。
できうれば、爪の専門家の先生方によるディベイトがなされ適応の選別、より妥当なガイドラインの統一がなされればと感じます。

【フェノール法の適応】
陥入爪は局所所見から第1期:軽度の発赤と炎症  第2期:発赤が増強して排膿がある 第3期:炎症性肉芽の形成がある
3期に分類されます。フェノール法はいずれにも可能とのことですが、やはり2~3期の重症例で、ガター法などの保存的治療法に抵抗するもの、爪の幅が広く構造上爪郭の皮膚に食い込む例、早期の回復を望む例などに限るのがよいと思われます。
肉芽の増殖が著明で爪甲の上を覆うだけではなく爪甲下にも深くいり込んでいる例、爪の辺縁のみが直角あるいはそれ以上に巻き込んでおり、硬くなって保存的な矯正が効かない例などは良い適応となります。
ただし、糖尿病などの感染しやすい人では要注意ですし、虚血肢などの末梢血行不良な人は適応外となります。
【手術手技】
詳細は成書にゆずり、簡単に記してみます。
エピネフィリンを含まない1%塩酸リドカイン(キシロカイン)などの麻酔で、伝達麻酔を行います。
ターニケット(駆血帯)、ゴム手袋などで阻血状態が保てる最小限度に駆血します。
モスキートペアンで爪と爪母皮膚の間を剥離して、形成剪刀で爪の側縁を縦に2~3mmの幅で切り込みます。
爪母の先端は扇型に側方に広がっているので、切り離した爪をペアンで深くつかみ、回しながら欠けないようにゆっくり引き抜きます。爪母の先の取り残しの欠けがないように鋭匙で掻きだします。
液状フェノール(88%以上のもの)を綿棒につけ、爪母、爪床、および肉芽を均一に圧抵します。
爪母上皮が白色に変色するように処理します。1回の圧抵時間は5~20秒で次々に取り替えて、トータル3~4分くらい圧抵します。耳鼻科用の細い綿棒を5~10本程度使用します。
終了したら、すぐに無水エタノールでフェノールを中和します。
抗生剤軟膏、ガーゼなどで創部を保護します。フェノールは鎮痛効果もあるために術後の疼痛も少なくてすむといいます。
毎日、洗浄、抗生剤軟膏処置で2~4週間程度で創部は治癒します。
【フェノール法の利点】
・短期間で、根治的に治癒させうる。
・操作が比較的に簡便である。
・感染を伴っても施行できる。
・肉芽の増殖が著明でも手術時に同時に処理できる。
・フェノールに鎮痛効果があるために、ほとんど鎮痛剤は不要。
・運動選手でも数日で運動が可能。
【フェノール法の欠点】
・浸出液が数週間続くためにガーゼ交換、保護が必要。
・痛みのある伝達麻酔が必要。
・爪甲の幅が狭くなり、整容的に問題になる。
・いずれ側爪郭が肥厚してくる。
(荒川謙三: 皮膚臨床52(11)特:50;1591-96,2010)
それ以外にも、術後の感染、創部の不適切な後処置で創治癒が遷延することがあります。
長期的には爪の取り残しによって側縁から細い爪が再発するケースもあります。
また爪母が傷つけられるために爪が曲がって再生したり、変形した爪がでてくることもあります。
(このようなケースの写真はマチワイヤーを開発した町田英一先生のwebsiteで症例提示がされています。)

また、フェノール法に対しては否定的な見解を持つ専門医もあり、その意見を引用します。
「フェノール法や手術法で側縁を切除して部分抜爪する際の問題としては爪母の取り残しや表皮のう腫の形成がある。
爪甲の幅が狭くなるので整容的には見劣りのする醜悪な爪になる。この方法の最大の欠陥は爪甲と側爪郭の連続性を断つことにある。爪甲は後爪郭、側爪郭と爪下皮の4辺により下床に固定されているのであるが、両側の側爪郭部での爪甲との連絡が断たれると爪甲は後爪郭の1辺のみで固定されることになる。その結果下からの強い力が加わった時に爪甲はその力に抗することができずに足趾先端が上方へ押し上げられ、厚硬爪、鉤彎爪となり痛みを伴い、運動機能の低下をもたらすことになる。」(東 禹彦:長文につき一部省略、抜粋)。東先生は「昔は私も随分、手術、フェノール法を行ったが、今はやりません。10年以上先のことを考えて施術を行う必要があります。」と述べられていました。

「陥入爪の本態は誤った爪の切り過ぎ、深爪や爪折、爪外傷等による爪の先端、側縁、爪刺による異物反応であり、爪母が原因ではない。「爪母に罪はない!」したがって、従来行われているフェノール法、爪母爪郭切除術や爪母のレーザー焼灼術等の爪母を破壊する侵襲的、非可逆的治療は、不必要かつ有害な過剰治療であることを強調したい。侵襲的治療の予後は、短期的予後の経過観察では良いように思えても、長期的予後では狭くなった爪幅で体重を支えるため、十数年を経過して、変形・疼痛・歩行困難をきたすことになる。そのために、後悔や喪失感、抑うつの訴えも多い。一度手術を受けて小さくなった爪に、後日爪の狭小化による痛みが出ても、患者は諦めてしまい、再度最初の手術医を再診することはない。このことはあたかも術後の痛みのない状態が永続しているような誤った印象を術者に与えていると考えられる。事実多くの術後の爪の狭小化による変形や痛みで受診する患者を多くみている。・・・」(新井裕子ほか)

「フェノール法の合併症を防ぐには爪甲の片側のみに行うようにすることと、切除する爪甲の幅をあまり広くしないことである」「陥入爪の再発を繰り返す患者は、爪甲の幅が足趾の幅に比べ、著しく広いことが多いので、フェノール法によって幅を狭くすることも有効ではないかと考えている。しかし適応となる例は少なく、当科で治療した陥入爪194例中フェノール法施行令は8例のみである。」(原田和俊)

Luc Thomas et al Chapter 12 Nail Surgery and Traumatic Abnormalities p. 612
Baran & Dawber’s Diease of the Nails and their Management, IV th ed. 2012 John Willy & Sons,

和田 隆 : 陥入爪 486ー491 皮膚外科学 日本皮膚外科学会 【監修】 秀潤社 2010 東京

荒川謙三: 5 陥入爪・巻き爪 1)手術療法 皮膚科の臨床:52(11)特:50;1591~1596,2010

新井裕子、新井健男、Eckart HANEKE: 5 陥入爪・巻き爪 3)陥入爪の簡単、確実な保存的治療法(アクリル固定ガター法、人工爪法、アンカーテーピング法) 皮膚科の臨床: 52(11)特:50;1604~1613,2010

東 禹彦: 爪 基礎から臨床まで 金原出版 第7版 2013 東京

陥入爪オペ陥入爪手術後10数年たったもの

鉤彎爪となっている