乾癬ー生物学的製剤

先日、乾癬に対する生物学的製剤の研究会がありました。特別講演は札幌の小林 仁先生の講演でした。
 まずはじめには千葉大学の鎌田先生の講演でした。いつも難治性の乾癬患者さんを紹介してみてもらっている先生です。そのうちの何人かは生物学的製剤によって良い状態を保っているそうです。生物学的製剤の導入の現況を解説にていただきました。紹介に際し、必ず治る、効くとの過大な期待を持たせないこと、ある程度の費用の説明、できればツ反などの結核のスクリーニングをとの希望がありました。ただ、結核は徐々にクオンティフェロンやTスポットなどの検査に入れ替わってます。
次に亀田総合病院の田中先生のウステキヌマブの使用例の報告がありました。先生は2013年の日本皮膚科学会でのパリ大学のDubertret先生の講演を引き合いに出し、乾癬の治療にもpatient based medicine (PBM)の考えが重要であることを解説されました。乾癬のような慢性で、コントロールし、ケアできるけれどもなかなか治癒するものでない疾患に対してはEBM(evidence-based medicine)よりもPBMがより適していると述べられました。PBMでは4つのステップを踏みます。1.Question(質問)2.Explanation(説明)3.Negotiation(話し合い、交渉)4.Prescription(処方、処方箋)
まず、患者さんへの質問はその病気や治療への理解を示すことを目指します。そして、医学的に説明し、話し合いに入りますが、ここが最も重要で最も困難な所です。患者さんと十分に話し合って治療方針を選んでいきます。
EBMとは根拠に基づいた医療とも訳されますが、良心的に、明確に、最新医療の知見に基づいた医療ということで、将に全うな治療方針です。しかしここには患者個人、個人の内情や希望(我がままや思い込みも含め)などの訳あり事情は勘案されていません。ーーーいろいろな事情があり得ます。(治療したいのはやまやまだが、収入が少なく、高い薬は使えない。一度でいいから皆と一緒に温泉に行きたい。ピアニストなので手の皮疹、手指の関節の痛み、変形だけは何とか治してほしい。恋人がいるので、何とかprivate parts(陰部のこと)の皮疹を治したい。人に会う仕事をしているので顔、手など見えるところだけは何とかしたい。パーッと外で皆と同じように遊びたい。フケが気になる、皆が着るような黒いスーツを着たい。)---これらはEBMだけを振りかざしても問題は解決しません。
田中先生はある患者さんの治療経験を話されました。いろいろな皮膚科でも良くならず、顔の皮疹もひどい、気分は落ち込み、ネガティブが感情が強くなり、人生への希望も失ってくる、医療不信もでてくる、社会への被害者意識もでてくる、といったような患者さんを数々の乾癬学会の報告の結果を包み隠さず開示し、危険性と有用性を十分に時間をかけて何回も説明し、やっと生物学的製剤の治療にこぎつけました。これで治らなかったら心が折れますよ、というような切羽詰った言葉もあったそうです。治療の結果は目覚しいものでした。乾癬は寛解状態になり、患者さんの感情は180度変わったようにポジティブなものになり、眼差しもこんなに優しい人だったのかと驚く程の変化を遂げたそうです。将にPBMの重要性を具現したようなケースの報告でした。
その後、小林先生の講演がありました。
本日は難しい免疫学の話などは一切ありません、と釘をさして始まった講演はユニークで実に示唆に富んだ内容の濃いものでした。
今回は生物学的製剤乾癬治療研究会の一環で、ウステキヌマブを発売する会社の共催ですので、生物学的製剤の話から始まりましたが、いきなりこの製剤はToo Experimental, Too Expensive(あまりに実験的すぎ、あまりに高価でありすぎる)と述べられ皆の度肝を抜きました。
 確かに個人的にも感じていた思いでした。
近年乾癬の病態の解明が進み、免疫学者、分子生物学研究者などは次々に乾癬の病因に対する新しい理論を打ち立ててきました。その成果がタイムラグなしに臨床応用されて目覚しい成果を挙げています。
