毛の一生

人間の胎児の皮膚は外胚葉由来の1層の表皮だけでできていますが、胎生40日頃より、2層の重層構造をとるようになり、65日頃からこの表皮が真皮のほうに張り出して毛芽を形成します。毛芽の下には間葉細胞が凝集します。85日頃になると毛杭を作り、胎生135日には毛器官がほぼ完成します。
毛包の形態形成を調節する成長因子にはさまざまなシグナル伝達機構が関与していることがわかってきています。基底細胞癌などでも関与するShh(ソニックヘッジホッグ)シグナルや骨形成因子:Bmpシグナルなどを介したクロストークが毛包の発達、消退を調節しているそうです。
この形成過程で、遺伝的に毛器官の発生構造に異常があると先天性の脱毛症、他の外胚葉形成異常症を生じますが多くの疾患があり、また多くの責任遺伝子も同定されています。

ヒトの毛器官は発生段階を終えると、毛周期に入ります。
成長期(anagen phase)・・・2~6年間、毛幹が伸び続けます。
退行期(catagen phase)・・・成長期の後、毛根が退縮していきます。これは2~3週間続きます。
休止期(telogen phase)・・・その後、休止期に入り、3~4ヶ月続きます。その後また成長期に戻っていきます。
毛包の構造は大きく恒常部と可変部とに分けられます。脂腺があり、立毛筋がある上半部分が恒常部です。立毛筋の付着部分がバルジ領域で、その直下がサブバルジ領域とよばれ、毛周期を通じてそのまま維持されます。
それに対し、下半分は可変部で毛周期に同調して再生と退縮を繰り返します。
毛周期は「バルジ活性化説」によって説明されています。
すなわち、幹細胞領域であるバルジが毛乳頭からなんらかの刺激を受けて活性化され、休止期から成長期に入っていくという考えです。退行期の毛乳頭はバルジから最も離れていますが、次第に上方へ移動してバルジを活性化させます。

ヒトの毛はこのサイクルを一生繰り返していきます。毛周期はそれぞれの毛包が独立して行われ、隣り合った毛でも毛周期は同調しません。
ある一時点でみると、頭髪全体の約85%が成長期で、休止期が10数%だそうです。
ヒトの毛包は全身で約500万個、頭髪が数万~15万本だそうです。毛周期は数年あることを勘案すると、1日当たり数10本から200本の頭髪が生理的に抜け落ちる計算になります。ときに外来に1日にこんなに抜けた、と数10本の毛を持ってくる人もありますが、脱毛斑がなければそれは生理的といえます。

男性型脱毛はこの毛周期の異常の典型例です。
テストステロンがジヒドロテストステロン(DHT)に変換されて、毛乳頭細胞の受容体と結合してアポトーシス(プログラムされた細胞死)を起こし、成長期初期にいきなり退行期に移行するために太い硬毛が形成されずに、細く弱く、短い軟毛ができます。
老化に伴って、毛髪も老化していきます。男性ではテストステロン(TS)、女性では副腎由来のアンドロゲンの作用で軟毛化、脱毛がおきてきます。ただ、老年性の脱毛が全てホルモン支配のみでは説明できないそうです。毛増殖因子が減少するなどの他の老化因子も関係しているそうです。
老化に伴って、男性では眉毛、鼻毛、耳毛などは逆に硬毛化がおきてきます。このような部位による変化の違いなどまだわからない部分も多いそうです。
また、老化に伴って、白毛化もおきてきます。色素細胞幹細胞が毛隆起(バルジ)の下部(恒常部下端(LPP))にあり、それが加齢と共に異所性に分化し枯渇して白髪になっていくことがわかってきました。しかしながらそれへの対策はいまだに染毛剤しかないということです。

参考文献

中村元信 毛器官の発生と再生からみた脱毛症
visual Dermatology Vol.9 No.2, 130, 2010
毛髪の疾患――後天性脱毛症 責任編集 勝岡憲生

皮膚科臨床アセット 6 脱毛症治療の新戦略 総編集◎古江増隆 専門編集◎坪井良治 中山書店 2011
秋山真志 2 毛器官の発生と再生 p.8-15
伊藤雅章 4 老化に伴う毛髪の変化 p.23-27
上野真紀子、西村栄美 5 白髪のメカニズム p.28-34