男性型脱毛症

男性型脱毛は英語ではandrogenetic alopecia(AGA)と呼ばれますが、最近では、male pattern hair loss,女性に対してはfemale pattern hair lossという言葉が使われています。
思春期以降に始まり、徐々に進行する男性の生理的な脱毛で、前頭部と頭頂部の頭髪が軟毛化して細く、短くなり最終的には頭髪がなくなってしまう現象です。
古来から記載があり、経験的に男性機能との関係が示唆されていました。
科学的には1942年、Hamiltonが思春期以前に睾丸摘出を受けた男性は男性型脱毛にならないこと、脱毛家系の人に男性ホルモンのテストステロンを注射すると男性型脱毛を発症することより、男性ホルモンが発症に関与していることを実証しました。
日本人の男性型脱毛の頻度は軽度の人も含めると30歳代で約10%、60歳代で約50%、平均で約30%だそうです。頻度は白人に比べるとかなり少ないそうです。
男性型脱毛の本体は、毛周期の中で成長期が短くなり、すぐに休止期に入り、毛包がミニチュア化することによります。
パターン化した脱毛が特徴で、前側頭部部分が「M」に、つむじを含めた頭頂部部分が「O」に例えられることもあります。
欧米では、Hamilton-Norwoodの分類が用いられ、本邦では緒方や高島分類が用いられているそうです。
「M」型と「O」型の組み合わせで、I→VII型になるほど脱毛領域が増えていき、最高度では側頭部から後頭部にのみ頭髪が残存する状態になります。
日本人やアジア人ではII vertexといって、M型+つむじのO型を組み合わせたパターンが多いそうです。
女性型脱毛症(女性の男性型脱毛症)では男性と異なり、頭頂部の比較的広い範囲の頭髪が薄くなるパターンをとります。前髪の髪際部は残存することが多いようです。年齢分布は男性より高く、閉経前後からの女性に多いそうです。Ludwig分類でI、II,IIIと薄毛が高度になります。ただ、男性の場合と違って完全に消失することはありません。
これに加えて、Olsenは頭頂部から前頭部にかけての分け目がクリスマスツリーの枝のように薄くなるタイプ(frontal accentuation)をも加えましたが、このタイプは日本人では比較的少ないようです。
女性の場合はパターン脱毛が明確でないことがあるために、特に慢性休止期脱毛との鑑別を見極める必要があります。すなわち、甲状腺機能低下症、血清鉄欠乏、膠原病、出産後脱毛、薬剤性などです。
【男性型脱毛の発症メカニズム】
男性ホルモンの毛に対する反応性は性別、部位によって異なっています。
髭、胸毛・・・思春期以降の男性にのみ軟毛から終毛へ変化させる
腋毛、陰毛・・・男性、女性共に反応する
遺伝的素因のある男性にのみ男性型脱毛の発症に関与する
後頭部、眉毛・・・男性ホルモンは関与しない(男性ホルモンレセプターは認めない)
男性ホルモンレセプターは間葉系細胞の毛乳頭細胞に存在します。毛根のそれを包んでいるような部分の毛母細胞(上皮系細胞)に毛の細胞増殖を調節する因子を分泌します。
髭では髭毛乳頭細胞から分泌されるIGF-1(インスリン様成長因子-1)が毛の成長を高めます。《テストステロン→DHT(ジヒドロテストステロン)→男性ホルモンレセプター→IGF-1》
逆に男性型脱毛症では、毛乳頭細胞から分泌されるTGF-βやDKK1が毛の成長を抑制します。《テストステロン→DHT→男性ホルモンレセプター→TGF-β,DKK1》
ちなみに男性型脱毛症の治療薬フィナステリド(プロペシア)は5α-還元酵素II型の特異的阻害薬で、テストステロンがより強力な男性ホルモンであるDHTに変換されるのを抑制することによって効果を示します。
女性型脱毛症ではこのフィナステリドの内服は更年期女性に対して無効であったことより、女性の薄毛は男性型脱毛症とは同質ではないと考えられています。さらにフィナステリドは男子胎児の生殖器の発育に悪影響を及ぼす恐れがあるために女性への使用は無効なばかりか、危険で禁忌となっています。
【感受性遺伝子】
男性型脱毛症は以前から多因子性優性遺伝といわれてきました。
白人のX染色体の連鎖解析によって、母親由来の男性ホルモンレセプター遺伝子のエクソン1(構造遺伝子のなかで、たんぱく質合成情報を有する部分をエクソンと呼び、それを繋ぐ不活性化部分はイントロンと呼びます)に存在するCAGやGGCという塩基配列の繰り返しの長さが発症と逆相関すると報告されているそうです。
すなわち、この繰り返し数が少ないほど高活性だそうです。
遺伝というと、男親の薄毛を気にし勝ちですが、意外にも母親由来の遺伝子が鍵を握っていいるということです。(XX遺伝子ー母親、XY遺伝子ー父親、本人ー両親から受け継いだXY遺伝子、の組み合わせを考えると納得できると思います。)
ただし、性(X)染色体だけではなく、常染色体の3q26や20p11にも疾患関連遺伝子があるとのことです。

男性型脱毛症の男性でも血中の男性ホルモンの値は正常ですが、II型の5α-還元酵素(リダクターゼ)や男性ホルモンレセプターの感受性、発現が高く、毛乳頭細胞からTGF-βなどを分泌して、毛の成長を抑制すると考えられています。

参考文献

皮膚科臨床アセット 6 脱毛症治療の新戦略
総編集◎古江増隆 専門編集◎坪井良治 中山書店 2011
17. 男性型脱毛症とは  坪井良治 p.104
18. 男性型脱毛症の発症機序と遺伝子解析 板見 智 p.109
25. 女性型脱毛症 植木理恵、坪井良治 p.144