デング熱

このところ、テレビでデング熱の渡航暦のない人の国内発生例のニュースが話題になっています。70年ぶりとか。
当ブログでも過去に多少触れました。(2012.12.9, 2012.7.17, 2011.7.24・・・これはブログが壊れて削除されてしまいましたが)
デング熱のことを意識したのは、平成23年7月の千葉県皮膚科医会で聖隷三方原病院の白濱先生のウイルス疾患講演の際に出された1枚のスライドをみせられたときが最初でした。外国から帰国した人で全身が真っ赤で高熱のある患者さんでした。皆さん診断は判りますか。多分どなたも分からないでしょう、といわれました。確かに会場の誰も知りませんでした。小生はうろ覚えの知識でデング熱かなと思いましたが、これはチクングニア熱の患者さんですといわれました。初めて聞く病名でした。
デング熱もチクングニア熱も一部感染地域が重なり、蚊によって媒介されるウイルス感染症で比較的似た症状を呈します。今回はデング熱が話題ですので、それを主にまた一寸改めて調べて述べてみます。
「チクングニア熱、デング熱は東南アジアで蔓延していて蚊によって伝播します。ウエストナイル熱にも似ています。チクングニア熱は最近遺伝子変異によってヒトスジシマカの体内で爆発的に増殖する能力を獲得してしまったようです。熱帯シマカは日本国内にはいませんが、ヒトスジシマカは広く国内に棲息しています。温暖化なども相俟って、近い将来には国内での流行が危惧されています。」と2012年に書きました。アメリカでは今年夏にフロリダで初めてチクングニア熱の国内発生例が報告されました。人の移動の多さ、都市集中化や気候温暖化なども関係するのでしょうがこれらの発生地域は徐々に広がっていく傾向にあるようです。