しかし、先生はいいます。「我々はTNF(tumor necrosis factor:腫瘍壊死因子)のことを本当に十分に知っているのであろうか。感染防御や抗腫瘍効果のある生体に対し極めて重要な働きをなすサイトカインを抑制してしまって構わないのか。」と、またいいます。「生物学的製剤の開発には莫大なコストがかかり、先端的な技術が必要なので、それが可能なのは一部先進国の巨大製薬メーカーのみである。実際、欧米の売り上げ上位10社がほぼ独占的に開発、販売しています。これらの売り上げは日本の年間医療費をも凌駕するほどの莫大な金額になる」そうです。
確かに、生物学的製剤は高価で、もっと安くならないものか、と思ってしまいます。講演の後に、小林先生にジェネリック薬剤などが出て、もっと安くならないでしょうかね、と質問すると。「先生、生物学的製剤をどうやって作るか、考えてみてください、モノクローナル抗体、細胞融合の技術を使って作成できるのは、先進巨大製薬メーカーだけですよ。開発した企業がその細胞を供与しない限り全く同一のものはできません。仮に後発メーカーができるのは先発メーカーの製剤ににたもの、bio-similarでしかありません。」といわれました。ああそうだ、かつて教わった細胞融合やハイブリドーマの知識がかすかに蘇ってきました。近年は製法が変わり、バクテリオファージを使ったり、トランスジェニックマウスを使ったりしているそうですが、いずれにしても先進バイオテクノロジー産業のみが製造でき、特許を持つ構図は変わりないでしょう。これではお値段は先方の言い値で安くはならないでしょう。
いきなり、やや生物学的製剤のマイナスイメージの側面の講演で始まりましたが、その後は先生の乾癬治療の歴史と、生物学的製剤が導入され患者さんに使用してもらってからの治療成績を話されました。
近隣の総合病院と連携して、50例弱の使用成績、患者アンケートの結果報告を提示されました。
8割方の患者さんが、生物学的製剤の使用結果に満足し、大変優れていると回答していました。特に皮膚だけではなく、関節症状への効果を評価していました。中には温泉に入れるようになった、人生が変わるほどの喜び、小林先生への感謝の手紙も紹介されました。ただ、皆が薬剤費の高いことを、もっと安くならないのかということを述べていました。皆さん、理性的というか、穏やかな反応で、優れた薬剤なのでその効果に見合っていると回答された方が、約3割、高いが仕方がないと回答された方が約半数でした。
感染症、間質性肺炎、悪性腫瘍の増加への懸念などはありますが、総じて安全で優れた薬剤であることは実証されつつあります。
しかしながら、先生はこれからの課題として1.長期的な免疫抑制 2.医療格差の問題 3.それと重なる問題ですが全体として医療資源の枯渇 を挙げられました。
確かに優れた薬剤ながらこれらのことは将来の問題となるかと思われました。
最後に先生は全世界の乾癬に対する取り組み、進展の話題と、自ら日本の先駆けとしての運動をリードされている患者会の活動について話されました。
今年のWHOで画期的な決議がなされたとのことです。長年に亘って乾癬をサポートしてきた団体、IFPA(International Federation of Psoriasis Association, 国際乾癬患者団体連合)は長年、多くの人に乾癬という病気について知ってもらうための啓蒙活動を続けてきました。その画期的な成果として、今年の第67回世界保健総会決議で乾癬に対する以下の決議案が採択されたそうです。
*乾癬は世界で1億2500万人の人が罹患している慢性の非伝染性の、苦痛で、外観を損ない、機能障害をもたらす、完治しない疾患であり、時に重症化することがある。
*乾癬によって患者は心理的、社会的な負担、社会に認知されないことや、適切な治療手段がないことによって苦しんでいる。
そして、WHOに対し、更なる乾癬への理解、支援を要請する内容となっているそうです。
現在は日本でも日本乾癬患者連合会がありますが、小林先生は患者会のさきがけとなる北海道乾癬患者会の立ち上げから関わられており、豊富温泉湯治ツアーも毎回参加されていて、患者さんの支援を続けているそうです。その活動の様子の写真も見せていただきました。

当日の研究会は、いつものものと一風変わったものでした。田中先生が述べられたように乾癬はEBMからPBMの取り組みが重要と認識を新たにしました。
北海道の地で乾癬患者さんを全人的に支援し、世界の乾癬の会議などにも出て活躍しつつ、山やスキーにも北海道から富士山、はてはヨーロッパアルプスまで出かける、小林先生のその行動力とパワーには恐れ入りました。
今後のさらなる活躍に期待したいと思いました。