動脈硬化・重症虚血肢(3)

治療のガイドラインとしては、TASC, TASCIIという日本を含む各国の専門家が集まって作られたコンセンサスドキュメントがあるそうです。
TASC: Trans-Atlantic Inter-Society Consensus Document on Management of Peripheral Arterial Disease
TASCII: Inter-Society Consensus for the Management of Peripheral Arterial Disease (TASCII) JOURNAL OF VASCULAR SURGERY Norgren et al January 2007
大動脈腸骨動脈領域、大腿膝窩動脈領域それぞれにA、B、C、D型病変が血管の閉塞、狭窄の部位、程度、長さなどによって分類されています。それによってバイパス手術を行うか、ステントなどによる血管内治療(インターベンション治療)を行うかなどが詳細に決められているそうです。
(門外漢がまとめても意味がありませんので、詳細は専門書にゆずり、概略のみを記してみます。)
治療の大枠は、薬物治療、血管治療、潰瘍局所の治療、下肢切断に大きく分けられます。
◆薬物治療
1.無症候性PADに対して
ABIが0.9以下の場合・・・抗血小板療法
2.症候性PADに対して
抗血小板療法、出血リスクを考慮の上、アスピリン、クロピドグレル(プラビックス)が推奨されます。
3.跛行患者
動脈の閉塞部位に応じて、腓腹部、大腿部、臀部の痛みや、脚のつった感じが一定距離の歩行時に出現し、休息によって消失します。
トレッドミルなどによる運動療法で徐々に歩行距離を伸ばしていくのが原則だそうです。
TASCIIではシロスタゾール(プレタール)が第一選択薬で、これが使用困難な場合はセロトニン受容体拮抗薬(サルポグレラート(アンプラーグ))、ベラプロスト(ドルナー、プロサイリン)などの抗血小板薬が使われます。
4.重症虚血肢(CLI)
症状が進行して安静時にも痛みがあり、さらに足趾の潰瘍、壊死が起こるとCLIとなります。こうなると薬物療法のみでは半年以内に40%が下肢切断に至り、1年以内に20%が死亡するそうです。
運動療法、薬物療法でも間歇性跛行が改善しない場合は血行再建術が考えられます。
それと同時に、創傷管理(デブリードマン、除圧、ドレッシング)や血管拡張薬、抗血小板薬、プロスタグランジン製剤の注射などを行い救肢に努めます。
(古森公浩:末梢動脈疾患の薬物療法 日医雑誌 第142巻第9号2013年12月)
◆血管治療
1)血管内治療(endovascular therapy: EVT)
血管内カテーテルを用いて血栓溶解を行ったり、バルーン、ステントによって血行再建を行う医療を経皮的末梢動脈インターベンション(percutaneous peripheral intervention: PPI)といいます。
透視下に血管の閉塞、狭窄病変部にガイドワイヤーを通過させてバルーンカテーテルを誘導し、バルーン拡張を繰り返しながら血行改善を図ります。ステントを留置する場合もあります。
治療の適応は血管病変の部位によって大きく異なってきます。解剖学的に下肢動脈は腸骨動脈領域、大腿膝窩動脈領域、膝下動脈領域に分けられます。近位部分の病変の場合はPPIの適応は大きく、第一選択となります。膝下などの遠位部ではEVT成績は悪く、動脈も1~3mmと細いために、大伏在静脈を用いたバイパス手術が第一選択となります。
1. 大動脈腸骨領域におけるEVT
この領域では血行再建術によって虚血から回復する筋群の量が多く、運動療法の効果が得にくいこと、治療成績が良いことなどから積極的に勧められています。しかしながら、運動療法+薬物療法の有効性も高く、まずこれで様子をみることが大切とされています。
近年はステント治療成績が飛躍的に上がってきているそうです。1、ステントの材質が良くなり、ニチノール製になったこと、2、固いステントから柔軟性のあるステントに代わってきたこと、薬剤溶出型ステントが登場したことなどによります。
TASCII分類でA型やB型の15cm以下の病変では、治療成績がよいものの、D型病変、関節部にまたがる病変では治療成績は劣るそうです。
2. 大腿膝窩動脈領域におけるEVT
大動脈腸骨領域に比べると、治療成績は悪く、A型、B型ではEVTを第一選択とし、C型やD型病変では再狭窄率も高いためにバイパス手術など他の方法が考えられます。ただ、膝下動脈領域のEVTは高い再狭窄率にもかかわらず再発傾向が少ないと一見矛盾した結果もあるとのことです。再狭窄までの数か月間のうちに創傷処置やフットケアなどで傷を治療すれば下肢切断も回避できる可能性があるとのことです。この部分は血管外科だけではなく、皮膚科も含めいろいろな科が集学的に治療することが要求される独立した分野ともいえます。
南部伸介 飯田修 :末梢動脈疾患の血管内治療 日医雑誌第142巻9号2013年12月