デング熱についての記事は、インターネット上に多く書かれていて、厚生労働省やWikipediaからのものに詳しく書かれていますので、専門家でもない小生があえて駄文を書くのも気がひけますが調べたことを一寸だけ。
【原因】デングウイルスによる感染症です。デングウイルスはフラビウイルス科に属するRNAウイルスです。黄熱病や日本脳炎のウイルスもこの属だそうです。これらはほとんど節足動物(蚊やマダニ)によって媒介されるのでアルボウイルス(節足動物媒介性ウイルス)ともよばれています。血清型でDENV-1, DENV-2, DENV-3, DENV-4の4つのウイルス型にわかれます。
【媒介生物】やぶ蚊、特にネッタイシマカによって媒介されます。北緯35度から南緯35度の標高1000m以下のところに棲息しています(ちなみにデング熱の多発地帯は北緯25度から南緯25度の熱帯地方)。
ただその他のやぶ蚊でも媒介し、ヒトスジシマカでも媒介します。ヒトスジシマカは日本国内に広く棲息していますので気候温暖化などで今後の国内でのウイルスを保有する蚊の保有率の動向に注意が必要です。(国内での棲息北限は温暖化の影響もあって、年々上昇しています。現在は青森県近くにまで拡がっているそうです。)ネッタイシマカは人工の水容器やたまり水を産卵場所として好むそうです。
【症状】ウイルスを保有した蚊がヒトを刺すと、体内で増殖します。潜伏期は3日から14日、ほとんどは4-7日とされます。症状は発熱、頭痛、筋肉痛、関節痛、はしかに似た発疹などがありますが、大部分の人は不顕性感染(無症状)あるいは軽症のまま軽い風邪症状、発熱くらいで治癒します。
5%くらいの人がデング出血熱という重症型になり、またその一部分の人がデングショック症候群とよばれる最重症型となり場合によっては不幸な転機をとります。
経過は発熱期、重症期、回復期をとります。発熱は40度以上の高熱を出すこともあり、2-7日続きます。この時期に50-80%の人がはしか様の発疹、紅斑を認めます。ときには皮膚の点状出血や口や鼻の粘膜からの軽い出血があることもあります。ターニケット試験といって腕に血圧計を巻いて5分間おき、点状出血の数が多い程デング熱を疑うという簡易試験もあるそうです。
デング熱の診断は初期や軽症の場合はそれを疑わない限り難しいそうです。疑う警戒兆候は腹痛、嘔吐、肝腫大、粘膜出血、血小板減少、ヘマトクリット上昇、倦怠感だそうです。また白血球が初期に減少するのも特徴だそうです。
また頭痛(目の奥の痛み)、筋肉や関節の痛み、発疹も疑う重要な要因です。
一部の人は重症化しますが、高熱から回復した後で、毛細血管の透過性が増し、水分が漏出し、胸腔、腹腔に多量の水分が貯留し循環性ショックがおきたり、臓器障害や大量出血がおきたりします。ウイルス抗体は終生続きますが他の型との交差抗体は一時的です。それで再感染が起きることがあります。以前に異なる血清型のデングウイルスに感染した場合には重症化しやすいそうですがその機序は明確にはなっていません。
回復期には漏出した水分が再吸収しますが、水分の過剰負荷によって脳浮腫を起こし意識レベルの低下やてんかんを起こすこともあるそうです。この時期には再度発疹がでることがあり、それは斑状、丘疹状であったり、時には血管炎を伴った紫斑を生じることもあります。
【診断】上記の臨床症状、白血球の減少、血小板の減少、ターニケット試験などで疑われます。確定診断はPCR検査、IgM, IgG などの血清学的検査法によります。
【鑑別診断】最も鑑別の難しいのはチクングニア熱です。臨床症状も、蚊による伝搬形式も、流行地域も似ているからです。ただ、チクングニア熱のほうが潜伏期が少し短く、手足の関節痛と腫れが長く残りやすいそうです。今年の夏はフロリダでの国内感染例も報告されたそうです。チクングニア熱は遺伝子変異によってシマダラカの体内でも活発に増殖するようになったそうで近い将来には日本でも多く発症するかもしれません。
あと発熱と発疹を伴う輸入感染症ではアフリカダニ熱やロッキー山紅斑熱などのダニを介する紅斑熱群リケッチャがあるそうです。(日本国内ではツツガムシ病や日本紅斑熱や、SFTSなどダニを介して発症する病気もありますが)
また熱帯地方からの帰国者ではマラリア、腸チフスなども鑑別するべき疾患です。
【治療】特別な治療薬はありません。症状を和らげる対症療法になります。アスピリン系統の鎮痛解熱薬はライ症候群などを起こしたり出血を助長する恐れがあるので禁忌です。アセトアミノフェンなどが推奨されています。
重症化した場合は、入院の上、輸液、輸血など多臓器不全やショックに対する治療が必要となります。
【予防】現在のところ、予防するワクチンはありません。ただ、フィリピンからの報告(Enrique Ona氏)でフランスのSanofi Pasteurが開発中のワクチンがかなり効果があり、感染率や、重症化を減少させるという記事がネットに載っていました。来年東南アジアや中南米の特定の地域を対象に大きな治験を始めるそうです。
但し、ワクチンによって抗体依存性感染増強(ADE)が生じ、却ってウイルスを増強させ、重症化させるという現象もあるそうでなかなか難しい問題もあるようです。全ての血清型の抗体を獲得しないと再感染した際の重症化のリスクも高まるのかもしれません。
抗ウイルス薬も開発中とのことです。ただ、一番大切なことは溜まり水を放置してボウフラを増やさないことのようです。

WHOは17の熱帯で発生しあまり顧みられてこなかった疾患を(neglected tropical diseases)顧みられない熱帯の病気、としてあげ、注意を喚起していますがデング熱もその中に入っています。
その他にもハンセン病、ブルーリ潰瘍、シャーガス病、リーシュマニア、トラコーマなども含まれています。
このように日本国内ではお目にかからず、我々には関係ないような病気でも海外旅行が簡単にでき世界中のどこにでも短時間で移動できるようになった現代は行き先の風土病や思いもかけない伝染病に罹患するリスクも格段に高くなっています。医療関係者すら聞いたこともないような病気がいっぱいあるようです。これらの中には皮膚症状を伴うものも多く含まれます。
このような輸入感染症に対する知識もある程度必要になってきた時代かと感じました。

参考文献

デング熱 Wikipedia

Dengue. Fitzpatrick’s Color Atlas and Synopsis of Clinical Dermatology 7th ed.
Klaus Wolff, Richard A. Johnson, Arturo P. Saavedra, Mc Grau Hill

関根万里 輸入皮膚感染症・熱帯皮膚病 日皮会誌 :123(13) 2746-49, 2013