爪のお話

先日、爪の講演会がありました。講師は日本ではその右に出る人はいないというほどの爪の大家の東先生です。
堺から遠路はるばる外来診療を終えてから千葉までかけつけてくれたとのことでした。
名著「爪 基礎から臨床まで」を書かれた先生です。
「日常よく遭遇する爪疾患の原因と治療」という演題での講演でした。しかし、爪の病変は先天性の変化から後天性の病変まで多岐に亘ります。1時間余の公演時間はあっという間に過ぎ去り、次々に繰り出される写真はじっくり見る間もありませんでした。そのことを講演の後に一寸不満げに話すと、先生は「それはこの短い時間に全部話せというのはどだい無理な話ですよ」というようなことをおっしゃいました。確かに40年余の先生の爪の研究の成果を1時間で話せという方が無理な注文というものです。シリーズで何回かに分けてじっくり拝聴したいものでした。
それで講演の内容のメモを基に先生の著書を参考にして爪疾患について書いてみました。

◆ラケット爪・・・遺伝性棍状拇指、貝爪。出生時から爪甲の長さが短く、幅が広い、X線で先端が細くラケット状になっている。報告は少ないがよく遭遇する。良い治療法はない。
◆さじ状爪(スプーンネイル)・・・爪甲の辺縁が上方に反り返って、中央が凹んだ状態。貧血によると成書にはあるがわずかに25%程度にしかみられないという(Jalili)。むしろ職業性の例が多く見られる。美容師、自動車整備工(Dawber)、板金工(Pederson)、コイル巻き工(Smith)などの報告がある。また農作業の多い夏に悪化し冬に軽快する、裸足で人力車を引く人の拇趾にもみられたとのことです。要するに下からの圧力によって上方に反り返るということのようです。
◆ばち状指、時計皿爪、ヒポクラテス爪・・・指の末端、爪の周りが膨らんで太鼓ばちのようになった状態。左右の同じ指の爪を合わせると正常ではぴったり爪が合わさるが、ばち状指では隙間が空いて合わさらない(Schamrothの方法)。
初期は浮腫のみだが、後には線維化が起きる。
原因は先天性と、後天性にわけられる。後天性で有名なものは肺癌に伴うもので、この場合は同時に長管骨の骨膜性肥大と関節炎を伴い関節痛がある。その他の肺疾患、心疾患、肝疾患や全身性の疾患に伴って生じる。その原因はよくわかっていない。血流が増加してPDGFが関係するという説が有力である。その他にIL-6、HGF、TSHが関係しているという説もある。
◆爪甲層状分裂(二枚爪)・・・爪の先端が雲母のように薄く剥がれ、二枚爪になったもの。低色素性貧血では高頻度に生じる。貧血の治療で爪もかなり改善する。洗剤や界面活性剤の使いすぎ、アセトンのような有機溶媒との接触で脂肪分が爪から失われることによることが大きい。除光液の使いすぎも原因になる。尿素軟膏などでの保護や爪ラッカーもよいが、除光液を併用すると逆効果になる。
◆爪甲剥離症・・・先天性、外因、内因にわけられる。圧倒的に女性に多い。炊事など外的な刺激を受けることが多く、水仕事も多いので、カンジダ感染症を伴い易くなる 。この場合は剥離した爪甲を取り除いて坑真菌剤を外用するか、イトリゾールを内服する。外傷によるものは多い。指先を使って仕事する人に多い。また接触皮膚炎(かぶれ)による場合も多い。次亜塩素酸ナトリウムやフッカ水素酸、ホルマリン、切削油、エポキシ樹脂、アクリルモノマー、マニキュア、ネイルポリッシュ、ヘアスプレーなどの報告もある。テトラサイクリン系やキノロン系の光毒性物質による光爪甲剥離症もあるが、薬剤の使用が無く、日光過敏症も無く、かつ日光によって夏季に光爪甲剥離を生じることもある。乾癬、扁平苔癬、甲状腺機能異常によっても生じうる。
ただし、上記のいずれにも該当せずに、原因不明のまま生じることが実は多い。そのような場合、最も効果的なのは剥離部を全て取り去って患部を乾燥させ、微生物の繁殖を少なくし、洗剤などの残留を無くすることである。しかし同意を得られないことが多い。まず1指を試みて効果をみることが第一歩となる。
◆黄色爪症候群・・・成長速度の遅い黄色爪、リンパ浮腫、肺疾患を3徴候とする病態である。黄色になる原因は明確ではないが、組織の浮腫のために爪甲の発育速度が遅くなり、厚みが増し、水分含有量が少なくなって、爪の透明度が減弱するのもその一因と考えられる。メラニンやリポフスチンの沈着のためとする説もある。慢性副鼻腔炎に伴うことも多いという。ペニシラミン、ブシラミン、テトラサイクリンなど薬剤性に黄色になることもある。
治療は胸水の治療など原病の治療によるが、エトレチナートで正常化した例もある。
