乳児血管腫(苺状血管腫)

乳児血管腫(infantile hemangioma: IH)は本邦では一般的に苺状血管腫とよばれています。
苺を半分に切って皮膚に乗せたような形状からそう呼ばれていましたが、最近はIHという名称に統一されたそうです。

【経過】多くは生下時にはなく、一般的に生後2週間程度たってから増殖をはじめます。
生後5~7週で最も増殖が目立ちます。
生後6ヶ月~1歳前後で増殖が止まります。
その後70%程度は7歳までに自然退縮しますが、その後も病変が残る場合もあります。
大きなものは瘢痕を残すこともあり、下床に海綿状血管腫(あるいは皮下型の苺状血管腫)を残す場合もあります。
皮下型の苺状血管腫の認識は皮膚科医でも低く、時に海綿状血管腫と混同されています。海綿状血管腫は静脈性の血管腫なので、自然消退はしません。皮下型の苺状血管腫は他の病型よりも退縮速度が速いので1~2年も経過をみれば診断は確定できます。
(大原國章 皮膚疾患のクロノロジー より)

【症状】
一般的に苺状血管腫とよばれるように、大きさも形も苺を半切したような臨床像を呈することが多いですが、時に顔面の半分を覆うほどの巨大なものもあります。手足、陰部、肛門周囲などどこでもできますが、顔面にできることが最も多いようです。
臨床病型は結節・腫瘤型、局面型、皮下型に大別され、病理的には真皮、真皮・皮下型、皮下型に分けられます。局面型は的確に診断されますが、皮下型では皮膚表面には何の変化もないかあってもごくわずかなので海綿状血管腫と誤診されることもあるようです。
(大原國章 皮膚疾患のクロノロジー より)

【治療】
最初に書きましたように自然退縮するので、治療の大原則はwait and seeです。
ただし、放置してはいけないケースがいくつかあります。
第1に眼瞼部に生じたもの。拡大し開眼不能になった場合は将来弱視になる可能性が高く、治療の絶対適応となります。また気道閉塞や難聴などの機能障害を生じる恐れのある場合も絶対適応となります。
次に、口唇部、鼻腔開口部や肛囲に生じ、摂食や排便障害をきたしたり、潰瘍化・二次感染をおこしたりして、日常生活に支障をきたす場合も絶対適応となります。
また大きくて瘢痕形成が懸念される場合や患者・家族の精神的な苦痛が大きい場合も治療の対象になります。
《ステロイド》
上記のようなケースで腫瘤状となった場合は従来はステロイドの局所注射や内服などが行われてきました。しかし局所注射は疼痛を伴うために乳幼児の顔面に行う場合は全身麻酔が必要です。またステロイド剤の全身投与では全身的な副作用が危惧されるために経験豊かな小児科医などのもとで注意深く施行することが要求されます。
《レーザー》
本邦では、腫瘤を形成する前の時期に色素レーザー(ロングパルスダイレーザー)を照射し、紅斑を早期に退縮させ、隆起性病変もある程度抑制できるという報告もあり、保険適用がされているためにレーザー装置を有している施設では積極的に照射治療がおこなわれているようです。レーザー治療に関しては一定の科学的な評価はなされておらず、諸外国ではwait and seeが原則であり、これは日本独自の現状のようです。
局面型の大半は瘢痕も残さず7,8歳頃までに完治すること、腫瘤型にはレーザーは効果がないこと、まれにレーザー照射によって瘢痕形成や色素脱失があること、治療費や照射時の疼痛があることなどを勘案するとレーザー治療の意義はそれほど高くないといえます。
専門家の中には「レーザー治療は日本でのみ通用し、他の国ではなされない、日本でなぜ苺状血管腫に(レーザーの)保険適用があるのか、誰がそれを決めたのかいまだにわからない・・・」とコメントする学者もあるほどです。(渡辺晋一  臨床皮膚科 64巻8号(2010.07)あとがき)
ただし、小児であるために医療費の負担が少ない、早く病変を消退させて本人、家族の精神的苦痛から解放されたいという希望は強いようです。また早期の照射で腫瘤化が抑えられるとの意見もあります。純粋な医学的な有効性はハーフサイドテストなど今後の研究に待たなければならないでしょう。
「現在の医療の現場で、やや安易に、意味を深く考えずに苺状血管腫にレーザーを当てている傾向があることは認めよう・・・ただし、初期の段階では、局面的になるのか腫瘍型になるのかはっきりせずに、結果を待たずにレーザーを当てざるを得ないケースもある.それよりもなによりも、大人になってから苺状血管腫の皮膚後遺症でずっと苦しんでいる患者を多数みているからこそ、なんとかこれを予防できないかと日夜努力しているのである.(葛西健一郎)」との専門医の意見もあります。

(単純性血管腫-ポートワイン母斑)には有効で、第1選択ですので混同しないように
《手術》
下床に海綿状血管腫を伴ったもの、大きな腫瘤を形成したもの、退縮した後も、皺状の皮膚のたるみや瘢痕を残したケースでは手術療法がおこなわれます。ドライアイス療法なども行われることもありますが、傷痕は残ります。最も痕が残らないのは自然治癒した場合ですので、手術は慎重を期すことが必要です。手術時期は待てる場合は「ある程度の線維化と消退を待って手術治療を行ったほうが、手術が容易であり、よりよい結果が得られると思われる」という意見もあります。
(三川信之 Visual Dermatology Vol.10 No9:920-922,2011)
近代形成外科の礎を築いたギリエスの十箇条の心得の中には、「明日できる事は今日するな」という格言があるそうです。
《プロプラノロール》
2008年、ステロイド治療中のIH患者に合併した肥大型心筋症の治療のためにプロプラノロールを使用したところ偶然血管腫への縮小効果が見出されました。それで、これはserendipitous discovery(思いがけない発見)と呼ばれたそうです。これを契機にIHの治療は長足の進歩を遂げてきました。欧米では今ではこれが治療のfirst lineにまでなっているそうです。作用機序はこの薬剤が血管内皮細胞におけるvascular endothelial growth factor(VEGF)の抑制作用を持つためと推測されているそうですが、他のβ遮断薬も含めて研究が進んでいるそうです。またβ遮断薬で、緑内障に対する点眼薬として使用されてきたチモロール外用療法も有効との報告もあるそうです。
本邦ではまだ、治療方針は確立されていないようですが、徐々にこの治療法が難治性のIHに対する第一選択薬となっていくものと思われます。
ただ、プロプラノロールも種々の副作用もあるので、専門小児科医、内科医の指導のもとに使用されることが重要であることは論をまちません。
睡眠障害(不眠、悪夢、夜間不穏など)、四肢の冷感、低血圧、胃腸障害、呼吸障害、徐脈、低血糖
ただし、致死性などの重篤な副作用の報告はないそうです。
投与方法・・・
低用量から漸次増量.0.25mg/kg/day x3回
2日ごとに0.25mg/kg/dayずつ増量
2.0mg/kg/dayを目標維持投与量とする (広島大学でのプロトコール)

参考文献

戸田さゆり、秀 道広: 乳児血管腫に対するプロプラノロール療法
臨皮 68(5増):111-116,2014

Visual Dermatology Vol.10 No.9 2011 責任編集 中川浩一
[特集]アザの治療――「ことわざ」が教える治療法選択のヒント

葛西健一郎: 血管病変に対するレーザー療法 (2)苺状血管腫
スキルアップ皮膚レーザー治療 編著 川田 暁  中外医学社 2011
苺状血管腫1

苺状血管腫3