中原寺メール3/1

【前住職閑話】~どこかで春が

今日で2月も終わり。

今冬は2度も大雪に見舞われましたが自然界は着実に春を運んでくれています。

♪どこかで春が 生れてる

どこかで水がながれ出す

どこかでひばりが

ないている

どこかで芽の出る

音がする

お寺の境内の蕾いっぱいの梅の木もちらほらと花が咲きだしました。そんな風景を見ると心和んで、なつかしいわらべ歌を口ずさんでしまいます。

私たちの目にする光景は、なんでもそれを作り出している過程は見えないし気にとめません。土の中で根が張っていくすがた、バクテリアや水分や成分が関係しあって土壌を構成し、地上に幹が枝を、やがて蕾が花を咲かせるのです。

わが人生を支えているものはいつも目に見えないものですが、それを感じていく人にはおのずと感謝の念が湧いてきます。

いつも自分中心にしか考えられないのは平面思考の生き方です。常に世間の比較の中で自分の居場所を見つける生き方は、どこまでいっても安らぎを得られません。幸か不幸か、多いか少ないか、損か得か。

仏教は垂直思考の生き方を教えます。私を支えているものは何か、私に喚びかけ、願われているものは何か。自分が思う私ではなく、私の姿を教えてくれる大きな世界に出遇うと生き方が変わります。その大きな世界(仏)が小さな世界を生きる私の殻を砕いてくれます。

仏の慈悲の温もりによって生れ出る光の世界こそ、明るい人生に転じられるたしかな喜びがあります。

春の陽気に浮かれるのではなく、春風に仏の喚び声を聞きましょう。