◆爪囲紅斑・・・皮膚筋炎の初期から認められる。後爪郭から爪上皮にかけて毛細血管拡張、線状・点状の出血斑をみることもある(NFB:nail fold bleeding)。これは病勢と平行して変化する。全身性エリテマトーデス、強皮症でも出現するが頻度はより少ない。強皮症では毛細血管拡張とともに、爪上皮の延長、血管の捻れや蛇行、萎縮などが見られるという。
◆緑色爪・・・緑膿菌の産生する色素による。ただし、爪組織に何らかの病変が生じ二次的に緑膿菌がついたもので水仕事の多い人に生じやすい。多くはカンジダ性爪甲剥離症や手指の湿疹に伴う。元の爪疾患の治療を行い、爪を乾燥させることが重要で抗生物質の投与は必要ない。
◆爪甲脱落症・・・手足口病、元々はコクサッキーA16、エンテロウイルス71などが主流だった。最近はコクサッキーA6による非特異的な、症状の強いタイプのものが流行している。そして、このタイプでは爪甲の変形、剥離、脱落などが見られている。このほかにも後爪郭部の熱傷、長時間窮屈な靴での歩行、尋常性天疱瘡、Stevens-Johnson症候群などでも爪脱落が生じる。脱落した爪はまた再生するが、特に第1趾では足趾先端を隆起させないようにテーピング、ハイヒールなどの下からの圧迫を避けるなどの注意が必要である。
◆爪甲縦裂症・・・爪が縦に裂ける状態。高度になると爪中央が樅木のように楔形を重ねたように変形する。原因が不明の場合もあるが、多くは自分で爪の根元をいじったり噛んだりしている。刺激を避け根元から先端に向かってステロイド剤を外用することで軽快することが多い。苦味成分配合トップコートのバイターストップを使ってみるのも良い。洗濯板状に波を打つこともある。職業性になる場合は手袋を着けさせると良い。
◆乾癬・・・乾癬患者の5~7割に爪の変化をみるという。報告者によって差異はあるが、多い順に点状陥凹、爪甲剥離、爪質の変化、爪甲下角質増殖、爪甲縦溝、油滴状爪、爪甲の消失化などとなっている。爪甲が厚くなると、縦長の点状出血を認める。このために黒褐色調を示すことがある。病理組織像は乾癬に合致するので診断がはっきりしない時は確定診断に有用である。爪に病変がある場合は乾癬性の関節炎を有することが多いのでチェックが必要である。爪に膿胞を持つときは掌跡膿胞症や膿胞性乾癬との鑑別を考える必要がある。
◆扁平苔癬・・・1~10%に爪病変をみるとされる。爪の点状のくぼみ、縦筋、爪甲の破壊、菲薄化、翼状爪(後爪郭部皮膚-甘皮が爪床上に延長したような外観を示す)、爪甲の脱落などがみられる。同症では、爪床の角化細胞が顆粒層を形成して角化するので、他の皮膚と同様な軟ケラチンを作り、通常の爪のような硬ケラチンを作らない。従って爪は薄く、剥がれひどくなると脱落し、翼状爪となり、永久的な爪甲の脱落、消失を生じる。臨床的には確定診断できなくても組織像をみると典型的な扁平苔癬と診断できる。原因は不明なことも多いが、カラーフィルム現像者、歯科金属アレルギーでも生じうる。ステロイド剤の局所注射などが行われるが、難治。
◆接触皮膚炎・・・多くの原因がある。指先に湿疹ができると爪の変化も生じる。アトピー性皮膚炎では爪の凸凹、横溝などを生じる。(アトピー性皮膚炎で爪で掻くことによって爪が真珠様にぴかぴかに光ることもある)。爪囲の接触皮膚炎でもっとも多いのは爪化粧品によるものである(次項)。ついで職業性のもの。美容師のパラフェニレンジアミン(染毛剤)。タイル工のエポキシ樹脂。歯科医療者のメタアクリル酸メチル、ヒドロキシルアミンによる爪甲剥離。ヘアスプレーによる爪甲剥離、疼痛など。治療は原因の除去とステロイド剤外用だが、洗髪に起因するものでは洗髪時にプラスチック手袋を使用することも有効。
◆マニキュア・・・近年多くの製品が使用されることにより、爪の障害も増加している。
ネイルラッカー、ネイルエナメル・・・成分にホルムアルデヒド樹脂が含まれたものは接触皮膚炎に注意。国産のものには含まれていないが外国産では含まれるものもある。
ベースコート、トップコート、ネイルハードナーによる接触皮膚炎の報告もある。
除光液にはアセトンが使用されていて爪甲の乾燥、二枚爪の原因になりうる。アセトンを使用しないものもあるが勇気溶媒であるのでやはり同様の症状が起こりうる。
付け爪(人工爪)・・・アクリルモノマーによる接触皮膚炎、指先の痺れの報告もある。瞬間接着剤による報告もある。付け爪では装着後日数が経過すると隙間を生じるためにそこに細菌や、カンジダ菌が侵入し増殖してくることもある。また装着すると表面からの水分の蒸発を妨げるために水分量が多くなり、爪甲はもろく折れ易くなることもある。