2)外科的治療
TASCIIではA,B型病変についてはEVTを、リスクの高くないC,D型病変には外科的な血行再建術を推奨しています。
間歇性跛行に対しては運動療法と薬物療法の有効性が明らかで第一選択ですが、CLIに対して救肢の第一選択は血行再建術です。
手術方式はいろいろあるそうですが、よくわかりませんので名前だけあげておきます。
・大動脈―大腿(腸骨)動脈バイパス
・大腿―膝窩動脈(膝上)バイパス
・大腿―下腿動脈バイパス
・大腿―大腿動脈交叉バイパス
・腋窩―大腿動脈バイパス
・血栓内膜摘除術・・・EVTが禁忌である総大腿動脈領域
バイパスの代用血管としては膝上までの病変には人工血管が使用され、下腿病変に対しては自家静脈が必須で大伏在静脈が利用できるかどうかが、成否の鍵を握っています。人工血管にはポリエチレン系のePTFE(expanded polytetrafluoroethylene)やポリエステル系のknitted Dacronなどが使用されています。
近年の医療素材、技術の向上に伴ってステントの適用範囲も拡大し、EVTの治療成績も向上しているそうですが、外科手術治療の遠隔成績はどの領域においてもEVTを凌駕しているのが現状だそうです。
(小櫃由樹生:末梢動脈疾患の外科治療 日医雑誌 第142巻第9号2013年12月)
最近は血管内治療とバイパス手術を同時に行うハイブリッド手術も行われているそうです。
◆下肢切断(外科的手術法の限界)
バイパス術は救肢の最後の手段ともいえますが、下記のような場合は下腿、または大腿切断となります。
1) 足部の潰瘍や壊疽が足根骨に及んでいて、しかも感染が著しく踵骨や距骨が残せない場合
2) 以前から寝たきりの場合
3) 高度の認知症の場合
井上芳徳 末梢動脈疾患に対する外科的治療とその適応、限界
Visual Dermatology Vol.9 No.9 2010
◆血管新生療法
CLIで病変がび慢性に末梢まで拡大していて、足趾の潰瘍、壊死が進行した例では上記のEVTやバイパス手術が行えずに肢切断に至ることが多いです。そういった例でも近年は細胞移植や遺伝子治療によって側副血行路を改善する血管再生療法が行われるようになってきました。(ただし、まだ保険適用はなされず)
1)末梢血単核球細胞移植療法(peripheral blood mononuclear cell transplant: PBMNCT)
近年末梢血中に骨髄由来の血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cell: EPC)が存在し、それが、虚血部で血管内皮に分化することが分かってきました。
患者血液からEPCを抽出して、大腿や下腿の虚血部分に注射で戻してやる方法だそうです。
簡略に書くと、
まず前処置としてG-CSFという顆粒球コロニー刺激因子を術前4日前に皮下注射しEPCが集まり、増え易くしておく。
約3時間かけて大腿静脈から静脈血10lを血液成分分離装置で分離し、EPCリッチの20mlの単核球浮遊液を抽出する。
静脈麻酔下で虚血のある大腿や下腿部分に27Gの細い注射針で40箇所に筋肉内注射を行う。
といったものです。
術直後から足が温かい感じ、皮膚温の上昇などがみられるといいます。
2~4週後には側副血行路の改善が見られるといいます。
ただし、悪性腫瘍のある例、糖尿病網膜症、心・脳血管障害の人では却って症状を悪化させうるので禁忌となっているそうです。
2)遺伝子治療
血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、線維芽細胞増殖因子(bFGF)、肝細胞増殖因子(HGF)などを産生する遺伝子を虚血部位に投与することで局所に蛋白を発現させ、血管新生をうながす、といった先進医療も試みられています。
◆その他の治療
腰部交感神経ブロック、人工炭酸泉足浴法、高気圧酸素療法なども有効とされています。
◆局所処置
感染コントロール、デブリードマンなどを行いながら種々の外用剤、ドレッシング材などで潰瘍、壊死の治療を行いますが、項を改めて後日書いてみたいと思います。

TASC

座談会:増え続ける脈管疾患とどう向き合うか 磯部光章・重松 宏・松尾 汎・中村正人

日医雑誌第142巻・第9号2013年12月 より転載