◆履物と趾爪の変形・・・窮屈な靴、パンプスやハイヒールなどの先端が細く、足先が前に滑るのを防止できない履物による圧迫、摩擦でいろいろな足趾、爪の障害が生じる。爪甲下出血、爪甲剥離、巻き爪、厚硬爪、鈎彎爪、第5足趾の変形、萎縮などが生じる。足先にやや余裕があり、足首を紐などで固定し、前方に滑らない靴が良い。
◆陥入爪(刺し爪、爪刺)・・・第1足趾に多い。深爪をして、爪先に爪がなく、皮膚・軟部組織が露出した状態になると爪の押さえがないために足趾先端部分の皮膚が隆起してくる。その部分に爪が伸びてきたり、爪の切り方が不適切で辺縁に棘状の爪を残すと肉に爪が刺さった状態になる。これが陥入爪の原因となる。その刺激で強い痛みが生じ、化膿、浮腫、肉芽の形成が生じてくる。
様々な治療法が報告されており、刺さった爪の部分(側爪郭)を根元から切り取る手術法や、切り取った爪が再生して来ないようにフェノールで爪床・爪母を腐食させる方法などもあるが、これらは術直後は良くても、側爪郭と爪甲の連続性が絶たれるために爪甲の趾先端を押さえる力が弱くなり足趾先端が変形することになる。最悪時は厚硬爪となり別な痛みに苦しむことになる。1年後は良くても10年後にはこのような状態も想定されるので東先生はこれらの方法はすべきではないと述べている。一番良いのは東が開発したアクリル人工爪法とのことである。軽度の場合はテーピングによって側爪軟部組織を牽引したり、綿花を爪下に詰めて爪の傷害を取り除く方法なども良い。
◆巻き爪(挟み爪)・・・爪甲のカーブが極端に強く筒状に丸くなったもの。先端の狭いハイヒールなどが原因になることが多いが、原因が不明の場合もある。マチワイヤー法(超弾性ワイヤー法)、VHO法、アクリル人工爪による矯正法などがある。
◆鈎彎爪・・・爪甲が分厚く、硬くなり、鈎型に彎曲する。分厚くなった爪は爪甲剥離の状態である。爪が厚いために靴を履くと痛みを生じ日常生活にも差し支えるようになる。原因のひとつは足趾先端の隆起のために爪の成長が妨げられることにある。抜爪や陥入爪の手術などによって爪による皮膚軟部組織の押さえが効かなくなることによる。もう一つは爪甲下の角質増殖である。その原因は真菌感染、爪白癬やカンジダによることが多い。手術的に隆起部分を切除する方法もあるが、テーピングによって隆起部分を圧迫し下からの圧力を取り除けばかなり軽快する。分厚くなった爪は爪切りで薄く削る。
◆粘液のう腫・・・報告例は3種類に分けられる。1つはDIPガングリオンとすべきものでDIP関節(爪近くの遠位部関節)と連続している。1つはHeberden結節部に一致して生じたもの。1つは爪部(後爪郭部)に生じたもの。穿刺するとゼリー状の物質がでる。これはヒアルロン酸が主体であり、ガングリオンは糖蛋白が主体であり異なる。穿刺してトリアムシノロンなどのステロイド剤を注入する。液体窒素療法、手術療法もある。
◆爪下外骨腫・・・若い女性に多く、第1趾が多い。機械的な刺激が原因と考えられている。腫瘍が大きくなると爪を押し上げて疼痛を生じる。X線で末節骨から突出した骨像を認めるので診断は確定する。手術治療を行う。
◆爪部悪性腫瘍・・・爪部にも悪性黒色腫(MM)、有棘細胞癌(SCC)、ボーエン病、基底細胞癌などの悪性腫瘍が生じる。MM,SCCなどは初期病変が軽度で病理組織所見でも確定できずに慢性に経過し、後に進行癌となるケースもあり注意深い経過観察が必要である。
◆爪異栄養症・・・20本全ての爪が粗糙化し、縦条を伴う。様々な呼称があるが、便利なためにtwenty-nail dystrophyという病名が使われることが多い。原因は爪の湿疹反応と考えられるが、いろいろな病気が混在している可能性もある。扁平苔癬の一異型という考えもあるが、それは別症として扱ったほうがよい。

予定の時間はあっという間に過ぎてしまいました。何回かのシリーズででもないととても先生の半世紀に亘る爪の研究成果は講義し尽くせないだろうと思われました。
今年は千葉県皮膚科医会は爪の講演を多く予定しています。8月には陥入爪の講演、11月にはフットケアの講演、12月には新しく発売される爪白癬に対する外用薬(爪ラッカー)の講演と続きます。
爪はごく小さな器官ですが話題は尽きません。ネイルアートの隆盛、近年の分子標的薬による爪の障害など、時代と共に病変も移り変わっていきます。耳学問でも知識を仕入れないと時代に取り残されそうです。
東先生は高齢にもかかわらず、日々爪の手術もなさるそうです。講演の翌日は早朝の新幹線で、大阪まで舞い戻りまた診療を始めるとのことでした。正にスーパーマンのようでした。

参考文献
東 禹彦  爪 基礎から臨床まで  金原出版 2004年 東京